第79話 最大の犠牲

リサが悲鳴のように第2中隊へ退避を促した。

第2中隊はすぐに反応したが、リサが叫んだ直後、甲羅にいる飛竜の殆どが一斉に真上に向かってブレスを吐いた。

先頭にいた第2中隊の中隊長機は既に爆撃行程に入っており、真下を向いて急降下をしていた。

後続のバディ機もそれに続いて急降下に入ってる。

両機とも退避出来ない体制になっており今更逃げる事は出来なかった。


「すまん!」


そんな無線が入ったかと思った瞬間、両機ともブレスに当たり火を吹き落下して行った。

そして飛竜艇に当たり大爆発した。

他の第2中隊の機体も後続で続いていて、全ての機体にブレスが当たり損害を受けた。

損害を受けた殆どの機体はコントロールが効かない状態に陥った。


「すみません。先に行った仲間の元に行きます!お世話になりました!」

「今までありがとうございました!」


そう言って、一機、また一機と甲羅を構成している飛竜艇へ向かうと体当たりをして爆散した。

中には火を吹きながらも、何とか爆弾を捨て公爵領の結界内に逃げ伸びた者もいた。

だが第2中隊のほぼ全機がブレスを浴び、何とか公爵領内へ避難する事が出来たのは5機だけだった。

機体が無事だったのは一機もいなかった。

公爵領へ逃げ込む事が出来た者達は全員ベイルアウトをして、何とか生き延びた。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」


リサは青褪めた顔で呟いていた。

目を大きく見開き、それでいて焦点が定まっておらず、放心した状態だった。


「リサ中尉!リサ中尉!リサ中尉!!」


スサノオは何度か呼びかけた。

しかしリサは謝罪を独り言のように繰り返すだけでこちらの呼びかけには全く無反応だった。

作戦の立案者として、そして自分達を囮役にした筈なのに、別の中隊に被害が出た事で、リサはもはや平常心を保つ事が出来なくなってしまった。

しかも今までで一番の被害を出してしまった。

リサが使い物にならなくなってしまった。

このままではまずい。

スサノオは飛空艦を呼び出した。


「こちらパパ・ワン!シエラコントロール!作戦中止を!」

「こちらシエラコントロール。作戦中止、了解です!直ぐに戻って来てください!」


飛空艦のCICも、司令部も今回の反撃は予想外過ぎた。

まさか魔力反応が無い筈の真上に向かって、敵飛竜のブレスが吐かれるとは夢にも思っていなかったのだ。


「ゴメンナサイ・・・ゴメンナサイ・・・ワタシガ・・・ワタシガ・・・」


リサはもはや壊れてしまったかのように後席でぶつぶつと独り言を言っていた。


「リサ中尉!リサ中尉!」


スサノオは何度か話しかけるが、リサにはこちらの言葉が全く届いていなかった。

どうしたものか?

ふとスサノオはコクピットの耐G魔法陣が目に入った。

魔力供給のスイッチを切れば、発動しない様になっている。

スサノオは耐G魔法陣の魔力を切った。

そして操縦桿を突然左に倒し、そして直ぐに戻した。

機体は激しく左右にロールし、耐G魔法陣が効かなくなったコクピットは激しく揺さぶられた。

ゴン・・・。

後ろで何かがぶつかる音がした。

スサノオはバックミラーで後を見た。

リサが呆然とした顔でこちらを見ていた。

スサノオは魔法陣に再び魔力を供給するとリサへ呼びかけた。


「リサ中尉!聴こえるか?」


リサは呆然としながら応えた。


「はい・・・大尉・・・」

「これより飛空艦へ帰投する。中尉は少し休め。」

「はい・・・」


リサはそう返事をすると、そのまま黙ってしまった。


バディ機のアルベルトが斜め後方からついて来た。

心配そうな顔をしてこちらの様子を伺っているのが見えたが、スサノオは敢えて無反応を決め込んだ。

余計な動揺を与えて事故を起こして欲しく無かったからだ。

スサノオは第3中隊を引き連れ一旦退避空域に向かうとそのまま飛空艦を目指した。



ノブリは今度こそ確実な手応えを感じた。

以前の反撃の際は手応えがあったのか全く不明だったが、今回は飛竜のブレスが敵の”超飛竜”へ直撃するのを確かに見た。

姿は完全に見えたわけでは無かったが、それでも飛竜の鎧らしき金属片に当たって爆発したのが幾つか見えた。

ただ、直ぐに姿は見えなくなり、その代わり落下して来て当たったのか、何隻かの飛竜艇が爆発を起こして落下した。

落ちた飛竜艇は攻撃を受けていた場所とは他の位置のものがあり、反撃による影響だったのは明白だった。

気分は爽快だった。

やっとあの”超飛竜”へ反撃する事が出来たのだ。

奴隷に落とされてから久々に得た満足感だった。

そんな気分でいたら、奴隷監視役がノロノロとノブリに近づいて問いただして来た。

彼は飛竜に乗るのはやっとの状態で、それでも体裁を整えたいのか、一応騎士らしい格好をしていた。


「オイ貴様!今、何をした!」


監視役と言っても、ランポ伯爵領では町のチンピラでしかなかった男だ。

そんな彼がノブリに向かって上から目線で問いただした。


「は?何の事ですか?私は飛竜が上にいるかも知れないと言っただけですよ?」

「そんな訳無いだろう!何故殆どの飛竜が一斉に上に向かってブレスを吐いた!」

「知りませんね。飼い主様達がご命令され無ければ我々は動けませんが?」

「ク・・・良いか!こっちの命令無しに勝手に動くんじゃ無いぞ!」

「ええ。重々承知しております。」


でも大型飛竜を守れと言う命令は出てますよね?

それに従うのであれば、奴隷紋による制裁は発動しませんよね?

そこ分かっていますか、お馬鹿さんの飼い主殿。


ノブリは監視役へ返事をしながら、心の中では悪態をついていた。



スサノオは第3中隊を率いて飛空艦へ迫った。

そしていつものように部下達を順次着艦させが、皆必要な事以外は無線では話さず、無口で着艦して行った。

最後にスサノオの番になった。

スサノオは飛空艦の傍から、後部の下側に潜りこんだ。

いつものように所定の位置に動くと、そのままフックに引っ掛けられて飛空艦内に入った。

気分が滅入っていたせいか、いやそれよりもいつもなら何かと話しかけてくるリサが大人しいためか、物凄く静かに飛空艦へ入った気がした。

内部に入り、ギアが甲板に着くと、そのまま誘導されて駐機場所へ向かった。

ブレーキをかけエンジンを止め、燃料・魔力供給バルブを閉じる。

車止めが嵌められたのと同時にキャノーピーを開けると、ラダーがかけられた。

スサノオはコクピットから這い出ると、直ぐに後ろにかけられたラダーに移り、後席にいるリサへ話しかけた。


「リサ!リサ!」

「・・・中隊長・・・。」

「大丈夫か?降りられるか?」

「・・・はい・・・。」


そう言ってリサはヘルメットを脱ぎ、その下に被っていた白いインナーを下ろした。

だがそこで動きが止まった。

スサノオは仕方なくリサのベルトを外し、外へ引っ張り出そうとした。

そこへアルベルトとナオがやって来た。


「中隊長殿。クサナギ中尉と司令部へ行くんだろ?後はやっておくから行って来いよ。」

「・・・ごめん。頼まれてくれるか?」

「ああ。かわいい妹のためだ・・・。」

「すまない。後でここに戻ってくる。それまで頼む。」


そう言ってスサノオはCICにクサナギ中尉と共に向かった。


オオニシ艦長は沈痛な顔だった。

そんな艦長に向かって、スサノオは淡々と状況を説明した。

時折、クサナギ中尉が補足説明をしてくれたが、その様子はスサノオと同様、淡々としたものだった。

スサノオ達第3中隊は死ぬ覚悟で囮役を引き受けた。

なのに囮としての役割を全う出来ず、逆に犠牲になる筈の無かった第2中隊が文字通り、全滅してしまった。

数百の飛竜がいる中に、たった20機強のドラゴンファイターが向かった作戦は安易だったかも知れない。

だが、今までカットオフ状態で接近がバレた事は無かったのだ。

なのにこのような悲劇が起きた。

誰も予測出来無かった事だ。

分かっていても、何ともやり場の無い感情を、艦長を始め作戦に関わった者達は抱いていた。


「ご苦労だった。この後の事については司令部と決めたい。それからリサ中尉に伝えてくれ。今回の件は中尉のミスでは無い。むしろあの状況で良く見抜いた。残念ながら第2中隊の殆どは死んだが、それでも5人助ける事は出来たのだ。もし彼女が退避を指示しなければ、全員死んでいた。だから気を落とすな、しっかりしろと。」

「承知しました艦長。確かに伝えます。」


そう言ってスサノオとクサナギは艦長へ敬礼すると、飛行甲板へ戻った。


飛行甲板で愛機の駐機場所へ戻った。

愛機の前にはリサが長い工具箱の上に座っていた。

目を大きく見開き、床の一点を見つめている。

こんな表情のリサは見た事が無かった。

続けて兄弟を失った時や、難民船襲撃事件の時も相当なショックを受けていたが、今回のショックはそれ以上のようだ。

もはやショックどころでは無さそうだ。

ナオが同じ工具箱の上にリサの横に座って肩を抱いていた。

アルベルトは屈んで静かに話しかけていたが、リサは無反応だった。


スサノオが近づくとアルベルトは立ち上がって状況を説明した。


「何とかナオと二人でコクピットから下ろしたんだが・・・見ての通りだ・・・。」


スサノオは軽くアルベルトへ頷くと、そっとリサの側に寄った。


「立てるかい?」


そう言ってそっとリサの肩を抱き、立たせようとした。

意外にもリサはそのままスサノオに寄りかかるようにして立ち上がった。

だが目は相変わらず大きく見開いていた。


「少し歩こうか?」


リサは黙って頷いた。

スサノオはリサの肩を抱きつつ前に向かって歩いたが、ある事に気がついた。

リサの身体がえらく硬く感じたのだ。

そして彼女がどう言う状態なのか理解した。


リサは・・・リサは・・・悲しんでいるのでは無い!

これは怖がっているんだ・・・恐怖感で一杯なんだ・・・。









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