第76話 それぞれの瀬戸際
異様な姿の軍団が目の前に現れた。
巨大な甲羅のような姿で揺らめきながら公爵領へ迫っている。
甲羅を構成しているのは飛竜艇で、遠くから見ると一隻、一隻が鱗のようにも見える。
ロークリオが大型飛竜を守るために作ったその場凌ぎの防御結界を兼ねた防壁だったが、難攻不落の空中要塞が動いている様にも見えた。
「あれを落とせと言うのか・・・」
オオニシ大佐は思わず呟いた。
あれだけ何重にも飛竜艇で周りを固められては、真ん中にいるであろう大型飛竜へ攻撃するのは困難だ。
どうすればいいのか?
「オオニシ艦長。」
リサが側で話しかけた。
「まだ策はあるかと思います。」
「あれを崩す方法があるのか?防御結界を張った飛竜艇が殻のように何重にも重なっているんだぞ?」
「崩せる可能性はあります。しかし全ての殻を剥く事は困難です。ですが穴を空ける事は出来ると思います。」
「穴を空けるだと?」
「はい。ただし・・・犠牲が出るかも知れません・・・。」
そう言ってリサは俯いた。
犠牲は出したく無い。
だがリスクを取らなければ戦えない。
戦争とは命の削り合いだ。
今更だが、リサは戦争の現実を身を持って感じた。
正しい事をしているとは思えない。
かと言ってこのまま放置すれば公爵領はランポ軍団の餌食になる。
そうならないために抵抗しているのだ。
「詳しく説明しろ。」
「はい。公爵領帝都屋敷の襲撃事件を思い出してください。あの時、トンタティーノ侯爵の領地騎士団は、防御魔法をかけて自らを守ろうとしたと聞いています。それをドラゴンファイターの爆撃で壊しました。それも通常爆弾を落として。」
オオニシ艦長は数ヶ月前の出来事を思い出した。
確かにあの時は爆撃で壊した。
だが今回は規模が違うし、飛竜艇の間にいる飛竜からの反撃も予測される。
しかし、この姫はいつも突拍子も無い作戦を思いつく。
聞いて見る価値はある。
「続けろ。」
「今回は一点集中で大量の爆弾を落とします。クラスターは使いません。断続的に500ポンドのレーザー誘導弾を落とします。ただし、向こうは飛竜艇ですので魔道士が多く乗っています。近づけば感知される危険性は大きいです。なので・・・」
「いつものカットオフでの接近だろ?」
「はい、そうです。それでも彼らの目を上から逸らす必要があります。彼らは私たちが上から爆弾を落としているのでは無く、見えない爆裂魔法を放っていると思い込んでいます。なので、どこからその”爆裂魔法”を放っているか分かっていないと思います。恐らく攻撃を受けた方角からだと思うと思います。ただし、時間が経てば、バレるとは思いますが。」
「つまりお得意の陽動をして目を逸らせると言う事だな?」
「そうです。真横はバレバレなので、斜め上方向から攻めるべきです。ただ補足される可能性は高いので音速で攻撃し離脱します。ただし、敵の攻撃を引きつける必要があるので一定方向からの攻撃を取らなけらばなりません・・・。」
リサはそこで言葉が出て来なくなった。
引きつけると言う事はそれだけ大量の対空砲火を浴びると言う事になる。
しかも何百匹もの飛竜のブレスだ。
離脱が簡単とは思えなかった。
オオニシ艦長は深いため息をついた。
「概ねわかった・・・そのやり方で攻めてみよう・・・」
「艦長!司令部より連絡です。騎士団長がお呼びです。」
「分かった。繋いでくれ。リサ中尉ありがとう。下がってくれ。これから団長と今の案で攻撃プランを立てようと思う。お迎えも来たようだぞ。」
そう言ってオオニシ艦長はニヤリと笑ってリサの背後を見た。
振り返ると、スサノオ達第3中隊のメンバーが立っていた。
リサは少し微笑み、オオニシ艦長へ体を向け直した。
「承知しました。失礼します。」
ロークリオは軍団の配置を編成し直すと再び前進を始めた。
ただしそれぞれの飛竜艇をロープや鎖で繋いだ為に、スピードを出す事は出来ず動きはゆっくりしたものになった。
それでも、大型飛竜を守り確実に公爵領の結界を破るにはこの方法しか無い。
帝国軍や帝都騎士団がこの姿を見たら笑うに違いない。
だが奴らに公爵領は落とせるのか?
口先ばっかり綺麗事を言っている連中が!
そもそも、帝国軍が助けもせずただ後ろからついて来るだけと言うのが許せない!
相手は裏切り者だぞ?
何故攻撃に参加しない?
戦わない連中に美味しい思いだけはさせてはならない。
公爵領の魔道具は俺が奪う!
ロークリオはそう思っていたが、進軍のスピードはかなり遅く、普通の速度で30分で行ける距離が倍の時間かかる速度で進んでいた。
大型飛竜の射程距離に近づく頃には太陽は大分傾く見込みだった。
後方の帝国軍を率いているエスパード侯爵は、高速飛竜によってもたらされた情報について吟味していた。
当初その情報が来た時、周りの側近達は大笑いした。
大型飛竜の周りを全ての飛竜艇で囲み、亀のような姿で進んでいると。
なんて愚かで馬鹿なやつだと側近達は言っていたが、エスパードはそれを制した。
確かに奴は愚かだが、愚か故に切羽詰まりこのような姿にしたのではないのか?
通常城落としは1匹の大型飛竜がいれば十分だ。
それが防御結界に守られていたら3匹必要だ。
ロークリオはまだ5匹持っている。
しかし20匹いた筈の大型飛竜が今やその数だ。
公爵領の攻撃能力恐るべしだが、逆にそれがロークリオに亀のような姿を思い付かせたのではないのか?
しかも素人の乗員とは言え、数百隻の飛竜艇を壁として使っている。
これはひょっとして?
「全軍に通達!速度を上げて公爵領へ向かえ!場所はフーシ子爵の指示に従え。急げ!公爵領の民が犠牲になるかも知れんぞ!」
ロードリー2世は、モニター越しにランポ軍団の飛竜艇軍団を見てため息ともつかない息をゆっくりと吐いた。
散々シュミレーションして予測はつけていたが、やはり公爵領の陥落は避ける事は出来ない。
どう足掻いても、ランポの軍団は上陸してしまうのだ。
騎士団全体は3,000名で構成されている。
そのうち、地上兵力は1,000名。
ただし、純粋に地上兵力として使えるのは500名程だ。
後は隠密だったり、整備員だったりで純粋に地上軍としての訓練は行っていない。
何しろ元が海上自衛隊だったので、地上兵力にあまり目が向けられていなかったのだ。
それに地政学的な事もあった。
帝都のある浮遊大陸とは違い、公爵領は周りを塩湖で囲まれた小さな島だ。
地上兵力を揃えるより、水上部隊や空軍力を揃えた方が現実的だ。
この為、まともな地上兵力はレンジャー部隊のような戦力しか揃えていなかった。
そもそも、これだけの戦力が攻めて来る事など、騎士団設立時には考えられない事だった。
問題は地上兵力だけでは無かった。
住民と騎士団の家族についてだ。
公爵領を放棄して戦闘を終わらせ無ければ、避難している非戦闘員に被害が及ぶ。
4,000人ぐらいの数の住民はまだ公爵領に留まっているのだ。
それに6,000名程の騎士団家族が加わる。
他に、1000名程の子供や若い女性を主体とした住民、また3,000名程の騎士団の家族は訓練島に避難している。
一応、小型の輸送用飛空艦・・・・と言っても地球で言えばC-5AやB 747並の大きさを持つ・・・が7機程ある。
最後の最後はこれを使って逃げるつもりだが、全員を連れては逃げられない。
騎士団の団員と一部の家族は騎士団に関する記憶を消して置いていく事になる。
戦いが始まる前に、記憶を抹消する候補者達からは同意を得ていたが、出来れば取りたくない手段だった。
三世代に渡って公爵領に貢献した騎士団の家族である。
その後に遭遇するであろう苦難を思うとやり切れ無かった。
住民については全員、帝国軍に引きとってもらう予定だ。
だが、こう着状態が長引いたせいか、帝国軍はなかなか現れ無かった。
飛空艦のレーダーにはこちらへ向かって動き出している事が分かったが、結界が破られるのが先か、帝国軍が来るのが先か、予断を許さない状況だった。
それでもロードリー2世は、大きなプレッシャーを感じつつも引き際に対応する為に動き出した。
「騎士団長を呼んでくれ。もし緊急の案件があれば、そちらが終わってからでも構わないが、なるべく早く打ち合わせをしたいと伝えてくれ。」
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