第71話 引き際

スサノオは退避空域で一旦編隊を整えると、再び敵に向かった。


「各機、聞いてくれ。これより再び攻撃に向かう。リサ中尉、説明を頼む。」

「第3中隊各機へ。第3中隊はこれより全機高度580まで急上昇し速度2.0で敵の真正面に向かいます。距離10でカットオフした後にすれ違い、そのまま今度は距離10でスプリットSをして敵の後側に周り大型飛竜を落とします。今回は一斉射撃は無しです。その代わり、確実に落としてください。割り振りですが、ゴルフ・ワンの小隊は左翼側、今は右手にいる逸れかけている大型飛竜を狙ってください。我々パパ・ワンの小隊は右翼に集まっている3匹を狙います。」

「パパ・ワン。こちらゴルフ・ワン。1匹だけでいいのか?そちらの負担が大きく無いか?」


クサナギ中尉は事情は分かっていたが、あえて質問をした。

血気盛んな新人達を納得させるためだ。


「ゴルフ・ワン。言いたい事はわかります。けど逸れていても弱いとは限りません。むしろ逸れているのは強いから生き残った可能性が高いです。だから決して油断せず、侮らずに、確実に撃墜してください。なお、犠牲を出さない為に、一撃離脱を徹底してください。深追いは厳禁です。以上で説明を終わります。ご武運を!」

「ゴルフ・ワン了解した。野郎ども!聞いての通りだ!深追いはするなよ!」

「ではこれよりカウント3で高度580、速度2.0に上げます。3・・・2・・・1・・・今!」


瞬間、全機のアフターバーナーが点火し、高度58,000フィートへ向かった。

スサノオはクサナギ中尉とリサのやり取りを聞いて思った。

やはり新人達の面倒はクサナギ先輩に任せて正解だ。

ナオ達新人はまだ初めての実戦だ。

しかもスサノオやアルベルトのように徐々に実戦を経験した訳では無く、いきなり命の奪い合いの真っ只中に放り込まれた。

いくらシュミレーター訓練で扱いても、実戦となったら雰囲気が全く異なる。

せいぜい動きを追うので精一杯だ。

訓練の6〜7割程度の力しか出せ無いだろう。

そうこうしている内に距離があっという間に縮まり、敵までの距離が10に近づいて来た。


「リサ!」

「全機、カウント5でカットオフをしてください!行きます!5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・今!」


その瞬間、全機のアフターバーナーが消えて、各機体はエンジンがアイドル状態のまま滑空を始めた。

直後、敵の飛龍部隊とすれ違った。


「カウント3でスプリットSします。高度は10,000に!行きます!3・・・2・・・1・・・今!」


瞬間、12機のドラゴンファイターは裏返しとなった。

スサノオは全機がロールして裏返しになったのを確認すると、操縦桿を手前に引いた。

頭上に太陽光をキラキラ反射させた湖面が見えていたが、それが目の前にゆっくりとスクロールして来た。

スサノオは高度計と昇降計を見た。

高度計の数字があっと言う間に減って行く。

同時に体が浮くような感覚があった。

コクピットは対Gの対策用に魔法陣が仕込まれているが、その逆は無い。

そのまま無常力状態が続くが、やがて目的の高度が近づいた。

大きな半円を描くようにして第3中隊の全機は水平飛行に移行した。

水平飛行に移ってすぐに、スサノオは右側にいる大型飛竜に狙いを定めた。


襲われた飛竜の部隊、ランポ側では第二戦列隊と呼んでいたが、上空から爆発音が立て続けに置き、大混乱が生じていた。

先程も爆発音が脇からあった直後に攻撃された。

今度は真上だ。

小型飛竜並みの魔力量を感じたら、その方角に敵はいる。

そう言う風に教えられたが、第二戦列のドラゴンライダーは全員奴隷で素人な上に、魔力を検知出来るのは極少数だ。

更に第一戦列隊のようにドラゴンライダーとしての経験を持っている者はこの部隊にはいない。

なので魔力を検知したとしても、対応は出来なかった。

もっとも、騎士団のドラゴンファイターはエンジンをアイドル状態にしていたので、魔力は殆ど感知出来ない状態ではあったのだが。


爆発音がしてからと言うもの、ドラゴンライダー達はその場を逃げ出そうとしていた。

しかし、その度に奴隷紋が発動してその場に退き戻された。

もはや逃げ場は無い。

こうなったら破れかぶれだ。

そう思ってドラゴンライダー達は勝手に飛竜からブレスを吐かせ始めた。

殆どの者は爆発音が聞こえて来た上空に向かって吐かせた。

他にも、先程攻撃がされた左右斜め後方に向かってブレスを吐かせた。

しかし、誰一人として後方へ吐かせる者はいなかった。

何故なら、後方への攻撃は反乱を意味し、奴隷紋によって禁じられていた。

そんなところに第3中隊が真後ろから突っ込んだ。


「敵、無茶苦茶な方角にブレスを吐いてます!」

「見りゃ分かるよリサ!それよりも変だと思わないか?何故、真後ろには吐かない?」

「変ね・・・でもチャンスです!」

「各機に告ぐ!敵は混乱状態でブレスを吐いているが後方には吐いていない!よって攻撃直後、敵の群れに突っ込む前にインメルマンで離脱せよ!」

「ゴルフ・ワン了解した!群れに突っ込まないように注意する!」


スサノオは距離が5に迫ったところで攻撃命令を下した。


「全機、攻撃開始!」


各機から一斉にレールガンが放たれた。

そのレールガンの光に混じってミサイルが数発発射された。

ミサイルは吸い込まれるように大型飛竜へ向かう。

敵部隊との距離が2になりかけたところで、スサノオは叫んだ。


「小隊全機!離脱せよ!」


そう言ってスサノオは操縦桿を目一杯引き、エンジンを増速させアフターバーナーを点火した。

小隊の各機もミサイルやレールガンを撃ち終わるとすぐにスサノオに続いた。

今度は太陽に照らされた湖面が頭上にスクロールした。

スサノオはそのまま操縦桿を倒してロールさせると、機体を正常な姿勢に戻した。

周りを見ると小隊はちゃんと後ろに付いて来ていた。

少し安心したが、すかさずリサをよんだ。


「リサ!」

「中隊全機無事です。大型も残り4匹全て撃破しました!」

「敵はまだブレスを吐いているか?」

「徐々に少なくなっていますが、少し大回りする必要があります。それにこのまま進んだら、後方部隊にぶつかってしまいます。」

「中尉、了解した。全機聞いてくれ!これより一旦10時の方角に向かう。敵との距離が30になったら基地に向かう。その間に高度を340まで上げる。スピードは0.74だ。良いか?」

「ゴルフ・ワン、了解した。安全運転で帰ろう。」

「デルタ・ワン。こちらも了解した。遠足は帰るまでって言うしな。取り敢えず、警戒しながら帰ろう。」

「こちらパパ・ワン。デルタ・ワン、私のセリフを取らないでください!」


各機から笑い声が聞こえて来た気がした。

スサノオはそう思いつつ、退避を続けやがて基地へと方向を変えた。



後方のロークリオはいつものように苛ついていた。

だがそれは部下の失敗に対してではなく、自分の判断が正しいかどうか分からない事に対する不安だった。

第1戦列を下げさせて、飛竜艇の護衛に就かせた。

代わりに第3戦列、第4戦列を前に出し、ほぼ特攻状態で公爵領へ突っ込ませた。

しかし、それだけでは単なる消耗になってしまうので、違法ナランの実を食べさせ、尚且つ前方への攻撃を徹底させる為に中間にいる第2戦列へ前衛部隊に向かってブレスを吐かせた。

ロークリオとしては鞭を叩いたつもりだった。

だがこれは意外な事に、ナランの実を食べた飛竜達に効いたようで、狙いは定まってはいないものの前方に向かってブレスを吐き出した。

嬉しい誤算だった。

だが、良くない知らせも来た。

第3、第4戦列の大型飛竜を第2戦列へ加えさせ、一部を後方に下げさせたが、第2戦列へ残した大型飛竜が全滅したと知らされた。

この知らせにロークリオは内心穏やかではなかった。

20匹以上いた大型飛竜は今や7匹に減ってしまっている。

それも公爵領への本格的な攻撃をする前にだ。

出し惜しみし過ぎた。

自分の失敗だと思うと、余計にイライラした。

狭い飛竜艇の中を忙しなく行ったり来たりしている内にロークリオは部下に尋ねた。


「赤いナランの実はまだあるな?」

「ええ。ございます。」

「あれを1/20・・・いや、1/10の大きさにして全ドラゴンライダーに配れ。それから各飛竜艇の飛竜分も作って配れ。配り終わったら、合図と共に食わせて、全速前進だ!下にいる船にも前進する様に伝えろ!一気に畳み掛ける!」

「承知しました、ロークリオ殿。早速手配いたします。」


このような指示を出しても、まだロークリオは安心できなかった。

そして再び狭い飛竜艇内を行ったり来たりするのだった。


ランポの軍団がやっと本格的な前進を決めた頃、エスパード侯爵が率いる帝国軍は公爵領から200マイルかなたにいた。

正直、エスパード侯爵はどちらが勝っても負けてもよかった。

だが、どちらかと言うとランポの軍団にはボロボロになって欲しかった。

これ以上ランポの軍団に我が者顔で帝都でのさばらせたく無かった。

帝都の秩序を破壊する事になるし、何より自分より格下のランポやロークリオが大嫌いであった。

だが、一度は手を取り合ってしまった。

それが原因でランポ達を助長させたのも事実だった。

だからこそ、今回の公爵領攻撃ではランポ軍団には大負けに負けて欲しかった。

ついでに公爵領の力も削ぎ、あわよくば秘匿している魔道具の秘密を暴ければとも思った。

しかし、そんなに都合よく暴けるとは思えなかった。

下手したらこちらがボロボロにされてしまう。

公爵領襲撃事件の際の領地騎士団の惨状を知っているのだ。

だから今回は中立を保ち、あくまでランポ軍団と公爵領の私的な喧嘩と言う体にさせた。

ただし公爵領側との裏取引で、住民を保護する事になっている。

避難している場所も聞いていた。

なのでランポの軍団が上陸し始めたら流れ弾に注意しつつ、こちらも上陸をするつもりだ。

その為に、わざと付かず離れずをして進軍をしている。


それにしてにも・・・とエスパード侯爵は思った。

既に戦闘が始まってから三日が経つが、双方膠着状態に陥り、中々進まない。

やはり、ロークリオは愚かだな・・・そう思っていた時だ。

突然、斥候の高速飛龍から連絡が入った。


「ランポの飛竜達が前進を始めました!」

「遂に動いたか。だが待て。帝都の屋敷事件のように闇雲に突っ込んでいる可能性がある。様子を見よう。」


暫くすると続々と斥候から連絡が入った。

集まった情報を総合すると、どうやらロークリオはやっと戦局を動かす事にしたようだ。

しかも、全ての戦力を公爵領へ向け動き出させたようだ。


「こうしてはおれんな。各飛竜と飛竜艇の補給は済んでいるか?」

「はッ!滞りなく!」

「では前進する。それから、フーシ子爵を呼んでくれ。ここから先は彼に側に居てもらわないと困る。」

「承知しました、侯爵閣下!」


エスパードはこれから何が起きるのか予測出来なかった。

しかし、貴族の矜持として、裏取引で約束した事だけは守ろう。

そう思った。


公爵領の地下基地司令室は、第3中隊が大型飛竜を10匹落としたと言う報を聞いても喜ぶ声は皆無だった。

飛空艦やその他偵察機による情報で、ランポの飛竜部隊と飛竜艇が一斉にこちらへ向かって前進し始めたのを感知したからだ。

しかもスピードが早かった。

約40分から45分でこちらに到達する事が予測された。

しかも、大型飛龍も一緒だ。

偵察機によれば、大型飛竜は飛竜艇や飛竜に囲まれていて、簡単に排除出来ない位置にいる。

撃墜するには、周りの邪魔者を排除する必要があった。

サカイ騎士団長は決断を下した。


「飛空艦より、第1、第2中隊を順序発進させ、迫ってくる飛竜艇及び飛竜を迎撃させろ。第3中隊はそのまま補給が終わるまで待機!睡眠圧縮と回復魔法で休憩を取れ。第1中隊が戻ってきたら直ぐに発進しろ。そして現場で第2中隊と交代して攻撃を継続しろ。兎に角、大型飛竜を近づけさせるな!」


引き続き対空砲火は火を吐き続けた。

殆どの砲門は遠隔操作か、CIWSのような自動砲撃であったが、弾や弾体の補給は人が行う必要があった。

なので地上部隊は、軍用の四駆を駆って行ったり来たりを繰り返した。

それでも敵の数が多い為、直ぐに各拠点の砲弾は無くなった。

その度に小型飛竜のブレスが結界に当たり、ビリビリと振動を周りに伝えた。


そんな様子をロードリー2世は眺めていた。

奴隷兵とは言え、彼らも必死だ。

結界が破られれば、命を捨てて上陸を試みるだろう。

コウタは良くやっている。

自分も死ぬ気で抵抗するつもりだ。

だが、全ての者を犠牲にしてしまうのは、領主として指揮官として失格だ。


ルカは、引き際を考え始めていた。









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