第14話 飛空艦

スサノオが爆撃訓練を終え、リサ達のレンジャー訓練が終わった頃、コウタ・サカイ騎士団長は輸送機に乗って公爵領を離れ、マドリ島、騎士団呼称訓練島へ向かった。

リサ達が人力で3日かけて移動した距離をほんの20分ほどで到着してしまった。

まさに文明の力だ。

この島へ向かったのには理由がある。

ここに巨大な兵器を隠しているのだ。

その保管状況を見る為に訪れた。

 

騎士団長が乗機している機体は、オスプレイの発展型だ。

海自の艦隊が異世界に転移した際に、“航空機搭載型護衛艦”、早い話が約90年ぶりに日本が導入した軽空母に搭載されていた物と同じ形式の機体だ。

ただし、オリジナルの機体は流石に経年劣化が激しかったので、時間をかけて魔力で部材を作り、電子部品も色々な物質を集めた上で完コピして、新たに作った機体だ。

燃料はこの世界に豊富に存在する水素とそれに炭素を魔石や魔法陣を使って炭化水素を組み合わせるシステムを作り、ジェット燃料を精製した。

この機体は元の世界と同じように石油を動力源としたため、認識阻害魔法以外では魔力を使っていない。

よって、この世界の魔道士にも感知され難い機体として好んで使われた。


オスプレイは訓練基地の飛行場にアプローチした。

飛行場と言っても滑走路は1500メートル級の短い滑走路のみで、後は戦闘機ドラゴンファイターのVTOL訓練やヘリ用に使われるヘリパッドが3箇所あるだけだ。

騎士団がこの世界に転移してからは、まだ大型の航空機は作った事が無い。

正確には“元の世界にあったような“大型の輸送機を用意した事が無いので、滑走路はその長さで十分に事足りた。

オスプレイはSTOLモードで滑走路に着陸すると、そのまま誘導路を通り、VIPスポットへ移動した。

機体がスポットに止まると、サカイ騎士団長はオスプレイから降りた。

出迎えの騎士団員達が団長を出迎る。


「海将閣下。お待ちしておりました。」

「ご苦労オオニシ大佐。“あれ”はいつでも動かせる状態か?」

「はい。整備は万全に整えております。ただ、暫く飛行させていないのが不安要素です。」

「ふむ。まずは実物を見たい。」

「ご案内致します。」


そう言って、大佐が騎士団長を先導した。

基地内のエレベーターで地下まで降り、更に地下道を歩いて少し、電子ロック付きの扉があった。

騎士団長と大佐は、それぞれIDカードをセンサーにかざし、更に別のセンサーに手を当てる。

電子ロックが外れると大佐は扉を開け、騎士団長を巨大な格納庫の中へ案内した。


そこには青色の迷彩が施された、超巨大な飛空艦が置かれていた。

全長約360メートル。

最大幅約100メートル。

最大高約40メートル。

断面は上が潰れたような楕円形をして、後部に近づくと中心に向かって潰れていくような感じになり、その両脇には強大な垂直尾翼が付けれていた。


この機体は、この世界の魔法と元の世界の科学技術を融合して作られた。

ただし、一朝一夕に出来た訳では無い。

まず自衛官達はこの世界に来てから魔力とは魔法とは何かを学び分析した。

その後、魔法を科学と融合させて応用する事を計画した。

そして機体やエンジンの研究を進めた。

最初はセスナ機のような小型の機体に魔力を応用したエンジンを取り付けて飛ばした。

今の飛空艦と比べて玩具のような機体だったが、開発には大いに役立った。

5年ほどしてから、小型旅客機ほどの実験機を作った。

この機体では本格的にエンジンの性能試験も行われた。

試験後、転移した際に一緒に持ち込んだ、まだ飛ばす事のできたF-35Bに開発したエンジンを取り付けて、現在のドラゴンファイターの開発に繋げた。

それも5年ほど経つといよいよC-5A程の大きさのプロトタイプを作り、10年ほどテストを繰り返した。

そしてテストで満足行く結果が得られて、やっと最終目標となる機体を3年ほどかけて制作し、進空させるに至った。

実にここまで30年以上の月日が流れた。


飛空艦を提唱した前海将は完成を見ること無く、また故郷へ残してきた家族を想いつつ亡くなってしまった。

他の幹部達も二度と見る事が叶わない故郷と家族を想いつつ、殆どが亡くなってしまった。

後をその次の地位にあった者や若い世代が引き継ぎ、やっとの思いで完成させたのだ。


胴体の両脇には偏向可能な小さなノズルが数十ヶ所に取り付けれていた。

機体を垂直に持ち上げたり、推進させたりする為のエンジンだ。

エンジンは、重力魔法を応用した仕組みだ。

魔力によって重力の違い(重い/軽い)を発生させ、空気の圧力差を作る。

そうする事で空気の流れを作り風を生む。

ただし、ただ重力差を生じさせただけでは空気の流れは重力の重い方で止まってしまうだけなので、重力魔法を高頻度で切り替えて、満遍なく空気が流れるようにした。

つまりリニアモーターの動作原理・・・正極と負極を交互に発生させる・・・を重力に置き換えたようなものである。

更にこのエンジンは空気の流れを作るだけではない。

空気の流れる先は窄められていて、そこで空気が圧縮され高温となり、燃料を吹きつけると莫大な推進力を得る。

もっとも、燃料を吹き付けて飛ばすのは戦闘機向けのエンジンだけで、通常は緊急にパワーが必要とされる非常時以外は行わない。

この重力魔法を応用し開発したエンジンは、飛竜艇本体を浮かす為に使う純粋な重力魔法と比べて、圧倒的に少ない魔力消費で機体を浮かす事が出来た。

何しろ、気圧差はちょっとした差でも、巨大な力となる。

気圧差で生まれる台風やハリケーンが良い例だ。

重たい物を直接的な魔法で上げるよりも、空気の力で上げる方が効率は良くなる。

こんな便利な物は無い。

 

更に機体を浮かすのは魔力エンジンだけでは無い。

実は速度が上がると、機体自体が翼の代わりとなり揚力を生む。

アメリカでスペースシャトルの開発研究用に作られた、翼の無い飛行機―リフティングボディ機―を参考にして、速度が上がれば飛行機のように推進力だけで飛べるように機体の形状を設計した。


これで更に魔力の消費を抑える事に成功したが、機体を軽く浮かせる為に更にもうひと工夫した。

それはこの世界に大量に存在しているヘリウムを活用する事だ。

機体の上部には船のバラスト水タンクのように、ヘリウムを貯める嚢がある。

嚢にした理由は、この嚢のある区画に空気を入れたり出したりして圧力を変化させ(高い圧力=重たくなる)機体の前後バランスや機体の重量を軽くする為だ。

潜水艦や第二次大戦後の飛行船で使われている技術だ。


この飛空艦には、護衛艦から外されたレーダー類の他、転移後に開発したレールガンやその他武器類を取り付けた。

もっとも、一番の武装は戦闘機で、開発したドラゴンファイターを24機搭載、更にオスプレイ3機、ヘリ3機が搭載出来る。


元の世界でもこのような巨大な飛行体は存在しない。

第二次大戦前に有名な事故で燃えてしまった飛行船、ヒンデンブルグでさえ全長245メートルだ。

それも殆どが水素ガスを貯めるためのスペースだ。

容積の大部分を船のように活用出来るのは、この世界だからこそ実現出来たのだ。


無論、たとえ迷彩をしていても、また魔力量が常識を破るほど低消費であっても、このような飛行体が空を飛べば直ぐに見つかってしまう。

その為、認識阻害や光学魔法等を何重にもかけてステレス性を持たせている。

飛行する時は常時ステレスになっているので、今まで目撃された事は一度もない。


サカイ騎士団長は飛空艦を見上げると、機体に取り付けられたラダーを登って内部に入った。

途中要所要所で大佐より説明を受け、整備状況を確認する。

説明を受けた結果、やはり懸念は暫く飛行させていない事だった。

それに運用要員も、ヘッドマウントディスプレイによる訓練のみだ。

いろいろな問題は、実際に動かさないと顕在化しない。

騎士団長は決断した。


「飛ばそう。公爵殿下に連絡をした後に、訓練を実施する。それも頻繁に行いたい。訓練計画を立てておいてくれ。」

「承知しました海将。訓練計画を立て、別途ご連絡いたします。」


そう言ってオオニシ大佐は敬礼した。



スサノオは、最近実機訓練が多いと思っていたのだが、今度はシュミレーターの訓練が再び多くなった。

訓練は飛空艦への着艦だった。

それも様々な条件で行われる。

例えば、サブエンジンの片方が停止した状態。

これは左右の前後方向に向く力のバランスが崩れ、機首が斜めに向く状態なので、常にラダーを踏み方向を修正して機体をコントロールしなければならない。

しかも教官は意地悪な事に、横風を強く吹かせる設定にする。

お陰で飛空艦の中心軸に合わせられず、何度も失敗する。


またある時は、高高度での訓練。

飛空艦は一応40,000フィート、約12,000メートルまで通常飛行出来るとされているが、この高度ではデッキクルーは高空服を着ていないと活動出来ない。

なので通常着艦は行わないが、“想定外の事態が発生した場合に備えて”と言う理由でやらされた。

高度が高いと、空気が薄い分飛行機は早く進むが、スピードを下げると失速し易くなる。

アメリカが持っていた偵察機U2は、20,000メートルの上空を飛ぶ事が出来たが、最高速度と失速度の差が僅かで操縦はかなり難しかったと言う。

そんな状態なのに、着艦訓練をさせられ、案の定、スピードを上手く落とせず、これまた何回もやり直す羽目になった。



そんな訓練が約14日程続き、やっと纏まった休みが取れる事になった。

大戦前の日本海軍は月月火水木金金の訓練。

ガダルカナル島攻防戦の空戦は、自動操縦無しの長距離飛行の上に休日無しの連日の戦闘だったと聞いているが、こんなに毎日訓練するほど、公爵領が危機に陥る事があるのだろうか?

そんな疑問がスサノオの頭をふと過った。


疑問が浮かびつつも、やっと待ちに待った休日だ。

しかもリサも同じ休日だったので、久しぶりにデートをする事が出来る。

もっとも、リサ達騎士学校候補生は、外に出る事は禁止されているので、基地の福利厚生施設でデートする以外無いのだが、それでも会えるだけマシだった。

何しろ、リサとは少尉になってから会っていない。

積もる話も多い。


待ち合わせ場所は、地下飛行場の喫茶店だ。

ここはある程度訓練課程が進まないと入れ無い場所だが、8週間の地獄の訓練を終えたリサ達はやっと入る事が許された。

何しろ、実物の飛行機は訓練が終わる頃に、やっと見せてもらう事が出来るくらい機密性の高いものだ。

もしかしたら脱落するかも知れない者達に、最初から実物を見せるわけには行かない。

もっとも、脱落者は今まで出た事はない。


スサノオは輸送機とかが駐機しているエプロンが見える喫茶店で、コーヒーを飲みリサを待った。

だいぶ不安な表情だった。


暫くすると、第一種の制服を着たリサが現れた。

帽子を片手に持っている。

流石に手袋をすると儀式用になってしまうので、そこまではしていない。

だがビシッと決まっていて、持ち前の美少女ぶりと合わせてかなりかわいい。

思わずスサノオはボーとしてリサを見た。

リサはモジモジして椅子に座った。


「待った?」

「ううん。ぜんぜん。」


どっかで聞いたようなテンプレ台詞をお互いに言う。

何かヒソヒソ声が喫茶店内を行き交っているが、二人には全く聞こえない。


「久しぶりだね。」

「うん。元気にしてた?」

「なんか、今日は・・・・・」

「うん・・・・・」

「良い天気だね♪」

「うん♪」


後ろでずっこける音がするが二人とも全く気づかない。


「良い天気も何も、ここは地下だろー!」

「姫は何をしてるの?訓練ではあんなにストイックなのに〜!」


同期や同じ部隊の野次馬達が小声で突っ込む。


「ついこの前までは、地獄のレンジャー訓練だったんでしょ?辛かったでしょ?」

「うん。凄く辛かった。同期の子は最初泣いちゃうし、教官にはボコボコにされるし、もう最後のほうは女の子を止めてるぐらい酷かったの。でもね・・・。」

「でも?」

「でも、訓練が終わりかけた時のあれ・・・」


リサが真っ赤になった。


「あれ、スサノオだったんだよね・・・・・?」

「う・うん・・・・・」


今度はスサノオの顔が真っ赤になる。

後ろの方では、暑そうに団扇を煽ぐ姿があちこちで見られるが、二人には全く見えていない。


「凄く嬉しかったの。あれで女の子に戻る事が出来たんだよ。訓練も乗り越える事が出来たんだよ。これからも厳しい訓練があるって聞いたけど、あれを思い出したら、きっと乗り越えられるわ。」


スサノオから湯気が出始めていた。

後ろの方では、アイスコーヒーを注文する声が飛び交う。


「スサノオの方はどうだったの?」

「俺?俺の方は地獄にいたリサと比べると天国だったかも。でもさ、凄い事やってのけたんだ!」

「凄い事?」

「そう!戦闘機の訓練なんだけど、普通は一対一か二対二で戦うんだけど、俺一機対敵六機で戦わされたんだ!」

「それでそれで?」

「で、四機落として、一機を傷つけて、後の一機は逃走したんだ。そしたらさあ!」


そう言って、スサノオは追加された胸の記章を指差した。


「え?表彰されたの?凄い!どうしてそんな凄い事が出来たの?」

「え?そ、それはね・・・。」

「それは?」

「訓練前にリサが笑顔を見せてくれたのを思い出して・・・・・」


ボシューッと言う音がリサからした気がした。

リサは真っ赤になった。

すると・・・。


「があ“〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜も〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!リア充爆発しろ〜〜〜!」


隠れてたリンが立ち上がって喚き出した。

すかさずナオが後から羽交い締めにしてズルズルと出口へ引っ張って行く。

気づくと向こうでは、口を塞がれたアルベルトがモゴモゴ言いながら、同期の少尉達に拘束されて、やはり出口に向かって連れ出されていた。


唖然としてその姿を見るスサノオとリサ。

するとアヤが近づいて来て言った。


「あ、あの・・・お幸せに・・・。」


そうしてアヤはそそくさと出て行った。


スサノオとリサは顔を見合わせた。


「ライブラリーで映画でも見よっか?」

「うん。そうしよ。」


そう言って二人は喫茶店を後にした。


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