第80話 壊れてしまった心

リサはスサノオに伴われてそのまま医療区画に向かった。

飛空艦の医療区画は小さな病院と言っても良い程の施設を持っていて、ここでは数人分の緊急手術を行える設備やその他診察室を兼ね備えていて、バレントの最後を看取ったのもこの区間だった。

スサノオが医療区間を訪れると、ちょうど第2中隊の生き残りが救出されて飛空艦へ運ばれた所だった。

運ばれて来た負傷者は手がやけただれ、顔は火傷の跡で真っ赤になって半分気絶した状態で医務室に運ばれて行った。

スサノオはリサに見せたく無い風景だったので道を変えようとしたが、リサは見てしまった。

リサは再び体を硬直させ、その負傷者の姿をギョロッとした目で見た。


「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ・・・・・」


リサは頭を抱えてその場に蹲ってしまった。


「リサ・・・」


スサノオは一緒に蹲ると、そっと抱き抱えた。

スサノオは当初、リサは悲しみによるショックでこのような状態になったと考えていたが、様子から察すると恐怖感からこのような状態になっているように見えた。

しかし、何故悲しみを通り越して恐怖感が生まれたのかスサノオには理解出来なかった。

ここは飛空艦に常駐している精神科の魔道医師に分析をお願いするしか無かった。

リサはスサノオに取ってはかけがえの無い大事な恋人だ。

その恋人の為にも早く復帰させたかった。


受付を済ませ待ち合い室に入ると、何人か患者がいた。

殆どはドラゴンファイターのパイロット達で、全員顔見知りだった。

中には中隊長であるスサノオに気づき立ちあがろうとした者がいたが、スサノオはそれを制して座らせた。

今まで有利な戦いを進めていたとは言え、戦場はいつ命を失ってもおかしくない場所だ。

第1中隊でさえ、何機か同僚を失っているのである。

緊張感が続き、しかも”圧縮休憩”により無理矢理連続での出撃を強いられ、パイロット達の殆どは限界をとうに越していた。

そんな中、第2中隊が全滅した。

何人か精神を病んだとしてもおかしくは無い。


小さな医療区画ではあるのだが、日本の大学病院のように長く待たされた。

その間、リサはスサノオにもたれかかるように座り、同時に両手でスサノオの服を握り締めていた。

1時間ほどたった頃、漸くリサの番になった。

スサノオはリサの肩を抱き抱えながらそっと立ち上がり診察室へと入った。


診察室に入ると、魔道医師が座っていて目の前の空いた椅子にリサを座らせた。

スサノオはリサの後ろに椅子を置いてもらい、一緒に付き添った。


「リサ中尉?聞こえますか?こちらの言葉がわかりますか?」


リサはゆっくりと頷いた。

しかし目をギョロッとさせており、明らかに異常な状態だった。

魔道医師は、その様子を見ると魔道具を取り出してリサにかざした。


「ふむ・・・」


そう言って医師は机に向かうと、パソコンのキーボードをカチャカチャと音を立てながら症状を電子カルテに打ち込んだ。

そして再びリサに向き直ると言った。


「中尉。今中尉は極度の緊張感に圧迫されています。一旦その緊張を魔道具で取りますが、そのまま寝てしまうかも知れません。良いですか?」


リサはゆっくりと頷いた。

医師はリサにベットに横になるように促すと、別の魔道具を幾つか看護士に持って来させ、ベットにセットした。


「そのまま、力をできるだけ抜いて下さい。それから、精神安定剤も少し打ちます。先ずは緊張感を緩和して、そのあと本格的な治療に移りたいと思います。よろしいですね?」


コクリと言った感じでリサは頷いた。

医師が魔道具に繋がったスイッチを押すと、柔らかい光の粒子が出て来てリサを包んだ。

医師は光の粒子が十分に出たのを確かめると、リサの腕を取った。

手には注射器を持っている。

「チクリとしますけど、少し我慢して下さいね。」


そう言って、医師は精神安定剤をリサに投与した。

投与してから数分経つと、リサの目は徐々に柔らかくなり、やがてトロンとした目に変わるとそのまま眠りについた。


「先生・・・」

「極度の緊張状態になっています。それも恐怖感を抱えた緊張状態です。恐らく責任感によるプレッシャーと脅迫観念が無いまぜになって、更に目の前の戦闘でのショックでこのような状態になってしまっていると思います。」

「・・・良く分からないのですが・・・つまり?」

「・・・つまりPTSDです。これから暫く突然無口になったり、恐怖感から体を硬らせる事が起きると思います。最悪、何に対しても楽しむことが出来ず、引きこもってしまう事になるかも知れません。」


スサノオは絶句した。

これまで冷静に、時には泣く事はあっても何とか苦難に耐えて来たリサが今回の件で遂に精神的な深いダメージを受けてしまった。

思えば、リサは自分を追っかけて騎士団に入った。

そのリサを壊してしまった。

スサノオは拳を膝の上で握り締めた。


「治らないのですか?もうドラゴンファイターに乗る事は出来なくなりますか?」


医師は暫く考えると言った。


「暫く作戦から外してあげられ無いですか?艦長の話だとまた酷い戦闘になると言うでは無いですか。通常、戦闘でのPTSDはカウンセリングや魔道催眠で時間をかけて治療します。圧縮訓練のように治療時間を短くする方法はありますが、心の傷、脳のダメージであるのでお勧め出来ません。体の傷を魔力で直す訳では無いのです。圧縮訓練のような治療はお勧め出来ません。恐らく直ぐに元の状態に戻ってしまいます。」


スサノオは天を仰いだ。


「一緒に飛べなくなるだけで、彼女にとってはショックだと思います・・・。」

「そうかも知れません。けれど、戦場で更なる死を見る事になれば、今の彼女はそれだけ傷付きます。ましてや作戦の立案まで行っているのであれば、失敗によるショックは相当なものになります。」


医者の言う通りだった。

今回リサは作戦を上層部へ立案し、それなりに覚悟を決めて作戦に挑んだ。

そして戦闘時の様子から想像するに、犠牲者を減らすべくかなり警戒をして、それもあらゆる可能性を考えてモニターを見ていたのだろう。

しかし、予測した可能性の最悪のものが第2中隊を襲った。

その罪悪感と、失う事への恐怖感が彼女の心を傷つけた。

これ以上、一緒に飛ばせる事は出来ない。

リサには悪いが、まだ戦火の及んでいない訓練島で療養させよう。

後席については後で考えれば良い。

スサノオは眠っているリサの頭をそっと撫でた。


「彼女を療養させたいと思います。艦長へ報告します。」



スサノオとリサが医療区画へ行っている間にも、敵の強大甲羅は徐々に公爵領へ近づいていた。

既に地上の対空兵器の射程内ではあったので、レールガンや120mmの高射砲が巨大甲羅に向かって放たれていた。

一応リサが考案した穴あけを主眼にして砲撃を行っているが、敵もこちらの意図に気付いたのか、空いた穴に別の飛竜艇を配置して穴を埋めるように対応して来た。

もはやどちらが先に力尽きるかの様相になって来た。

戦闘飛行隊も、第2中隊を失ったとは言え、引き続き地上部隊と連携して攻撃を続けたが、第2中隊のことがあったため、無闇に近づく事が出来ず、5〜10マイル手前からのレールガンのみでの攻撃になっていた。

第3中隊もスサノオを欠いた状態でクサナギ中尉が中隊長代理となった。

ただし、事情は知っていたので、文句は言わなかった。




リサが治癒魔法をかけられ眠らされてから1時間ほどたった。

スサノオは一旦CICへ行きオオニシ艦長へ報告を入れると、直ぐに医療区画の処置室へ戻った。

リサはベットに寝かされていたが、スサノオの気配に気付いたのかうっすらと目を開け、眠りから目覚めた。


「おはよう、お姫様。」

「・・・おはよう・・・スサノオ・・・ここはどこ?」


リサは戦闘終了後の状況よりかなり血色が良くなっていた。

しかし、油断は出来ない。

物音や何かしらのきっかけでパニックを起こすかも知れないからと医者もその場に同席した。

スサノオはニッコリと笑ってリサに話しかけた。


「ここは医務室だよ。負傷したんでここへ連れてきたんだ。」

「私が?負傷?」


そう言ってリサは体のあちこちを触って確認し始めた。

いつものリサだった。

いつものおっちょこちょいで可愛く、時には悪戯をして人を困らせる、スサノオが愛するリサがそこにいた。

スサノオは辛くなった。

それでも愛するリサの為には言わなければならない。


「リサ・・・言わなければならない事があるんだ・・・。その前に、ちょっと一緒に深呼吸をしてくれないか?」

「はい?深呼吸?何故?」

「どうしてもだ。深呼吸をしながらこの魔道具のモニターも見てくれないか?」

「???????」


そう言うとスサノオは深呼吸をリサに促し、同時に丸い点がゆっくりと動く画像が映っているモニター付きの魔道具をリサに渡した。

このモニターは実はPTSD治療用で、眼球の動きで脳の活性化を促す効果がある。

リサは怪訝そうな顔をしながらも魔道具を受け取り、ゆっくりと深呼吸をした。

深呼吸をしているのを見続けながらスサノオは話し出した。


「そのままの状態で聞いてくれ。リサはすごい怪我を負ってここまで運ばれて来たんだ。直ぐに思い出さなくてもいい。何しろその傷は・・・その傷は・・・心の傷だったんだ。今は治療がされているので、心は落ち着いている。ここまで良いかい?」


リサは何かを思い出そうとしているようだった。

このため、スサノオは画面だけでも見続けように促した。


「その魔道具は単純に見えるけど、心の傷を治療する為のものなんだ。だから見続けて。見続けたまま聞いてほしい。」


リサは言われるまま画面を見続けていたが、何か考えこむような様子を見せた。


「リサ・・・リサには、リサには休養が必要なんだ・・・だから・・・だから・・・」


リサは顔を上げてスサノオを見た。


「リサ・・・すまない・・・暫く一緒には飛べないんだ・・・。」


リサは目に涙を一杯に溜めてスサノオを見た。










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