第11話 妹は訓練に兄は帝都に
リサ達候補生は、軍人としての基礎訓練をほぼ終了した。
異世界の銃の扱い、分解・組み立て・清掃方法、それに射撃。
更に隊列、行進、号令。
障害越えを組み合わせたランニングに厳しい体力作りのトレーニング。
失敗すると容赦無い罵声の嵐。
全てがこの世界では見かけないもので、勉強して知ってはいたが、経験してみてこれ程辛い物だとは思わなかった。
教官は女性だった。
だが情け容赦は無く、ビッチだのアバズレだの散々罵られた。
そしてどっかの国の海兵隊よろしく、リサには渾名が付いた。
“姫”と。
その渾名を聞いた時、スサノオは“そのまんまやないか〜い”と突っ込みかけた。
上官達によると、別に騎士団内であれば問題無いとの事であった。
「そもそも、外に騎士団員として出す時は何重にも認識阻害魔法をかけるのでバレる事はまず無い。」
上官がそう説明した。
「いいのですかそれで?」
すると上官はスサノオを見てニタニタして言った。
「もう既に実績はあるしな。」
はい?
それってどう言う意味?
「阻害魔法をかけてデートに行ったろう?」
バレバレだったんか〜い。
スサノオはまた叫びそうになった。
実は騎士団が使っているカメラは、認識阻害魔法を簡単に破る事が出来る。
ただし、それは帝都騎士団の“通常レベル”の魔術師の話であって、高度なレベルを持つ魔術師では効かない可能性があった。
騎士団上層部では以前からそこに危機感を覚えていて対策を練っていて試作品を作った。
そんな時にスサノオがリサを連れ出す事を企んだ。
騎士団上層部ではこれ幸いと、新規に試作した監視カメラの性能確認と、リサへ今後かける予定の認識阻害魔術の実験を行う事にした。
文字通り、盾と矛の実験だったが両方とも成功したらしい。
またしても上層部の手の中だったか・・・・・。
もう大人って・・・。
この世界ではとっくに成人として扱われる・・・ただし日本では未成年で犯罪を犯しても名前は公表されない年齢・・・スサノオは真実を知って、大人のこうしたやり方に呆れてしまった。
リサには暫く黙っていようとスサノオは思った。
初期の基礎訓練課程が終わったリサ達だが、地下施設での訓練には限界がある。
ヘッドマウントディスプレイと魔法陣で、殆ど現実に近い状況で訓練をする事は出来る。
だが、それはあくまでも想定される範囲内での話であって、実際の自然現象では予測出来ない事態が発生する事は多々あるし、仮想現実のシュミレーターでは持続的な訓練を行う事が出来ない。
このため、騎士団はロードリー公爵領から少し離れた場所に訓練施設を作り、そこで更に3週間、候補生達に兵としての実戦訓練を行なっていた。
候補生達が入校後外に出れない理由の一つでもある。
3週間の訓練とは言うものの、行きの時間は含まれていない。
ただし、指定はある。
訓練場所まで3日以内で着くようにと。
今まで、それ以上かかった事は殆ど無いがたまにある。
そしてその場合、出発地点に戻されて、最初からやり直しだ。
「候補生諸君!」
「「「「「はい!教官殿!」」」」」
「貴様達ビッチ共に楽しい旅行をさせてやる。これからそこのカッターに乗り、湖面図に書かれた目的地へ向かえ!ただし、3日以内に付かなければ最初からやり直しだ。!」
「「「「「はい!教官殿!」」」」」
「現地に着いたら、楽しい楽しい遠足だ!いいか、装備一式を一緒に持って行け!」
「「「「「はい!教官殿!」」」」」
「分かったらすぐに行動しろ!このアバズレども!」
「「「「「はい!了解いたしました!教官殿!」」」」」
そう言ってリサ達は教官、女性曹長に敬礼すると走って行き、カッターに装備を積み込んだ。
銃に弾薬、更に手榴弾やその他諸々の武器。
そして水や食料にテントや毛布。
無線一式。
装備は重たく、積み込むだけでも相当骨が折れた。
なのに曹長は情け容赦無い。
「遅いぞビッチども!もっと早くしないか!日が暮れるぞ!」
「「「「「はい!教官殿!」」」」」
正直、殆どの訓練生は腕が上がらないぐらいにヘトヘトになっていた。
魔術の使用は禁止されている。
死ぬ気で荷物をカッターに乗せた。
この候補生達のリーダー役に指定されたナオが教官へ報告する。
「教官殿!積み込みが終わりました!」
「よし!では出発しろ!」
「了解しました!教官殿!行って参ります!」
そう言ってナオを先頭にして、リサ達候補生はカッターに向かった。
リサ達はカッターに到着すると全員で顔を真っ赤にして押した。
重いなんてものじゃ無い。
こんなの女の子だけで動かせる訳無い〜。
全く動きようがない。
ズリ、ズリ。
なんとか少しずつ動き出した。
そしてズルズルとカッターが動くと、なんとか湖面にカッターが浮かんだ。
誰だ〜初期訓練の5週間が地獄だって言ったのは〜。
こっちの方がよっぽど地獄じゃ無いか〜。
候補生メンバーの誰もが思った。
リサ達が出発した場所は、ロードリー公爵領の下部にある、突起部が塩湖の水面に突き刺さっている場所の一つ。
そこは太古から流れ続けた土や落下して来た岩等が堆積し続け、小さな陸地を作り、そして砂浜があった。
伯爵領だった時は伯爵一家の憩いの場となっていたが、今は訓練施設として騎士団が使っている。
周辺は立ち入り禁止となっており、更に認識阻害魔法と結界が魔石と魔法陣の組み合わせでかけられているので、一般人は立ち寄れ無いし、見る事も出来ない。
ナオを船長とした候補生達は苦労してカッターを塩湖に浮かべると、オールを立て、曹長へ敬礼した。
曹長は敬礼を返した。
そこからナオを除いた4人でオールを動かし、ボートを島外に出るように動かした。
ナオはボートの最後部に陣取り、進行方向を指示した。
やっと沖合数キロに達した。
「休憩〜」
ナオが叫ぶ。
途端にボートを漕いでいた全員が崩れ落ちる。
本当に本当に本当に地獄だった。
もう何もする気になれない。
「うー死ぬ〜。これでもまだ公爵領があんなに大きく見える〜。」
候補生のリンが呟く。
全員が出発した方向を見る。
島が浮んでいる高度を含めると、高度3000メートルに達する巨大な島が目の前にある。
ガックリする。
「あと何マイル(海里)行くんだっけ?」
「ほんの約60マイル。」
「進んだ距離は?」
「1.5マイル?」
全員ため息をついた。
交代で漕ぐ事にしているが、60マイルは遠い。
しかも途中嵐とかあって流されでもしたら・・・・・。
「姫。次はあなたがナビゲートして。今度は私が漕ぐから。」
「うん・・・・で休憩は何分?」
「急ぎたい気もするけど、一時間は取った方がいいわね。その間に何か食べてて。あと今のうちに・・・・・。」
「分かったわ。一時間したら教えて。でもこれからも4人で漕ぐの?」
「そうね・・・結構きついわね。試しに二人一組1時間毎に交代。見張りとナビも交代制でどう?ダメだったら変えてみましょ。」
「それで良いと思うわ。みんなは?」
「Ok 」
「それでヨロ」
「いいよ〜」
死にそうな声で他のメンバーが答える。
多難な訓練はまだ始まったばかりだった。
リサ達が訓練で死にそうな目にあっている頃、ロードリー3世は飛竜艇に乗って帝都に着いた。
飛竜艇本体は魔石と魔法陣の組み合わせで空中に浮く仕組みになっている。
大きさは小型の帆船を少し大きくした程で、それでも消費する魔石が多い。
更に牽引用の飛竜を数匹揃える必要があるため、この大きさでも一般の庶民はおろか、大商人でもこの大きさのものは持つ事が出来ない。
高度の上げ下げは魔法陣に置いた魔石の量で調整する。
推進力は飛竜だ。
頭数が多ければそれなりに荷物も多く運べて速度も早くなるが、せいぜい150ノット(270キロ)が限界だ。
しかも全力を出させての話だ。
ドラゴンと言えども生き物だ。
全力を出せるのはせいぜい30分。
それぐらい出させると、半日は休ませないと暫く飛べなくなる。
なので飛竜艇による旅は、50ノットを少し超えるぐらいのスピードで進み、それも7〜9時間が限界で後は休ませないといけない。
勿論、各宿場町で用意している竜を使い交代させれば良いが、それはそれでかなり金がかかる。
余程の事が無い限りその手は使わないし、何よりも、自分達がコントロールし易い、飼っている竜を使いたい。
なので、空を行く割には意外と遅い旅路となる。
もっとも、風任せか、遅い水龍に引っ張ってもらう塩湖の船よりは早く目的地へ行く事は出来る。
それでも、騎士団の“飛行機”であれば、輸送機であっても飛竜の全力よりも2.5倍の速度でしかも休み無しで飛べるんだがな・・・とロードリー3世は思ったが、この場合は仕方がない事であった。
ロードリー公爵領の飛竜艇は帝都にある屋敷の広大な庭園に着陸した。
他の貴族達は、例え屋敷に着陸場所があっても、一旦帝都の外の指定場所に降りなければならなかったが、皇位継承権を持つ公爵とその嫡男は例外だった。
ロードリー3世が飛竜艇から降りると、帝都駐在の家臣が向こうから走って来た。
「ロードリー3世様。ご無沙汰しておりました。」
そう言って恭しく頭を下げて挨拶した。
「バレントで良いぞ、リゴ。して道中でも報告があったが、状況は風雲急なようじゃな。」
「はいバレント様。サモン侯爵様が緊急の元老院開催を皇帝に進言しようとしたところ、様々な妨害があって未だに開催出来ておりません。それどころか、サモン侯爵様自身を表立って批判する者が現れて来ました。」
「そんな状況で、弔問のお礼としてサモン侯を尋ねたらこちらまで怪しまれるな。」
ロードリー3世は屋敷の建物へ向けて歩きながらそう呟き、顎に手を当てた。
「皇帝陛下に会えぬか?世がこの前の葬儀のお礼に参ったと“元老院議長”に“公式”に伝えるのじゃ。さすればサモン侯にも皇帝陛下にも顔を立てる事が出来る。」
「かしこまりました。ではそのように手配いたします。」
リゴはそう言って側にいた部下を元老院へ走らせた。
サモン侯爵は屋敷の外を見て思わず青ざめてしまった。
ロードリー公爵の屋敷に飛竜艇が降りて行く!
何故?どうしてこのタイミングで?
一瞬理由が分からなかったが、直ぐに思い出した。
そうこの前の姫君の葬儀。
帝都から自分が弔問使節・・・本来は見舞いの使節だったが着いたらお亡くなりになっていたので急遽名目が変わった・・・に行ったがそのお礼か?
それにしてもタイミングが悪い。
この時期に皇位継承権を持つ者がここに来るのは、余計に混乱を呼び起こす。
どうしたものか?
距離を考えれば、帝都で起こっている混乱は知る筈もない。
ノコノコとお礼に来られては、自分の立場が微妙になる。
ただでさえ、ランハ子爵が嵌められ、それに帝国軍が不穏な状況で用心しなければならないと言うのに!
サモン侯爵は打つ手が無く、寿命がどんどん縮まる思いをした。
公爵領の飛竜艇を目撃した後、サモンは執務室で状況を整理することにした。
すると召使いが息を切らして手紙を持ってきた。
「げ、元老院から至急の手紙です。」
「元老院から?」
そう言って手紙を受け取り確認した。
確かに元老院の封蝋がしてある。
差し出し人は元老院で働く官僚の名前になっていた。
なんの件だ?
そう思いつつ、封を開けた。
するとそこにはロードリー3世から、“元老院を通じて”皇帝陛下へ先日のお礼をしたいとの申し出があった、処理をどうすれば良いかとの伺いが書かれていた。
サモン侯爵は驚いた。
何故そんな面倒を?
公爵家であれば、そのまま皇帝陛下に使いを出せば済むはず?
いや、待て?
これは元老院宛への依頼じゃが、そのトップにいるわしへの依頼?
何故?
そうか!
使節の代表だったわしに直接お礼を言いに来たら、この情勢では混乱を呼ぶ。
かと言って、何もせずにそのまま帰れば、わしだけで無く、皇帝陛下にも不敬を働いた事になる。
そこで皇帝陛下に直接お礼を言うのと同時に、“元老院議長”として同席したわしにも礼を言って顔を立てる。
良く考えおったな!
帝都に着くなり今の状況を察するとは、なんと頭の切れるお方だろうか!
これで例の件が無ければ、味方に引き込むのじゃが・・・。
「ぶえ〜ッくしょん」
その頃、ロードリー3世は噂された訳でも無いのに、大きなくしゃみをしていた。
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