第10話 動乱の狼煙とリア充
サモン元老院議長は困難な状況に直面していた。
ロードリー公爵領の疑惑は引き続き調べている。
まだこれと言った成果は無い。
もともと公爵領は辺境と言う事もあり、情報は直ぐには届かない。
届いたとしても、それに対する新たな行動を取っていたりすると、本格的な対応は1〜2年ぐらいかかる。
そもそも公爵領の騎士団のような、電波での通信方法はこの世界には無い。
魔術師による遠距離通信は距離が短く、しかも探知され易いので隠密行動には向かない。
せいぜい飛竜による連絡が精一杯だ。
それに先日葬儀に行って、潜伏している間者達からある程度状況を聞いて来たばかりだ。
まだ動きらしい動きは取りづらい。
そのようないつ対応するか分からない事案よりも、自身の身が脅かされそうな事案の方が緊急性が高い。
公爵領の葬儀から飛竜艇で一週間程かけて帝都に戻った。
戻ってみると、元老院が何やら不穏な空気に包まれていた。
どうも一人の議員の領地で反乱が起きたらしい。
その議員は、元老院で散々責められ糾弾された。
愚かしい事にどこの世界でも、政治は何故か揚げ足を取る事に熱中する。
曰く、反乱が起きた理由は領主の治世が悪いからでは無いのか?
曰く、民衆に娯楽が無く、不満が溜まっていたからでは無いのか?
曰く、奴隷を取りすぎて、国力を落としたのでは?
曰く、そもそも領主として問題があるのではないか?
領地での失態を散々責められ、その議員は言い訳に窮したと言う。
だが問題は反乱が起きた事では無い。
その議員はサモン侯爵が面倒を見ていた子爵だったのだ。
名をランハ子爵と言う。
その領地の治世は公正で、領民も奴隷も特に経済的に苦境に立つ事は無く、これまで全く問題は無かった筈だ。
更にランハ子爵は奴隷に厳しく当たるのを禁止していた。
またいずれは解放されたいと思っている奴隷達のために、身代金を自身で払えるよう不当な搾取を主人が行えないようにしていた。
なのに反乱が起きた。
それも大々的に。
奴隷商人が裏で糸を引いていたのか?
それともこれは何者かが裏で暗躍し、権力を握ろとしているのか?
どうも後者のようだ。
奴隷への対応が良かったからと言っても、子爵領でも奴隷は公然と取引の商品になっている。
混乱が起きれば、損をするのは奴隷商人の方だ。
何処かの奴隷を禁止している変わり者の公爵とは異なる。
今回はこちらの勢力を削ぎ落とす狼煙に見える。
取り敢えずサモンは子爵を屋敷に呼んで話を聞く事にした。
開口一番、子爵は謝罪を口にした。
「侯爵様。大変申し訳ございません。失態を犯してしまいました。」
「謝罪は良い。話せ。何が起こったのじゃ?」
「闘技場で、闘技会が催されていた時です。我が領地は帝都のように人口は多くありませんので、小規模な闘技場しかありません。普段は領民が集まる程度なのですが、あの日は違いました。物凄い数の人が集まりました。」
ここからして既に策略である事が分かる。
サモンは話を続けるように促した。
「私めは危険を感じ、闘技会を中止する様に指示を出しました。勿論、観客が多過ぎるからと理由を明確にして触れを出しました。」
「そして、そのどこの者とも知れぬ観客達が騒ぎ出したのじゃな?」
ランハ子爵は頷いた。
「して何者達だったのじゃ?」
「分かりませぬ。様々な方言や身なりだったもので、特定する事は出来ませんでした。彼らは暴れまくり、領地の店や家ばかりか砦までも攻撃して来ました。最終的には急報で呼んだ帝国軍が、反乱を抑える為に領地へ来ました。」
やり方は恐らくこうだろう。
最初に数人の者を催眠魔術にかける。
そして罹った者を使い、別の者に催眠魔術を広げる。
催眠内容は時が来たら、一箇所に集まり騒ぎを起こす事だ。
時間がかかるのであまり使わない手であり、また相当な腕を持つ術者でないと使えない手だ。
何しろ催眠魔術は時間と共に解けてしまうのだ。
恐らく最初に罹ったのは、諸国を回る冒険者、吟遊詩人、商人の何かだろう。
その中でも魔術師を常に同伴させる冒険者が一番怪しい。
ランハ子爵は話を続ける。
「情け無いと思いました。領主である自分が自らの力で暴動を抑える事が出来ませんした。結局、帝国軍に頼るしか無かったのです。ただ・・・」
サモン侯爵は嫌な予感がした。
「どうしたのじゃ?」
「反乱を起こした者は、ほぼ殺されるか、自ら命を絶ってしまいました。生存者はいません。」
「なんと!」
証拠隠滅だ。
敵はかなり入念にこの騒動を準備した。
それも時間をかけて。
敵はかなり以前から計画を練っていたようだ。
「反乱者の遺体は検分したか?」
「それが帝都から送られて来た兵士達が焼いてしまい残っておりません。」
「!?」
「兵士達が勝手に焼きました。後でそれを知った上官達はかなり怒っておりましたが・・・。」
事態は深刻だった。
既に帝都の軍団にも手が回っている。
これは皇帝臨席の元、至急元老院を開かねばならない。
サモンはもはや、ロードリー公爵領の謎どころでは無くなっていた。
一方その頃、ロードリー公爵領でも、ランハ子爵領の事態を把握していた。
騎士団所属の隠密が騎士団の技術を駆使して情報を収集し、瞬時に公爵領へ報告していた。
現公爵ロードリー2世、及びその嫡子の3世は事態がかなり深刻である事を悟った。
帝国の諸侯領地で時間をかけた罠が張られ、それが発動した。
そしてそれは元老院や皇帝を巻き込んで、大混乱を起こさせようとしている。
内乱が起きる可能性がある。
もしくは皇帝暗殺もあり得る。
そうなった場合、それを理由としてこちらへ軍勢が押し寄せて来る可能性が高い。
皇位継承権はあるものの、ロードリー公爵はどの貴族とも連まず、力を持たない貴族達を若干配下に置いているだけだ。
敵対しようとは夢にも思っていない。
それでも皇位継承権は他の貴族達からすれば価値が大き過ぎる。
利用するか、さもなくば邪魔になるかのどちらかだ。
公爵は直ぐに対応策を指示した。
「バレントよ。直ぐに帝都に赴くのだ。ただし偶然を装ってな。そうだな、先日の弔問のお礼が良かろう。怪しまれずに済む。隠密の情報からすれば、直ぐにでも元老院が開かれるであろうから、そこに代理として出席し、こちらはあくまでも中立であるように立ち回れ。」
「承知致しました。父上。」
ロードリー3世、幼名バレントはそう言って父の指示を受けた。
「サカイ殿。恐らくランハ領の騒動は催眠魔術だ。領地でも罹った者がいるかも知れ無い。すまぬが、その者達の対策をお願いしたい。」
「承知致しました殿下。うちの魔術師達を総動員致します。」
「うむ。お頼み申す。」
公爵はそう言って騎士団長へ頭を下げた。
他の領地では絶対にあり得ない風景だ。
こうして、ロードリー3世は飛竜艇に乗り帝都へ向かい、騎士団長は地下の秘密基地へ戻り、行動を起こすべく魔術師達を招集した。
波乱の時代が幕を開けた。
同じ頃、基地内では大規模な空中戦が行われていた。
ただし、シュミレーターでだが。
「こちらロメオ・ワン!バンデット6機と会敵!戦闘に突入中!増援を頼む!」
「こちらアルファ・コントロール。増援は“6000”で到着予定。バンデットからの伝言だ。『リア充、爆発しろ!』奮戦を期待する。以上。」
な、な、な、なんですと〜。
スサノオは操縦桿やペダルを忙しなく動かしてシザーズをしながら天を仰いだ。
俺が何をしたと言うのだ〜。
チクショウ!
バンデットの中にはアルベルトが含まれている。
あのシスコンめ〜。
一機に背後を取られそうになる。
チクショ〜!
そう思いながら、左足を思いっきり踏み操縦桿を倒して横滑りさせる。
爺さんの国のエースパイロットが大戦時に使った技だ。
同じ苗字の・・・。
背後にいた敵機は狙いを狂わされて一旦離脱した。
更に右上から突っ込んでくる機体がいる。
急いで操縦桿を左へ倒してバレル・ロール気味にして左上に逃げる。
逃げたと思ったら、また後ろに回り込まれ、再び横滑りでかわし・・・。
正直、キリがない。
あちらは6機だからそれぞれ交代して攻撃すれば良いが、こちらは休みが無い。
いくらなんでも疲れて来る。
かと言って、大戦のエースパイロットみたいに積乱雲に命懸けで逃げ込む事も出来ない。
八方塞がりだ。
もう、シュミレーターだし、やられてもいいかな〜。
そう思った。
が、今日訓練に入る前の出来事を思い出した。
訓練に入るため、エレベーターに乗ろうとしたところ、“偶然”リサがいて声をかけられた。
リサはこれから3週間、地獄の訓練に向かう筈だ。
その前に偶然を装って会いに来たみたいだ。
「スサノオ訓練生殿!訓練、頑張ってくださいね!」
「ああ!リサ候補生も頑張って!」
その返事を聞いたリサは、それはそれは素敵な笑顔で返した。
その表情を思い出して、スサノオはニヘラとだらし無い顔になった。
が、すぐに我に帰ると俄然やる気が出た。
リア充上等!
愛の力を見せてやる!
スサノオは機体を裏返し、スロットルを落とすと操縦桿を引いた。
スプリットSを行いながら、一気に高度を下げる。
湖面の上スレスレ、高度40フィート程で機体を水平にしてスロットルを上げて猛スピードで飛んだ。
建物三階分の高度、ドラゴンファイターの全長よりも短い高さしか無い。
一歩間違えて手元が狂えば、湖面に激突する。
逆に敵機も上空から突っ込む事は出来ない。
この手法も大戦のエース達が使った手ではあるが。
こうなると、敵機も真後ろから狙うしか無い。
何機か2機編隊で真後ろに迫っているのを確認する。
先程のようにシザーズで躱すか、横滑りで逃げる事が出来る。
が、スサノオは別の方法を取る事にした。
スサノオはスロットルを一気にアイドル位置へ落とし、すかさず操縦桿を引きつつ左へ倒してペダルを踏んだ。
機体は一気に速度が落ちつつ上昇しながら左へ向く。
その瞬間、スサノオは右のエンジンを一気に上げ、アフターバーナーを点火した。
すると機首は急激に左へ向いた。
向きを変えた瞬間にスサノオは左のエンジンの出力も上げ、アフターバーナーを点火する。
そして機体はバンデット達と相対する形となった。
見ると、バンデット2機づつ3編隊がこちらに正面から向かって来る。
丁度いいやとばかりに、スサノオはレールガンを連射した。
驚いたのか、敵機達は慌ててバラけた。
そのうちの2機は、操縦を誤り湖面に激突した。
よし先ずは2機!
すかさずスサノオは左方向へ逃げた機体を追いかけた。
敵機役のパイロットは騎士団でも経験を積んでいるベテランだ。
シザーズをかけ、右左へ蛇行し、互いに背後を取ろうとする。
だがそんな動きには釣られない。
スロットルを落とし、エアブレーキをかけ、なおかつ操縦桿を引き余力の速度を使って上昇し、更に操縦桿を倒してロールする。
敵機はそのままスピードを殺せず前に出た。
上昇の頂点に達したところでスサノオは降下に転じ、機体をロールさせてスロットルを押し、背後を取った。
敵機が照準のど真ん中に入った。
その瞬間、ロックオンを示す音が鳴り響き、スサノオはミサイルを撃った。
戦果を見る間もなく、そのまま操縦桿を引き右に倒して、旋回する。
残りの敵機の位置をバイザーに映し出されている位置情報で確認する。
残り3機の内、2機は体制を立て直し、編隊を組んで背後に迫って来る。
面倒だ。
こちらを先に潰そう。
そう思いつつ、逃げ切ろうとする振りをしつつ、迫って来るのを誘った。
敵機がどんどん距離を詰めて来る。
こちらはワザとシザーズをしつつ、狙っている距離まで引き寄せた。
先程と逆パターンになるかと思った瞬間、スサノオは操縦桿を思いきっり引いた。
機体は機首を90度上に向け急激に減速した。
昔、祖父達がいた世界で曲技飛行として他国の戦闘機が見せていたプガチョフ・コブラと言う技だ。
もっとも操縦が難しく、またそう上手くスピードは回復出来ないので、ドッグファイトには役に立たないと言われた技ではあるが。
急激な減速だったため、敵機2機は対応出来ず、そのまま追い越して行った。
スサノオは機体を元の姿勢に戻すと、アフターバーナーを点火して急加速して追いかけた。
敵機は慌てたのか左右へ別れて逃げた。
それが狙いだった。
サッチウェーブかとも思ったが、取り敢えず、左へ逃げた敵機を追いかけた。
敵機は右旋回に移ろうとしたのか機体がやや右へ傾く。
そうはさせじと、右足のペダルを踏み、敵機の右側へレールガンを撃った。
驚いた敵機は左への急旋回へ切り替えた。
その瞬間を狙い、敵機が左へ機体を傾けた時、スロットルを引きスピードを落とし、追随する様に、敵機の背後に付いた。
そのまま、レールガンで機体後方中央のメインエンジンを撃ち抜き、そしてアフターバーナーを入れるとそのまま追い越した。
本命はこちらでは無い。
操縦桿を引き右に倒すと、こちらへ一機向かって来るのが見えた。
やはりサッチウェーブを仕掛けられていた。
恐らくあのまま右旋回をされてたら、もう一機の真正面に誘い込まれて、真横か斜め後ろから狙われただろう。
そのまま操縦桿を引くとお互いギリギリの距離で交差してすれ違った。
操縦桿を元に戻して後を見ると敵機も後姿を見せている。
すかさず操縦桿を引きインメルマンターンをした。
湖面が真上に見える。
敵機は右旋回中でこちらに向こうとしていた。
そのままロールして、敵機の鼻先に向けてレールガンを連射した。
敵機は頭を押さえられたような形になり、上昇出来ず、かと言って急降下も出来ず、そのまま銃撃の雨を進むかのように突っ込んで来る。
そのまま撃ち続け、ギリギリの距離で操縦桿を引き、右方向へ旋回した。
敵機を見ると、破片をばら撒きながら白い煙を吹き出している。
やがて操縦席から何かが飛び出し、パラシュートが開くのが見えた。
あ、あれアルベルトだ。
ベイルアウト好きだね・・・。
残りは?
バイザーに映った位置情報で確認すると、先程レールガンで撃たれた一機は速度を落としながら離れて行き、もう一機は既に距離を取って逃げている最中だった。
「こちらロメオ・ワン。バンデットを4機撃墜。1機小破、一機は逃走した。これにて訓練を終了したいが如何に?」
「こちらアルファ・ワン・・・・・。了解した。これにて訓練終了とする・・・・・。」
リサ・・・どうだ・・・やったぞ〜。
スサノオは訓練を終え、リサの事を再び思い出して、ニタニタとだらしない顔でシュミレーターから降りた。
するとそこには“撃墜”された面々が勢揃いして並んでいて・・・。
その後、スサノオは撃墜された先輩達と親友から散々祝福され、可愛がれたと言う・・・・・ついでにリア充爆発しろとも言われたが・・・・・。
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