第17話 最初から話せ

「お、愚か者―!」


無線機の向こうからロードリー公爵、ロードリー3世の父親が叫んだ。


ですよね・・・・・。

自分だってこうなるとは思わなかったんですけどね・・・。

なにせ代理の嫡男だったので逆に言いやすかったんでよきっと・・・。

と言い訳をしたかったが、次期公爵となる自分がそんな見っともない事を言える筈も無い。


「な、何故そのような事になったのだ!」


無線機の向こうではまだ怒り冷めやらない公爵が叫んでいる。

地球のような通信衛星や海底ケーブルが無いこの世界では、短波による通信で帝都と公爵領とを繋いでいた。

一応デジタル通信で、送受信はそれぞれ別の周波数を使っている。

ただし、周波数の低い短波なので、画像は静止画クラスしか送れない。

動画を送る際は、デジタル圧縮をかけ、尚且つ別のチャンネルで時間をかけて送る。

もし緊急で動画を送る必要がある時は、わざわざアンテナのついた輸送機を帝都から100キロぐらいまでの距離へ飛ばして、それに向けてマイクロ波を発信して受け取ってもらう。

勿論、これらの技術は全て元自衛隊だった騎士団のを使っている。


「最初からお話させていただきます。」


ロードリー3世、幼名バレントは元老院で何があったのかつぶさに報告した。

議事進行が荒れかけた事。

サモン侯爵が槍玉に上がった事。

それを慎める為、マンサ侯爵が気転を利かせたつもりでロードリー3世を巻き込んだ事。


「・・・・つまり・・・逃げ道は無かったのじゃな?」

「はい、公爵殿下。」

「父で良い。この場にいるのは海将閣下とワシだけじゃ。で、お主はどう見る?」

「はっきりと分かったのは、今回の件はランポ伯爵自身が主導したという事です。皇弟派が裏で繋がっているかと思いますが、あの伯爵の言動や振る舞いから察すると彼自身が主体で動いたかと思います。ただ、まだ裏が取れていませんので、隠密達に盗聴を行うように指示しています。」

「想像はつくが、お主は目的はなんだと思う?」

「サモン侯爵の追い落とし、皇弟派内での地位向上、最終目標はカルロ2世陛下の廃位・・・と言ったところでは無いでしょうか?」

「・・・それが目的か?」

「恐らくは・・・」

「何故お主はそう思う?」

「貴奴は単純ですが、狡猾です。それであるが故に、分かりやすく力があるように見えます。特に今まで日の目を見なかった小物達に取っては、夢を見させてくれる英雄に見えている事でしょう。そこで子分が増え、崇められた事で権力欲に目覚め、権力を欲するようになったと思います。その最初の一手がサモン侯爵の追い落としです。」

「何故そんな愚か者が今まで頭角を表さなかったのだ?」

「やつ自身が元老院に興味を持っていなかったためでしょう。元老院では鼻つまみ者で、誰にも相手にされていませんでした。それが急に権力欲が出て来た。それで今回出て来た。」

「そんな奴が、ランハ子爵領の騒ぎを起こしたと言うのか?」

「奴は単純かつ狡猾です。そう言うところは十分に作戦を練り上げて実施した物と思います。それもサモン侯爵の追い落としを目標に。」

「・・・・・サモン侯爵の追い落とし・・・こちらに疑いを持たれていたとは言え、見捨てれば、その愚かな伯爵側を助ける事になるな。それは頂けんな・・・こちらはあくまでも中立を維持したいのだが・・・・。」

「難しい局面です。サモン侯爵へは匿名で情報を出して少しだけ手助けしましたが、やり過ぎると双方のパワーバランスが崩れます。今まで通り、限定的な情報操作でかつバレないように手助けする事しか出来ません。」

「そうだな・・・それしか出来んな・・・。」

「更に危険なのは、今回依頼のあった、公爵領騎士団の魔道士を軍団の調査に使うことです。ランポ伯爵は色々な理由をつけて、魔道士一人一人に近づき圧力をかけて来ると思います。更にサモン侯爵が抱いた疑問に彼自身も気付く可能性があります。」

「そこは考えがある。」


そう言って、ロードリー2世はある案を息子に伝え、嫡男はそれに従う事にした。




上層部で今後の対応が話し合われている時、スサノオは着・発艦訓練に勤しみ、やっと休憩を取る事が出来た。


パイロットの過剰な訓練は集中力を低下させ、事故のもとになる。

スサノオは着艦訓練を終え、飛空艦の所定の場所に機体を駐機させると、上官から強制的に休憩を取らされた。

この飛空艦の設備は転移した護衛艦にあった物を流用している。

ただし、装甲や骨組みまでは流石に重いので使えず、基地の設備を建設する際の資材にされた。

それでもイージスシステムやレーダー、CICは転移してからこの世界で開発した物をつけ加え改良した物が使われており、魔力と言う地球では無かったものを使っている事もあり、元の世界でもトップクラスに入る兵器である。

そんな飛空艦の休憩室で、スサノオは外を眺めていた。


高度は約10,000フィート(約3000メートル)。

雲が目線の高さにあり、遠くにはロードリー公爵領の浮遊島が見えている。

コーヒーをゆっくりと飲みながら、流れて行く雲を眺めていた。

隣では、先日から様子のおかしいアルベルトが座っている。


「・・・・・はぁ・・・・・」


アルベルトはため息をつく。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・・」


またため息をつく。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・」

「おい!いい加減にしてくれ!1時間の内に何回ため息を聴かなきゃならんのだ?」


たまらずスサノオは叫んだ。

ただでさえ、着艦訓練、発艦訓練の繰り返しでヘトヘトになっていると言うのに、隣で数分毎に溜め息を吐かれたらたまったものでは無い。


「スサノオしょーいー・・・・・」

「だからなんなんだよ!」

「自分は妹をこよなく愛してる・・・」

「知ってるよ!極度なシスコンだ!それでどうしてそうなったんだ?」

「別に性的な意味は一切無い・・・ただの妹としてなのだ・・・。」

「性的な意味って、危ないな!異常過ぎるぞ!」


アルベルトはゆっくりと虚ろな目をスサノオに向けて言った。


「だから違うんだ・・・・・。妹としてなんだ。だって幼い頃から一緒に遊んでいるんだぞ?」

「分かった、分かった!で何があったんだ?」

「キスをしたんだ・・・・・」

「はーーーーーーーーーーいいいいいいいいいいいいい?」


えッ?

リサが?

なんで?

兄妹同士でか?

そ、そんな事ありえん!

いや、あり得るのか?

えッ?

リサ?

リサが?


「向こうは自分の事知っているんだ・・・・・。」

「???????」

「でもこっちは知らないんだ・・・・・。」

「???????」

「でも見たことがある気がするんだ・・・・・。」

「頼む。落ち着いて最初から話してくれ!」


アルベルトは、ゆっくりと先日の喫茶店での出来事を話し始めた。

無理矢理ナオとアヤに外へ連れ出された後、突然魔法でロープで椅子に縛りつけられた。

いつの間にかアヤはいなくなり、ナオが残った。

文句を言うと尋問され、挙句にキスをされた。

全く訳がわからない。

でもナオはどこかで見た気がする。

思い出せない。

どこだっけ?

そもそも何故キスをされたのか分からない。

どうしよう?


放っといていいかな・・・・・。

散々妹から引き離そうとした癖にいざ自分の時はこのだらしなさ・・・・・。

こっちが溜め息を吐きたい。

が、やはり放っておく訳にはいかない。

僚機となる事が多いし、何より親友だ。

いくらリサの件で散々嫉妬されていると言っても、親友は親友だ。


「ナオってリサと同期の候補生だろ?リサから何も聞かされていないのか?」

「・・・・・何も・・・・。今思うと、前日に突然スケジュールを聞きにわざわざ訪ねて来たのが気になるな・・・。」


確かにそうだとスサノオは思った。

付き合い当初と比べて、最近はお互いにそれ程照れなくなった。

だから自分に会いたければ、わざわざ邪魔者のアルベルトとスケジュールのやり取りをする必要も無い。

それに、あのしてやったりと言う顔・・・・・あれは大きな悪戯を仕掛けて成功した時の顔だ。

幼い頃からスサノオに見せていた表情だ。

やはり何かを企んでいたという事だ。

と言う事は・・・。


「あれからリサとは話したのか?」

「・・・して無い。」

「何故?」

「・・・こんな事した兄なのにか?」

「はあ?」

「キスをしてしまったのだぞ?」

「?????」

「分からないか?キスだぞ!キス!」

「?????」

「そんな不潔な事をした兄を妹がどう思うかと思うと・・・・・」

「・・・・・!」


ゴツン!

思わずスサノオはアルベルトの頭頂を殴った!

下を向いて頭を抱えるアルベルト。


「ア、ア、アホか!このシスコンがーッ!リサがそんな事で大好きな兄を軽蔑するわけ無いだろうが。」


痛いな・・・何するんだよ〜とでも言いたげな顔で、アルベルトはスサノオを見た。


「むしろ祝福するわ!『やっと妹から卒業したわね』とか何とか言って!」

「果たしてそうだろうか?」

「でなかったらあんな企みをするか!冷静に考えろ!またバレントお兄様に怒られるぞ!」

「・・・・・そうだな・・・・・冷静に考えれば・・・・・リサは後押ししようとしていたんだな・・・・・。」


アルベルトはやっと冷静に見るようになって来た。

それにしてもだ。


「ナオと自分は会った事があるのか?」

「こっちに聴かれても知らん!」

「だが、リサが知っているという事は、スサノオが知っていないのはおかしいのでは?」


そう言われてスサノオも気付いた。

そう言えばそうだ。

幼い頃から遊んでた仲間は、リサとスサノオ、アルベルトの三人であった事が殆どだった。

たまにこれに兄姉が加わるくらいで、他の子供とは殆ど遊ばなかった。

何しろ、スサノオは貴族身分では一番下の騎士爵の子だったし、リサはリサで庶子の子と他の貴族からは蔑まれていた訳だし。

遊び場は殆どが宮殿で、町の方に行く事は滅多にない。

だから町で他の子と遊ぶ事はほぼ無かった。

たまに行く事はあったが・・・あれ?

そう言われてみればどっかで見たような顔だな?

どこだっけ?

スサノオは悩み出した。

リサが覚えていて、自分は忘れている人物?

誰だ?

でも顔は見た事がある?

あれ?


「それ見ろ。スサノオも同じだろうが。」


おかしい。

顔は見た事がある気がするのに・・・喉に何か引っ掛かった感じで思い出せない。

おかしいな・・・。


そもそも騎士学校に入ったという事は、もともと親も騎士だったという事だ。

ただスサノオは子供の頃から公爵殿下の子息達の遊び相手として宮殿に入り浸っていたので、あまり他の騎士の子供達とは面識が無い。

でも、リサが騎士の子供達と遊んでいたかと言うと、その機会も殆ど無かった。

なのに知っていた。

あるいは殆ど会っていなかったのが、騎士学校で再会した?

でも接点は?


こうなると何としてでも思い出したくなる。

でないとスッキリしないのだ。

スサノオは必死に状況を整理する。


騎士団と言っても色々な仕事に従事している。

それは宮殿の警備であったり、帝都や町に展開している隠密だったり・・・。

隠密?

そう言えば、一部の隠密は公爵一家の護衛のために、メイドに化けているんだっけ?

そう言えば子連れのメイドがいたような?

けどあれって・・・確か気が弱い男の子で、町で他の子供達に絡まれてアルベルトが助けて・・・ん?

男の子?

えッ?

もしかしてあれって女の子だった?

あれ?

あ!

全てが繋がった!

そうそう!

町にお忍びで行こうとしたら、その子が何故かついてきて、無視して三人で先に行って、気がついたらどっかで離れてしまったんだっけ。

それで慌てて戻ったらどっかの悪ガキにいじめられてて、アルベルトがボロボロになりながらその子を力付くで守って・・・。


スサノオは漸く思い出した。

男の子だと思っていたから繋がらなかったのだ。

「はははははは。そうか!なんだ、そうだったのか!」

「な、何か思い出したのか?」


アルベルトが期待する目でスサノオを見た。

スサノオはニカッと笑って答えた。


「正義の味方よ!大いに悩み給え!でも訓練では忘れろよ!」

「はあッ!?」


ますます悩むアルベルトであった。






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