第70話 姑と嫁

中間部隊の大型飛竜から前方の味方である筈の飛竜の部隊に向かってブレスが吐き出された。

それを第3中隊の面々は唖然として見ていた。

何をやっているのだあいつらは?

一人、スサノオだけは冷静だった。


「全機!見惚れているな!退避場所へ一旦移動するぞ!リサ中尉!状況の報告を!」

「は、はい!敵大型飛竜、10匹の内、6匹撃墜です。4匹は健在です。小型飛竜は10匹撃墜確認。未確定5匹。その他10匹程傷を負わせたものと思います!」

「味方の損害は?」

「ありません!」

「各機聴け!退避場所へ移動したら体制を整え、再び攻撃を行う!今度はプランBで攻撃を行う!大型飛竜を全数落とすぞ!」

「ゴルフ・ワン、了解した!」


そう指示しているうちに大型飛竜が再び前方に向かってブレスを吐いた。

するとそれに合わせるかのように小型飛竜も前方に向かってブレスを吐いた。

一体全体何をしているのか?

流石にスサノオは訝しんだ。

前方にいる飛竜の部隊は距離が10マイル程しか離れていないが、それは公爵領騎士団にとっては近いと言うだけで、この世界の一般常識で言えばかなりの距離になる。

例え大型飛竜と言えど、この距離で狙いをつけて当てる事は先ず無理で、地球の軍隊の榴弾砲でも高度な技術がいる。

疑問に思いつつ、退避場所へ向かっている途中の事だった。


「前方の飛竜が増速しました!速度・・・」


リサは唾を飲み込んだ。


「230・・・」

「!?」


遂に使ったか!

この速度、違法ナランを飛竜に与えたのは間違い無い!

では先程の大型飛竜のブレスは合図か?

だがそれにしてはおかしい。

合図であれば、伝令や信号弾、それか時間を予め決めると言う方法がある。

何の為に行った?

スサノオには理解が出来ない事であった。



公爵領の地下司令部でモニターを見ていたサカイ騎士団長は、ギリギリと歯を軋ませた。

敵は遂に違法ナランを飛竜に食わせた。

ただ、敵は違法ナランを食わせた飛竜は制御が難しい事を最初から理解していたのか、後方部隊の飛竜からブレスで威嚇させ制御を図ったようだ。

まるで、愚かな羊を威嚇でコントロールする牧羊犬だ。

最もその威嚇する者は牧羊犬よりも頭の悪い連中だが。

敵の飛竜隊が見るみる迫って来た。

その数1,000。

もう距離は20を切りかけている。


「距離10になったら、対空砲火で迎撃しろ。高度が低いから狙い易い筈だ。ミサイルは撃つな。ミサイルは飛竜艇と大型飛竜用に取っておけ。」


敵部隊はあっと言う間に距離10マイルとなった。

司令部にいた対空戦闘担当の大佐が命令を下した。


「各部隊!迎撃開始!」


公爵領の各駐屯場所にいた騎士団部隊から一斉に空へ向かってレールガンが放たれた。

同時に飛竜からブレスが吐かれ始めた。

ただし、狙いを定めて吐いている様子では無く、後からの威嚇から逃れる為に前に向かって吐いているように見えた。

それでも結界を攻撃している事に変わりは無い。

ドカーンと言う音と共に防御結界にブレスが当たっていた。

小型飛竜のブレスは大型飛竜程の威力は無いが、それでも戦車並みの威力は持っている。

建物に当たれば、その建物は大きく崩れる。

ビリビリとした衝撃が結界を通じて感じられた。

飛竜のブレスとレールガンや対空砲火の光が交差して、光の殺戮ショーを演じていた。

何匹かの飛竜が対空砲火により落とされていた。

そして何匹かは全身から血を噴き出し落下し始めている。

敵はほぼ奴隷達だが、彼らに取っては生き地獄そのものに違いない。


戦場から少し離れた公爵宮殿の窓から、フローラは戦闘の様子を見ていた。

帝都での襲撃事件で戦闘そのものは経験してはいたものの、これ程の規模では無かった。

前方の空では悪魔の光が飛び交っている。

あの光の中でどれくらいの人が死んでいると言うのか?

フローラは幸いにしてリサほど感覚はマヒしておらず、ただただ戦闘を見て恐ろしさを感じていた。


「恐ろしい・・・」

「姫様・・・ここは危ないです。地下へ移動してください。」


側使え・・・と言っても自衛隊の戦闘服を着た護衛・・・が避難を促した。


「いえ。まだ大丈夫でしょう。この結界はそう簡単には破られません。」

「しかし、あのような恐ろしい風景をご覧になっていてはお体に触ります。」

「戦闘が怖いのではありません。あの光の中で人が当たり前のように死んでいるのが怖いのです・・・。」

「フローラ姫。」


後ろから、車椅子に乗ったカリアがフローラに呼びかけた。

エレナがフローラの後ろに立ち、カリアの車椅子を押していた。

カリアは以前のオロチ暴走の際に上から崩れて来た瓦礫に当たり大怪我を負った結果、下半身不随となってしまった。

もはや誰かの介助無しには動き回る事は出来ない。


「お話があります。こちらへ来て頂けませんか?」

「はい・・・母上様・・・。」


フローラはそう答えてカリアとエレナの後に付いて行った。

三人は宮殿の一室に入った。

以前なら広いお茶会専用の部屋に入った。

しかしオロチによって天井が破壊されてしまい、それに戦争の準備で修繕まで手が回らなかったので、側使え用に用意されていた空き部屋を女性専用の休憩室兼喫茶室に使っていた。


エレナがお茶とお菓子を用意して小さなテーブルの上に置いた。


「貴族とは面倒な種族ですね。」


カリアが口を開いた。


「このような状況でも、お茶を飲む時は優雅に形式ばったやり方で飲まなければなりません。」

「それでも威厳を保つ為には必要な事です。」

「そうかも知れません。でも・・・」


そう言ってカリアは窓の外に目を向けた。


「あちらでは命のやり取りをしていると言うのに・・・」


窓の外、ずっと先ではあるが、光が交錯して互いの命を削る戦いが行われていた。


「母上様・・・お体の方は・・・」

「私はどうでもいいです。それよりもあなたの事です。」

「もういい加減観念されては?大事なのはあなたの方です。」


フローラは自分のお腹をさすった。

分かってはいた。

しかし、まさかこんなに早いとは夢にも思わなかった。

ただバレントに死んで欲しく無くて、自らをバレントに捧げた。

それがこんなに早く結果が出るとは・・・。


カリアとエレナはフローラからいろいろと話を聞きだしてどんな理由でそうなったかを理解したが、それにしても・・・。

やっぱり親子ね。

ええそうですね。

そんな会話を二人でしていた。

エレナが話を切り出した


「貴女は今、自分がどんな大切な体か理解されていますよね?」

「・・・・・。」

「周りを見て。結界が守ってくれるとは言え、運が悪かったら以前のオロチの時のような事が起こるかも知れません。だからお願いです。あなただけでも逃げてください。」


フローラは下を向き、手を膝の上に置き握り締めた。


「いやなんです・・・・・」


声を搾り出すようにしてフローラは言った。


「バレント様も・・・バレント様もそう言って・・・私を無理矢理避難させました・・・。もう嫌なんです。私が離れているうちに誰かが傷ついていなくなってしまうのが・・・。」


膝の上に置いた拳の上に、涙がポトリ、ポトリと落ちた。

妊娠が発覚してから、このように避難を勧められると予測はしていた。

自分の体が自分だけのもので無い事は理解している。

しかし、自分だけ逃げた結果、また誰か親しい人が死ぬ予感がした。

だから逃げたく無いのだ。


「は、母上様達も一緒に来てください!」


フローラは目を真っ赤にしながらカリア達を見た。


「それは出来ません。公爵夫人として、殿下を置いて行くなんて事は許される筈がありません。だからあなた一人で避難するのです。」

「そ、そんなの嫌です!」

「そんな子供みたいなわがままはダメですよ。あなたはもう一児の母になるのですよ?」


エレナが子供を諭すように言った。


「バレントの子を無事産んでちょうだい。お願いだから。」

「・・・・・」


フローラは涙を流しながら二人を見た。

何を言っても、二人は自分を避難させるつもりだろう。

でもこれを今生の別れにはしたくない!


「お願いがあります・・・。」

「・・・何かしら?」

「生きてください・・・。絶対にバレント様みたいにはならないでください!」

「・・・・・。」


カリアは優しく微笑み、車椅子を動かすとフローラの側に静かに寄った。

近づくとフローラの頬に手を当てた。


「・・・あなたのお願い・・・想い・・・わかりました。」


そう言うとカリアはフローラを抱きしめた。

バレント!

バレント!

あなたって子は何て罪な事をするの!

亡くなった我が子を思い出した。

そして彼を想う、この優しく純粋な娘の行く末が案じられた。

もう涙が止まらない。

カリアはフローラをずっと抱きしめた。

しかし、いつまでもそうしている訳には行かなかった。


「行きなさい・・・。」


そう言ってカリアはフローラから静かに離れると側使えに命じた。


「フローラ姫を避難させるように。」

「はッ・・・」


側使えはフローラとカリアの双方の顔色を伺った。


「は、母上様・・・。」

「いいから連れて行きなさい!」

「姫様、こちらへ。」

「は、母上様!母上様!」

「姫様、いけません。」


側使えは、フローラの体を押さえた。

カリアはエレナに目配せした。

エレナは鎮痛な表情で車椅子を押すと、部屋から出て行った。


「母上様―ッ!」


後にはフローラの悲痛な叫び声が残された。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る