第12話 地獄の訓練ともっと地獄だった訓練

リサ達候補生はなんとか3日以内に目的地についた。

酷い航海だった。

まず、全員船酔いにかかった。

無理も無い。

通常のボートより大きいとは言え、少人数用の小型のカッターだ。

波に翻弄されまくる。

気分が悪いのに、それでも天測をして位置を確認しなければならない。

なのに天候は曇り。

位置の確認はコンパスと予測のみ。

そうこうしている内に、雨が降り始め、やがて嵐となった。

大波は来るし、ずぶ濡れになるし、それが一晩続いた。

やっと晴れて、ヘトヘトになりながら天測をした。

すると、とんでも無い離れた場所に流されていた事が判明した。

慌てて四人で漕いだ。

5人いたので、一人づつナビ役として交代しながらオールを漕いだが、結局夜通し漕ぐ事になり、全員一睡も出来なかった。

やっと目的の島に上陸した時は皆、砂浜に倒れた。


その島は塩湖に直接浮かんでいる島で、通常はマドリ島、騎士団内では訓練島と呼ばれている。

この水域では浮遊島が多いのに、珍しくここだけ塩湖に浮かぶ島だった。


人は騎士団がやって来るまで住んでいなかった。

正確に言うと、海上自衛隊の護衛隊がこの世界に転移して初めて上陸したのがこの島で、それまでは全く人の手が入った事は無かった。


人が住んでいない理由はいくつかある。

まずこの島は公爵領からは100キロ以上、その他の浮遊島からは500キロ以上の距離があり、航海ルートにも飛竜艇の空路からも外れていた。

更に良く荒れる難所だったので、この島の付近を通る船や飛竜艇はなかなかいない。

そして何より、塩湖付近の高度は気温が高く少し暑い。

標高の高い浮遊島の方が過ごしやすいので、人はそちらに好んで住んだ。

更にこの島は大きさは日本の佐渡島ぐらいなのに川や沼が無く、水の補給が出来ない。

厳密には鬱蒼としたジャングルは広がっているのだが、農業や人が生活する上で必要とするような水源が全く無い。

その代わりに、極々小さな池は多数あるが、泥沼にある水溜りといった感じで飲料には適さず、また雨が降っても、小さな小川が出来る程度だった。

この島自体は湖面図に載っていて、一応存在は知られてはいるものの、誰も興味を持たなかった。


それが海自の護衛隊がロードリー公爵領の騎士団となった事で開発が進み、演習場とその訓練施設、そして秘密兵器類を隠す場所に生まれ変わった。

訓練施設の水は雨水を集める施設や、発電所で作った電気によって蒸留水を作る事で確保出来る様になった。

ただし、土壌が悪く開発されたのは島の四分の一ぐらいのエリアで、あとは手つかずのジャングルだ。

リサ達候補生が着いたのはそのジャングルだった。


「ビッチ共!起きろ!良く来たな!歓迎するぞ!」


ヘトヘトになって上陸し、訓練生達が砂浜に倒れていると、教官が仁王立ちで立っていた。

三日前にリサ達を見送った教官だ。

リサ達は、ご褒美を取り上げられたような凄く残念な気分になったが、それでも気力を振り絞り、全員立ち上がった。

全員一列になって曹長へ敬礼する。

代表でナオが報告する。


「ナオ以下五名!目標地点に上陸致しました!」

「うむ。それではこれから移動だ!このジャングルを抜け、指定された場所へ今晩中にたどりつけ!今夜はそこでおねんねだ!分かったな!」

「「「「「はい!教官殿!」」」」」


リサ達は泣きたくなった。

まだまだ地獄は続いた。

それもこれから3週間も・・・・・。


リサ達は疲れた体に重い装備を持ち、10キロ程、泥濘のジャングルを進んだ。

ただでさえ泥に足を取られるのに、そこを鬱蒼と茂った草があり、時には太い蔦が行くてを阻んだ。

リサ達はそれをかき分けたり、叩き切ったりして進んだ。

散々苦労して着いた先は、泥濘んだ泥だらけの場所だった。

こんなところでは当然寝れない。

ハンモックを木に引っ掛けて寝る事にしたが・・・リサは戦友を見てある事に気づいた。


「リン!腕!腕!」

「へ?腕?」


そっと腕を見ると黒い軟体動物が・・・。


「ギャ〜〜ッ!蛭!蛭!」

「待って!取るから、落ち着いて!」

「ねぇ・・・リサ・・・もしかしたらあなたにも付いているんじゃ無いの?」


戦友のサラがボソッと呟いた。


「へッ!?」

「全員、服を脱いでー!」


候補生のアヤが叫んだ。

全員一斉に着ていたものを脱いだ。

文字通りスッポンポンに。

羞恥心とか関係ない!

それよりも蛭に食いつかれている方が重要だ!

全裸になって見ると、全員ありとあらゆる所に蛭がへばり付いており、大騒ぎになった。


そんなこんなの大騒ぎが終わり、リサは疲れて重い体をやっとの思いで引き上げ、ハンモックに登った。

戦闘用レーション・・・ぶっちゃけ言うと、カロリーメイ○とほぼ同じ物を齧る。

疲れきっていて食事するどころではない。

けど食べないと翌日に響く。

何とか食事を終えると急激に眠くなった。

そして・・・“全員”寝てしまった・・・。


・・・・・・・・・・・・!

ズダーン、ダダダダダダ!

ヒュルヒュルヒュル〜ドカーン!

突然銃声と砲弾の音が響いた。


「敵襲―!」


ナオが叫ぶ!

急いでハンモックから飛び降り銃を構える!

暫く砲弾や銃の音が続いていたが、急に止んだ。

・・・・・静かになった。

不気味なくらいに静かだ。

虫の音が聞こえた。

風の音がする。

突然の静けさが余計に緊張感を増した。

その時だ!


「はい。ゲームオーバー。」


いつの間にか、曹長がリサの背後にいて、喉元にナイフを突きつけていた。

リサは背中にビッショリと汗をかいた。


「見張りも立てずおねんねとはいい度胸だな!全員、最初の位置まで戻れ!そして明日の朝までにここまで戻って来い!私はここで待つ!来たらすぐに出発だ!いいな!」

「・・・・・」


もはやリサ達は返事をする元気も無かった。


「こらー!返事はどうした!」


グスッ、グスッ。


誰かが泣き始めた。

アヤだ。

あまりの辛さに耐えられ無くなって来たのだ。


「何を甘えてるんだ、そこのアバズレ!泣くな!泣いている暇があったら足を動かせ!」


ナオが気を取り直したように教官へ言う。


「ナオ以下五名はこれより出発地点に戻り、再びこの地を目指します!」

「うむ!行って来い!」

「はッ!行って参ります!」


そう言って、ナオは荷物をまとめて歩き出した。

リサはアヤに近づいた。


「荷物まとめよう。一緒に手伝ってあげるから・・・。」

「エッ、エッ、ヒック、ヒック、グス、グス、グス、エッ、エッ・・・」


今まで我慢して来たものが一気に溢れ落ちている。

酷い状態だ。

アヤは泣きながらも荷物をまとめしゃくり上げながら歩き出した。

リサは黙って荷物を纏めると、ゆっくりと来た道を引き返した。

リサは思った。


スサノオは・・・これと同じ訓練を受けたのかしら・・・。



その頃、スサノオはと言うと・・・。

ニタニタしてた。

嬉しさでにやけ顔が止まらなかった。

やっとこの日が来たのだ。

リサと別れ、騎士学校に入校して数年、そして飛行訓練課程に進み、やっと、やっと、ついに“ドラゴンライダー“になれたのだ!

思えば長くて辛い訓練だった。

特にサバイバル訓練。

最初の頃のレンジャー訓練が地獄だと思っていたのに、サバイバル訓練はずっと上を行く地獄だった。


サバイバル訓練では、まず一人で最小限の武器を持たされて塩湖に放り出された。

そこから水獣に怯えながら二日程泳ぎ、件の島にたどり着いた。

島に着くとオリエンテーリングよろしく指示された場所に向かうのだが、食料や水は現地調達。

食料品なんて“贅沢品”は持たせてくれなかった。

元々水源なんて無い島だった。

なので水は泥から濾したり、薄汚れた池から汲んだりして、それを沸かして飲んだ。

そして食料はそこら辺に生えている草を擦り潰したり、蛇やカエルを捕まえたりして飢えを凌いだ。


それだけならまだ良い。


サバイバル訓練は敵地に不時着する事も想定している。

なので、寝ていると突然魔道士や剣士達が襲って来たりした。

そんな訓練が4週間続いた。

事前にサバイバルの知識は教わってはいたが、今までの訓練で一番辛かった。

死ぬかと思った。

もう二度と経験したくない。


今思うと初期訓練は楽だったな〜。

ただ船漕いで、ジャングル歩き回るだけだったもんな〜。


今のリサが聞いたら激怒するような事を思っていたりするのだった。



同期だったアルベルトも同時にパイロットに合格した。

他にも3人戦闘機パイロットの資格を得た。

一人だけ、戦闘が苦手で飛行艇のパイロットに転向した者がいたが、他は希望通りドラゴンライダーとなった。


「アルベルト!やっとこの日が来たな!」

「ああ、やっと辿り着いたな少尉殿!いや、エース殿!」

「よしてくれよ。あれは運が良かったんだよ。アルベルト少尉。」


これまで訓練生は准尉としての資格だったが、やっと今日、少尉に任官された。

士官としてはまだ下っ端ではあるが、これで一人前のパイロットとして任務に付く事が出来る。

そして、スサノオには騎士団に入って初めての表彰があった。

先日の6対1の訓練で、見事敵役を敗退させた事に対する表彰だ。

同期と並んだ時に制服に付ける記章が一個だけ多くなる。

これもこれで凄く嬉しい。

早くリサに見せたいが・・・彼女は絶賛、地獄の黙○録、あるいはフル○○○・ジャケットの主人公状態だ。

あと3週間は待たなければならない。

その日が待ち遠しい。

騎士学校の数年に比べたら、3週間なんてあっと言うまだ。

そう言いつつ、早くリサに会いたくてウズウズしていた。



スサノオ達のお祝いムードとは別に、上層部では緊張感が増していた。

帝都の情勢である。

ロードリー3世が“元老院議長”の口利きで皇帝陛下に面会したが、どうも帝都全体で陰謀が渦巻いている気配を感じたと報告があった。

誰がどのように動いているか、隠密が必死に調べているが、疑う事が出来る人物は多々おり、どれも特定に至る決定的証拠は無い。

一方、公爵から指示のあった催眠魔術に罹った者の発見だが、やはり何人か見つかった。

直ぐに解除魔法をかけたが、誰からかけられたのかまだ分かっていない。

何しろかけれたのは宿屋の受付嬢とか、飲み屋のウェイトレとかで、不特定多数と接触する者だったからだ。

こうなったら、領土中に張り巡らせた監視カメラを全て見直すしか手は無い。

ただ、これに人手を割くことは出来ないので、全部確認するのに1ヶ月から2ヶ月程時間がかかるかも知れない。

ロードリー3世は元老院の開催を待つため、帝都に留まっているが、こちらは何故か開催されない。

何があっても良いように準備だけは怠ら無いようにしなければならない。


あれの訓練もしなければならないかも知れんな。


サカイ騎士団長は、訓練島に秘匿している兵器について考えてた。

それは護衛艦の装備を流用・改良して、この世界で一から作った飛空艦であった。









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