第8話 恋と幼馴染と兄妹
医務室のベットに10代後半の少年が寝ていた。
その横の椅子に、やや俯きながら様子を見る銀髪の紅い瞳の美少女がいた。
美少女は少年をずっと黙って見ている。
暫くすると、少年の頭に恐る恐ると手を近づけた。
だが、すぐに手を引っ込める。
また暫く顔を眺めていたが、再びゆっくりと静かに手を伸ばした。
そして頭へ触れた。
やがて、そっと慈しむように撫で始めた。
今度は手を止め少年の顔を静かに見る。
顔を眺め幼い頃の思い出に浸った。
少年とは幼い頃からずっと一緒に遊んだ。
思い出は楽しく、甘酸っぱい。
ずっとこの男の子と遊んでいたい。
そう思っていた。
だがいつの頃からだか分からない。
気持ちが変化した。
しかし彼女自身、気持ちの変化に気付いていなかった。
やがて会えなくなった。
ずっと寂しかった。
友達と言える人はいない。
慕ってくれる人はいるが、対等に話せる人はいなかった。
ずっと寂しい思いに耐えていた。
やがて、数年ぶりに少年に会えると聞いた。
有頂天になった。
会える日を指折り数えた。
ところが、久しぶりに会った彼は他人行儀だった。
理由は分かっていた。
仕方ない事だと理解していた。
だけど、嫌だった。
分かっていたけど嫌だった。
そんな自分に怒り、少年の態度にも怒り、日々不満が溜まっていった。
何故そこまで不満が溜まるのか、良く分からなかった。
けれどやっと分かった。
彼の正直な思いを知って。
少女はそっと少年の顔に寄った。
そして唇を重ねた。
・・・・・・・リサは医務室を出た。
少し、はにかむように、手で口元を隠すようにして。
「アルベルト!」
アルベルトはシュミレーター室の横にある休憩室で、ソファーに座って休んでいた。
するとスサノオが昔のように名前で呼んできた。
「な、なんだ出し抜けに?いつもの変な礼節はどうした?」
「もうどうでも良くなった。騎士団内では外の上下は関係無いし、いろいろとどうでも良くなった。」
アルベルトはそんな幼馴染の態度を歓迎したが、突然の変貌ぶりに驚いた。
「知っていたら教えてほしい事があるんだけど。」
「!?。な、なんだ?」
「騎士団の魔法師は認識阻害を使う事が出来るの?」
「あ、ああ。」
「それはある特定の人物からは本人と認識されて、別の人物からは別人と思わせる事が出来るって類いの?」
「ああ、そうだ。」
「その応用で、認識阻害で他人同士の容姿を入れ変える事も?」
「出来るぞ。」
「じゃあ、それをこっそりと上に知られずリサにかける事は出来ない?」
「な、なんだと!?」
「だから・・・リサを外へ連れ出したいんだよ!」
「な、な、なんだとーーーーーーッ!」
幼馴染が対等に接してくれるのは凄く嬉しい。
けどだからと言って、それは不味い。
それに・・・かわいい妹が・・・妹が・・・。
「心配するな。それにこの前、様子がおかしいって言っていたじゃ無いか。だから外へデートに連れ出すだけだよ。」
「ででででででででででデートだ、だ、だ、だ、だ、とぉ〜〜?」
「何か問題でも?殿下や長兄様は付き合う事については黙認を仄めかしていたけど?あの殿下や長兄様が。」
スサノオはリサの父親と兄が黙認、それも領地トップの二人がと言う点を強調する。
「父上と兄上がモ、モ、モ、モク、モク、モク、モク、モク、黙認されるのなら、し、し、し、仕方無いかも知れんが・・・・し、し、しかし・・・」
煙か?
いやいや、本当にアルベルトはシスコンだな・・・。
けど葛藤してるな・・・。
あと一押しか?
「アルベルトはこの前、『妹の気持ちを考えろ!』って言っていたよね?リサは俺の気持ちを知っている。それにリサは俺が騎士学校にいる間、ずっと待っていたんだ。だから他人行儀で変に礼節を取っていた俺に怒っていたんだ。そんな彼女の気持ちに応えてやりたいんだ!だから協力してくれ!」
あと一押しの一手であり、スサノオにとっては本音でもあった。
ジッとアルベルトを見る。
アルベルトはそんな真剣な表情のスサノオを見た。
本気だ。
こいつ、本当に本気だ。
そしてスサノオが対等に接して来たのは、幼い頃からの関係をもう一度取りもどうそうとしてるから、自分を親友として頼ろうとしているからだと理解した。
妹を取られるのは、悔しいが・・・。
「分かった。分かったよ。お前が本気なのは分かった。協力するよ。だけど分かっているよな?本来外に連れ出すのは禁則事項だ。俺たちだって騎士候補生の時は一度も外に出ていないんだぞ?」
「分かっているよ。でもどうしても連れて行きたい場所があるんだ。」
それを聞いてアルベルトは察した。
連れて行きたい場所。
そうか、あそこか・・・騎士学校に入る前に行った三人の秘密の場所・・・。
「あそこか・・・・・。分かった。なんとかしてやる。」
「ありがとう!やっぱり持つべきものは親友だ。今度、この借りは絶対に返すよ若!」
「その“若“はもうやめてくれ。むかし通りに名前で呼んでくれよ。」
「ごめん、ごめん。つい癖で・・・。すまない!なんとか頼む。頼りにしてる。よろしく頼む!」
「ああ。分かった。なんとかしてやる。男の約束だ!大船に乗ったつもりでいてくれ!」
しょうがない奴だな・・・・そうかあの場所か・・・。
良い場所だったよな・・・。
騎士学校に入る直前に、三人で思い出にする為に行ったっけ・・・。
三人の思い出の場所・・・三人・・・今度はそこに・・・そこに自分は・・・あれ?
二人だけで?
え?
あれ?
あれ〜〜?
あ・あれ〜〜〜〜〜?
「ス、スサノオ〜〜ッ!」
アルベルトは叫んだが、いつものお約束でスサノオはとっくに逃げていた。
その直後・・・・・シュミレーターでのお互いを敵機と想定したドッグファイトは、後に伝説の一戦と呼ばれる激しいものだったとか無かったとか・・・・・。
男の約束をしてから暫く経ったある日、スサノオ達の戦闘飛行隊訓練生とリサ達の騎士学校の休日が重なる日が来た。
アルベルトは事前にリサの級友達に根回し、リサが“ライブラリー“で一人になるように仕向けた。
リサは書棚の間を鼻歌交じりに歩き、日本に関する本・・・マンガやラノベ・・・を探していた。
騎士学校に入学して、このライブラリーでラノベやマンガを知り、ハマってしまったのだ。
ラノベやマンガはスサノオ達の祖父母達、それもオタクの部類に属する自衛隊員達が、長期訓練航海用のためにメモリーにごまんと保存していた物を書籍にした物だった・・・。
夢中になって、本棚を見ていたので、ライブラリーには自分以外の人間は殆どいない事に気付いていなかった。
アルベルトはそっと近づき、リサへ話しかけた。
「リサ候補生。ちょっとこっちに来てくれ。」
「ア・アルベルト訓練生殿?何ですか?」
外の世界では公爵の子息で兄妹であっても、ここ騎士団の中では、ましてや別世界の軍隊と同じ内容で訓練を受けている彼らに取って、宮殿での序列や家族と言う括りは全く関係ない。
騎士団内の序列が最優先される。
しかし・・・今日は私情が常識の範囲内で許される日でもある。
つまり、プライベートな活動が休日は若干許される。
あくまでも“常識の範囲内”での話だが。
「少し話があってな・・・と言うか、久しぶりに兄妹揃っての休日だ。たまには息抜きに話でもせんか?」
「お兄様?」
アルベルトの物言いに、リサはつい宮殿にいた時の呼びかたで応えてしまった。
休日とは言え、あまり許されていることでは無い筈だが・・・。
「お話?お話って?」
「まあ、そのなんだ。最近どうかなと思ってな。訓練とか厳しく無いか?」
そう言いながら、アルベルトは本棚が並んだ部屋の更に人気の無い場所へ歩き始めた。
いろいろと見られない様に、ごく自然に。
「そうね・・・厳しいわ・・・。今までお姫様としてチヤホヤされてたのに、いきなりお前は豚だ家畜だって言われるとは思わなかったわ。」
リサは騎士学校に来たばかりの頃を思い出した。
入校当初、5週間程基礎訓練を受けていた。
その頃、宮殿ではリサは病に臥せった事になっていたが。
「そうか、そうだった。俺も同じ経験をしたぞ。だから気持ちは分かる。大変だったな。」
そう言いながらアルベルトは、そろりそろりと“誰も見ることが出来ないスポット”へ移動する。
「これが本当に“自衛隊“の訓練なの?」
「これからもっと厳しくなるぞ。それにもっと酷い所もあるらしい。別の国の“海兵隊“と呼ばれる軍団はもっと凄いらしい。何せ、入隊場所に行ったところから直ぐに教官から罵声を浴びせられるからな。今度、動画を見てみるが良い。」
そう言いつつ、アルベルトはやっと目的のスポットに着いた。
「あら?誰?」
そこには眼鏡をかけて、痩せ細り、寝癖が付いた男がいた。
アルベルトは小声でリサに話しかけた。
「妹よ。いいか良く聞け。これからする事は規則違反。バレたら重罪。下手したら塔に幽閉されるどころでは無い。明るみなったらこの地下で永久的に幽閉だ。」
「!?。兄様何を突然?」
アルベルトは戸惑った。
何故自分がこんな事を言わなければならない?
「スサノオが好きか?」
出し抜けに聞かれて、リサは驚いた顔で兄を見た。
何故、そんな事を兄様が?
「本当に好きか?本当に愛しているか?命を賭してでも奴を愛し続ける覚悟はあるか?」
リサはその紅い目を大きく見開いて兄を見た。
命懸けの恋?
スサノオの事がどれだけ好きか?
ええ。
そうよ。
この命が無くなってもスサノオの事が好きだわ。
それぐらい好きよ。
愛しているのよ。
生半可な気持ちではないわ!
「好きよ。どんな苦難があろうと、どんな事があろうと、スサノオを愛してるわ。だからこそ、今自分はここにいるのよ。」
リサは真剣な顔で兄を見た。
アルベルトはそんな妹の言葉を聞いて、引き裂かれる様な思いだった。
いくら妹と親友の為とは言え、何故自分がこんな事を聞かねばならんのだ?
もう逃げたい・・・。
しかし、リサの真剣な表情を見て、先日のスサノオの表情を思い出した。
やれやれ、妹も同じか・・・・・全く人の気も知らずに・・・。
「分かった。かわいい妹よ。そこにいるのは騎士魔術師だ。訳あって色々と助けてもらう事になった。」
助けてもらうために、どれほど苦労したことか・・・。
上層部に知られ無いように、あの手この手を使って・・・。
全く、この貸しは凄く大きいぞ!
「今からお前と俺に認識阻害魔法をかけて貰う。有り体に言えばお前と俺の姿が入れ替わる。と言ってもスサノオから見たら、元のままだ。入れ替わったら、黙ってここを出て厩舎まで行け。奴が待っている。厩舎のどこかはお前なら分かると言っていた。」
リサは驚いて兄を見た。
何故?
どうしてそんな事を?
異常なほど妹思いだとは思ったが・・・。
一方アルベルトは心の葛藤に蠢いていた。
やっぱり取られたく無い!
けど、スサノオはあそこまで胸襟を開いた。
妹も本気で好きだと真剣な顔で言った。
親友は大切にしたい!
妹の気持ちも大切にしたい!
くそ〜ッ!
なんで自分がこんな目にあうのだ!
リサとスサノオが自分を退けものにしてあの場所へだと〜!
しかも二人っきりで!?
「お兄様?」
はっと我に帰った。
妹の顔をじっくりと見る。
今すぐではない。
けどいつかは妹は手元から離れる。
仕方がない事ではないか。
どこの馬の骨とも分からない奴のところよりも、気心知れたスサノオのところだ。
いい加減、吹っ切れ無ければ。
「どうなのだ?」
リサは思った。
あれからスサノオとは、時間が合わない事もあり会っていない。
必然的に話てもいない。
今度こそ、お互いに話が出来る絶好の機会だ。
兄がわざわざ私たち二人のために骨を折ってくれたのだ。
リスクは大きい。
兄の言う通り、下手をしたら今度こそ幽閉され、死ぬまで地下で過ごす事になるかも知れない。
それでも、それでも!
リサはニッコリして答えた。
「お兄様。お願いします!」
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