第16話 元老院=伏魔殿

スサノオ達が飛空艦への着艦訓練を始めたちょうどその頃、ロードリー3世は帝都で漸く開かれる事になった皇帝臨席の元老院に出席する為、議事堂に入って行った。

勿論、公爵の代理としてだが、皇帝にも嫡男と認められており、代理での出席に問題は無い。

議事堂は、正面中央に皇帝の席があり、そのすぐ横、やや下がった場所にいくつか席が用意されている。

更に皇帝の席の真正面の下がったところには議長席があり、ここにも横に席が数カ所ある。

残りは皇帝と相対する形で階段状の席があり、一番高いところが爵位の高い者の席となっていた。


ロードリー3世は議場に入ると、議長席横の席に座った。

公爵であれば、皇帝のすぐ隣に座るのであるが、嫡男であるが故に地位は公爵と同程度とは行かず、侯爵と同じ高さの席が指定の場所となる。

議場に次々と議員が入って来て、ほぼ満席となった。


それにしても、サモン侯爵があれ程緊急事態だと認識していたのに、何故これ程開催が遅れたのか?

その理由は幾つかある。

まず、サモン侯爵自身がなかなか皇帝に面会出来なかった事だ。

サモン侯爵がロードリー公爵領にいる間に、様々なスケジュールが皇帝に組まれて、会う時間を取る事が出来なかったのだ。

意図的としか思えなかった。

皇帝自身もランハ子爵領の事でサモンとは話がしたかったのだが、スケジュールを変更しようとすると、側仕えが皇帝陛下の威厳が損なわれると苦言を呈する。

実際、変更し辛い行事ばかりであった。

やっとロードリー3世が元老院議長の口聞きでと言う形を取って面会してくれたので、サモン侯爵とも会う事が出来たが、その時点で既に2週間以上の時間を失っていた。

更に、一部の有力貴族達がなかなか出席出来ない事態になっていた。

ある者は反乱の兆しありと言う情報で領地に帰ってしまったり、またある者は、親族が突然亡くなったとかで喪に服すために屋敷へ引っ込んでしまったり・・・。

通常、皇帝臨席であれば、議員は元老院へ必ず出席しなければならないのだが、理由が有れば出なくても良い。

だが、出席出来ないと言って来た議員達は皆有力な議員で、元老院でも良識ある数少ない穏健派として尊敬され、また過激な思想を持つ様々な派閥への抑え役でもあった。

その者達がいなければ、皇帝臨席と言えど元老院が紛糾する恐れがあった。

このため、サモン侯爵はただ我慢して時を待つしか無かった。

そんな状態で更に時間をどんどん浪費し、漸く事態から約2ヶ月以上経って、皇帝臨席の元老院が開かれる事になった。


勿論、サモン侯爵は、有力議員達が出席出来なかったのも、皇帝のスケジュールが詰まっていたのも、全て妨害工作であったと予測している。

巧妙に仕組まれていて、誰が首謀者なのか、未だに特定出来ていない。

ただ、これも誰の仕業か分からないが、幾つか有力な情報を提供してくれる者があった。

全貌は分からないが、ある程度推測出来る状態にはなっている。

ただ、明確な証拠がないので、限りなく事実に近い予測となってしまっている。

サモン侯爵は、今日開催の皇帝臨席の元老院で、限り無く黒に近い議員を炙り出そと思っていた。


「皇帝陛下―、ご降臨―――!」


帝都騎士団の護衛兵が叫んだ。

議員全員が席を立ち、貴族様式の礼を取る。


「皆の者、大義である。」


そう言って皇帝カルロ二世は席に座った。

それを見届けた議員達は各々着席する。


「してサモンよ。今日の議題はなんじゃ?」

「は。2カ月前に起きたランハ子爵領反乱の件でございます。」

「その件は、帝国軍により鎮圧されたのであろう?もはや解決したのではないのか?何が問題なのじゃ?」

「まず第一に、何故あのような小領に、あれ程の群衆が集まり、動乱が起きたのか、未だに解明されておりませぬ。群衆は闘技を見るためだけに集まったようですが、そもそも小さな領地に闘技目的で集まった事そのものが謎です。」

「何か珍しい闘技か、有名な剣士でもいたのでは無いのか?」

「いいえ。至って普通の闘技で、しかも諸国を回る一介の剣士達による闘技会を行う予定でした。」

「そこに何故か大量の群衆が集まったと言うわけじゃな。その者達の素性は知れているのか?」

「それが・・・ほぼ全員討伐されるか、自ら命を断ちました!」

「なんと!では遺体の検分から何か見つからなかったのか?」

「それが二番目の疑問です。何故か、帝国軍の兵士が全てを焼いてしまわれたのです。」

「なんと愚かな!」


皇帝が驚きの声を上げるが、議場もどよめいた。

だが政治家たる者、狸や狐だらけだ。

殆どの者は事実を知っている。

実は、サモン侯爵と皇帝も、事前の密かな打ち合わせで話しており、皇帝の反応は茶番だった。


「もっと詳しく述べてみよ。」

「まず、集まった群衆は何かしらの魔法をかけられていたと思います。ただし、遺体を焼かれてしまったので、どのような者が、いつどこで魔術にかかったのか特定は不可能です。痕跡を消すため、全てを灰にしたものと思われます。」

「続けろ。」


皇帝が先を促す。


「は。次に遺体を焼いてしまった件。これは上官命令では無く、現場の兵達の判断でございます。」

「それはつまり?」

「この陰謀を謀った者は、ランハ領どころか、帝国軍にも手を伸ばしていると言う事でございます。」


議場が静まり帰った。

皆、各自の独自の情報収集でここまでは分かっている。

だが改めて発表されると、事態がかなり深刻である事を実感した。

最も中立で信用されなければならない暴力集団である軍が、大きな不安定要素となってしまったのだ。

つまりその暴力が権力者達に向けられる可能性があるのだ。


カルロ二世はサモンとの密談時にこの話を始めて知った。

そして、あまりの深刻さに思わず大きな声を出した。

それぐらい深刻なのだ。


ロードリー3世は、静かに議場の推移を見ていた。

ここから自分が匿名で侯爵に伝えた事実が追加される筈だ。


「件の遺体を焼いた兵達ですが、一つ不思議な事がございます。」

「なんだ?」

「ある軍団がランハ子爵領から戻って来た際、本来100名いるはずの軍団が99名しかいなかったのです。それも戦死者ゼロで。」

「もともと99名だったのでは無かったのか?」

「いいえ。出発時には100名分の武器と兵糧、それに毛布が配られています。戦闘が終わるまで、それらは公平に分配され余りは無かったと、100人隊長の記録にはあります。それが戻ってきて、いくら人数を確認しても99名しかおりません。誰が欠けたのか誰も把握しておりません。恐らく消えた一名こそ、兵士に遺体を燃やさせた魔道士である可能性があります。」


議場が静まり帰った。

更にサモンは続ける。


「つまり、その消えた一名は、兵士達を操り、遺体を焼くように仕向けた者でございます。その者の足取りを追えば、あるいは状況が多少見えるやも知れません。」


ロードリー3世はじっと議場内の様子を見ていた。

この中に、狡猾な狐が必ずいる。

まだ絞り込めていないが、隠密達がその行方をくらました魔術師と思われる兵士の痕跡を探している。

それに隠しカメラで撮った対象軍団の行きと帰りの動画を、騎士団の秘密基地で解析してもらっている。

面が割れるのは時間の問題だ。


「その者の足取りは掴めたのか?」

「残念ながら、まだ分かっておりません。ただランハ子爵領からの情報では、南に向かった怪しい人物の目撃がありました。」


ロードリー3世は議席のある一点を見つめていた。

皇弟派の伯爵だ。

恐らく手先だろうが、作戦指揮を取ったのでは無いかと疑っている。

遠目だが口角が上がったように見えた。

やはりこいつか?

実は、サモン侯爵が言った南へ怪しい人物が向かったと言うのは嘘だ。

恐らく帝都に向かっているのではと見ている。

根拠はこれと言って無いが、ただ次の指示を聞くのであれば、帝都に戻った方が効率が良い。

隠密達には伯爵を見張らせよう。

ただ、あくまでも中立を守るように立ち回る。

どちら一方の方を持つような振る舞いはしない。

またどちらかが力を得るような事もしない。

更に、公爵家自身が目立つ事も避ける。

それは父の公爵の命令でもあるし、自分の考えでもある。

公爵領に目を向けられては困るのだ。

ここは自分が頑張らなければ。


「今後、どうするつもりだ?」

「まずは軍の浄化をしなければなりません。その為に、騎士団魔道士を使わせて頂く事をお許しください。催眠魔法にかかっていないか調べる必要がございます。その上で、誰が裏で糸を引いているか、確認させて頂きたいと存じます。」

「許そう。皆の者、何か意見はあるか?」


ここまでは、殆ど茶番だ。

事前に皇帝と秘密裡に打ち合わせ、作った流れだ。

ここからが本番だ。

正体を表しかけている敵はどう出るか?


「サモン侯爵殿。意見を述べさせてください。」

「ランポ伯爵殿。意見を述べられよ。」


ロードリー3世が疑いをかけている議員だ。


「騎士団魔道士を帝国軍の為に使うのは恐れ多い事でござる。たった今しがた、皇帝陛下の温情によりお許しを頂いたばかりではあるが、温情に甘えるのは臣下としては恥ずべき事。ここは帝国軍自身の自浄努力を見せなければなりません。それこそが真の忠義!そう思われませぬか?」


ロードリー3世ばかりか、サモン公爵も皇帝も非常に驚いた。

彼は自分が何を言っているのか理解しているのだろうか?

疑いがあり、最も危険性を排除すべき、それも牙を剥こうとしている裏切り者が潜んでいるかも知れ無い帝国軍に自助努力?

まるで犯人を隠しているかも知れ無いのに、それを庇うかのようだ。

悪く言えば、彼は自分が犯人と言っているのに等しい。

如何にも正しい事を言っているように聞こえるが、根本からして間違っている。

それも根拠らしい根拠も無く、精神論のみで言って退けているのだ。

だが・・・・・、


「そうだ!ランポ伯爵は正しい!」

「皇帝陛下への忠義を軍自らが示すべきだ!」

「騎士団を使うのは忠義とは言えない!」

「騎士団を使う事こそが不忠義!」

「提案は不忠義者の行いだ!」


過激な思想を持つ派閥の議員が同調して賛同のヤジを飛ばした。


「鎮まれ!鎮まれ!皇帝陛下の御前であるぞ!鎮まれ!」


サモン侯爵が議長としてヤジを慎める。


「そちらこそ慎むべきだ!温情に甘える不忠義者だ!」

「そうだ!そうだ!」

「侯爵殿は不忠義だ!」


想定よりもずっと早いタイミングで荒れ始めた。

しかも、議論が予期せぬ方向へ向いている。

ロードリー3世は賛同している議員をじっと観察した。

催眠魔法にでもかかったのではと一瞬思ったが、直ぐにそれは無いと思った。

何故なら議場に議員が入る際、皇帝を護衛する義務がある騎士団の警備兵が目を光らせて、催眠魔法にかかった者がいないか確認をしているからだ。

それは操られた者が、暴挙に出ないように事前に防止する為だ。


では何故賛同する?


彼らは普段から過激な思想を主張するが、その真意は目立つ事だ。

だが、それでも力を得る事が出来ず、結局力ある者に擦り寄り太鼓持ちになって若干力を得ているに過ぎない。

つまり彼ら自身は小物で、欲望は強いものの、実績らしい実績が無く、なかなか上に上がれ無い者達だ。

そんな連中がランポに賛同している。

ランポ伯爵自身は今まで碌に元老院には出て来ず、たまに出たと思えばトラブルを起こし、そのトラブルを子飼いの誰かが尻拭いしている。

しかも子飼いが苦労して尻拭いをしたにもかかわらず、自分は関係無いと言って切り捨てる、非情な人物であった。

そんな彼に何故賛同する?

恐らく、夢を見させられたのだ。

小物が大物になるような。

ロードリー3世には全く理解出来ない事だったが、小物達にはあり得る事だった。


だが、はっきりした。

ランポ伯爵自身がこの騒ぎの発端だ。

しかも堂々と自分が首謀者だと言っているに等しい。

何が目的なのだ?


サモン侯爵は飛んで来るヤジに議長権限で止めようとした。

だが、皇帝の御前だと言うのに止まらない。

こんな経験は初めてだった。


「皆の者!鎮まれ!」


見かねた皇帝が声を上げた。

騒いでいた過激派はやっと鎮まった。


「サモンは世が任命した議長である。その者が不忠義であると言うのは世への侮辱と知れ!言葉を慎め!」


立ち上がって喚いていた過激派議員達は、皇帝へ深々と礼を取り、静かに着席した。

わざとらしい。

ロードリー3世はそう思った。


「サモン侯爵殿!発言をお許しください。」

「マンサ侯爵殿。発言を許します。」


マンサ侯爵は良識ある穏健派で、また侯爵と言う地位でもあるので力がありサモンが期待する抑え役だ。

件の領地反乱のデマを流されて、一旦領地へ戻った者だ。


「全ての元老院諸君が、サモン侯爵殿のご提案が不忠義と思ってはいないと存ずる。だが不忠義と騒ぐ者がいるのも事実である。かと言って、不忠義だからと、軍自らの魔道士に調べさせたところで、公平な結果が得られるとは思えぬ。何故なら、彼らに取っては身内であり仲間なのだ。公平な調査が出来るとは思えぬ。ここは、全く関係の無い、中立的な立場の者に委ねては如何か?」

「どう言う事だ、マンサ侯爵殿?」

「簡単な事だ。サモン侯爵殿の横に座っていらっしゃるロードリー3世殿の魔道士に調査をお願いされては如何か?」


へッ?

なんだって?

俺?

なんで?

ち、父上〜!


表情には出さなかったが、ロードリー3世は心の中で叫んだ。



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