第7話 葬儀の中心で、愛を叫ぶ

公爵領で大々的な葬儀が行われた。

公爵が四女、リサ姫が突然の病で倒れ、騎士団医師達の必死の努力にも関わらず、この世を去った。

天真爛漫で、領民にも分け隔て無く接し評判の良かったリサの死は、公爵領で大きな悲しみを持って伝えられた。

帝都からも元老院議長のサモン侯爵が見舞いの使節として来ていたが、弔問使節に変わってしまった。



遺体に泣き縋る実の母。

確か側室であったな。

その横で若い騎士が大泣きしておるな。

確か幼い頃に遊び相手として与えられた者だった。

帝都から追い出した元男爵が虐めたらしいが。

何やら叫んでおるな。

余程親しかったのじゃな。

その後ろにいるのは育ての母か?

こちらも泣いておるな・・・嘘泣きでは無い。

よく出来た人物と聞く。

仲の良い幸せな家族であったのだな・・・。

羨ましい限りじゃ。


サモンは自身の帝都での生活を思い出す。

貴族の本妻と妾の醜い争い。

その子達の血を血で洗う争い。

争いが皇帝に及ぶのを防ぐために、表と裏でその争いをコントロールする気苦労。

更に自身の欲の為に争い事や謀に精を出し、領地を全く顧みない愚かな貴族達。

何故先代の公爵が帝都を飛び出し、冒険者となり流浪の末にこの地を安住の地としたのか、サモンには痛い程分かる。


リサ姫も良くできた姫であったようだな。

公爵の子息を道具としてしか見ていなかった貴族連中には不人気であったが、領民にはかなり好かれておったようじゃな。

弔問の列が絶えんわ。


サモン侯爵は何か心を洗われるような気分で葬儀を見ていた。


リサの遺体は埋葬され、全ての儀式は終わった。



葬儀が終わり喪が明けてから数日後。

スサノオは頭を抱えた。

事態が変な方向に行ってしまった。

葬儀は“無事に”終わった。

喪が明けて、騎士団お抱えの魔術師に魔術を解いてもらった際、自分がとんでもない黒歴史を作ってしまった事に気がついた。


リサは死んではいなかった。

葬儀中も公爵領の地下で元気にピンピンとしてた。

リサを死んだ事にしたのは、騎士団へ入団させた後、万が一にでも他家に嫁がれてしまっては、秘密が漏れる可能性があった為だ。

お陰で帝都の使節をも騙す事に成功し、公爵領の秘密を守る事が出来たのだ。


葬儀の時、騎士団長とロードリー3世以外は全員、催眠魔法をかけてリサが死んだと思い込ませた。

そして無事葬儀が終わると催眠魔法が解除された訳だが、記憶はそのままだ。

その時の記憶があまりにも黒歴史で・・・もうベットで布団を被ってジタバタしたい・・・。


葬儀が行われた日、先ずは近親者と帝都の使節、それに極親しく特別に許された者が“遺体”・・・実はよく出来たダミー人形・・・と対面したのだが、そこでリサの実の母と一緒に“遺体”に縋って大泣きし始めた。


「リサ・・・リサ・・・何でだよ・・・あんなに元気だったのに・・・。リサの事・・・リサの事・・・子供の頃から・・・ずっと好きだったのに。」


そして大声で叫び始めた!


「リサ!好きだ!愛してる!リサ!愛してたんだ!なのに・・・なのに・・・・何故?何故なんだ・・・。リサーッ!愛してるーーーッ!リサーーーーーーーーッ!!」


それはそれは物凄く感動的で涙を誘う場面として・・・。

だからこそ帝都の使節を大いに騙せたのだが・・・。


黒歴史だ。

どうしよう。

死んだ事になっているし、これからは普通に接して良いと殿下やロードリー3世様から言われている。

なんなら・・・と言って含みを持たせ、かなりニタニタと笑っていたが・・・。

半ば親黙認のよう・・・・・だが、本人に会いたく無い!

凄く、凄く恥ずかしい!

食堂で悶々としていると、アルベルトが難しい顔をしてやって来た。


「なんだ。食が進んでいないでは無いか?まだ催眠魔術にかかっておるのか?」

「若・・・分かってて言ってますね・・・」

「感動的な場面であったな。」

「ええ。穴に隠れたいぐらい・・・」

「まさかあんな形で本音が出るとは・・・」

「やめて若!もうそれ以上は!」


スサノオは頭を抱えて悶え始めた。

その様子を見てアルベルトは椅子から立ち上がった。

無言でスサノオを見た。

やがて拳を握り締めプルプルすると・・・

ボカッ!

スサノオの頭を殴った。


「う、羨ましい、じゃ無かった、其方、もっと妹の気持ちを考えてやれ!其方がウジウジしてるから、リサまでおかしくなってる!任務中の色恋沙汰はご法度だが、休みの時くらい一緒に過ごしてやれ!」


今羨ましいと言いかけたなと思いつつ、スサノオは頭を摩った。

落ち着こう。

コーヒーを啜る。

ズズーッ。

ゴクリ。

味がしない。

もう何杯もお代わりした。

どれくらいしたかは分からないが・・・。

ジタバタしてもしょうがない。

言ってしまったんだ。

もう腹を決めよう。


「わ、分かりました。デートに誘います!」

「えッ?」


そう言って、アルベルトは幼い子供が喧嘩して負けたような表情で、情け無い悲しい顔をした。

ああ、妹が遂に親友に取られてしまう・・・。

あの可愛い妹が・・・。

スサノオだから許すが・・・。

いや、全部持って行かれるのか・・・。

・・・・・。

スサノオはいつも通り、その場を直ぐに逃げた。


「ウオオーッ!スサノオーッ!リサを泣かしでもしたらー・・・ってあれ?」


リサは騎士学校新入生が入る大部屋のベットの上で悶々としていた。

大部屋と言っても騎士団はどっかの世界の海兵隊のように規模は大きく無い。

精々15人程が入れるスペースしか無い部屋だ。

女子の新入生はリサを含めて5人程しかいない。

なので、各々好きなベットを使う。

リサ以外の生徒達は食事に行っており不在だ。


リサは一人でベットの上で悶々としていた。

生まれて初めて告白された。

それもあんなに情熱的な感じで・・・。


葬儀の時、リサは騎士団のコントロールルームでニヤニヤしながらモニターを見ていた。

スサノオが鼻を啜り、“遺体”に縋るところまでは余裕を持って見ていた。

あらあら、催眠魔術にかかっているとは言えスサノオは〜。

などと余裕綽々だったのだが、突然スサノオがリサへ愛の告白を始めた。


えッ?

スサノオ?

何?

何て言ったの?

スサノオは何を言ったの?


コントロールルームにいた騎士団のスタッフがニヤニヤしてリサを見た。


えッ?

ええッ?

ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?


その後、喪が明けて正気に戻った親兄姉達からは散々のからかわれようだった。

みんなそう言いながら、鼻水を垂らしながら泣いてたくせにーッ!

からかう筈が逆になってしまった。

何故か騎士団と関わり初めてから、思っていたのと別な結果になる・・・。


同じ頃、スサノオは女子の部屋の前でウロウロしていた。

部屋のドアをチラッと見ては通り過ぎ、通り過ぎたと思ったら引き返してまたチラッとドアを見ては通り過ぎ・・・。

アルベルトへリサをデートに誘うと宣言したものの、先日の葬儀を思い出すと、恥ずかしさが込み上げて来る。

どんな顔をして声を掛ければ良いのだ?

その様子を壁に隠れて遠巻きに見守る騎士団の面々。

今か今かとヤキモキしながら観察する。


「クマかあれは?」

「あーもう、スサノオは何をしている!」

「姫も姫よ!何閉じこもっているのよ!」


小声で野次馬が囁き合う。

そんな後ろの野次馬達に全く気付かず、スサノオは意を決して大部屋の前に立った。

そして深く息を吸って、外から呼びかけた。


「リ、リサ、騎士候補生!い、い、い〜るか?」


声を張り上げたつもりだが、裏返った。

超恥ずかしい!


リサはベットの上でその声を聞いた。

ドッキーーーーーーーーーーン!

心臓が大きく鼓動する。

どうする?

どうする?

どうするーーーーーーーーーーー?


スサノオは部屋の前で仁王立ちになって中からの返事を待った。

冷や汗をダラダラ垂らしながら、眉間に皺を寄せて、側から見るとトイレを我慢している男にしか見えない。


「・・・・・」


部屋の中から返事が無い。

不在?

あれ?

そう言えば事前にいるか確認して無かった。

都合良いし、このまま立ち去ろうかな・・・・・と思った時だ。

カチャ。

扉が開いた。

中から顔を真っ赤にしたリサが出て来た。


「・・・。」

「・・・。」


気まずい沈黙。

二人は恥ずかしさで真っ赤になり下を向く。


「やっと会ったと言うのにあの二人は何をしている!」

「もうすぐ昼が終わると言うのに!」


相変わらずコソコソ囁き合う野次馬。


「えっと・・・何か?」


やっとリサが俯いて言う。


スサノオの顔をまともに見れない・・・。

どうすれば良いの・・・・。


一方スサノオは・・・。

俯いていた顔を少しづつ上げてリサをチラッと見た。


ヤベー。

今まで意識しないようにしてたけど、リサって改めて見るとかわいいな。

アルベルトがメロメロになるのも無理はないな・・・。

いやシスコンにも程があるだろう・・・。

でもリサ、超絶かわいいよな・・・。

小さい頃から見ているけど・・・銀髪綺麗だな・・・。

紅い瞳の大きな目・・・。

体ももうすっかり大人だよな・・・。


リサは少し顔を上げスサノオの顔を見た。

すると・・・。

ツツー。

スサノオの鼻の穴から何か出た。

赤い液体が・・・。


「スサノオ!?」

「えッ?」

「鼻!鼻!」

「鼻?」


スサノオは鼻に手を触れる。

血が手に付いた。

次の瞬間、顔を更に真っ赤にしてスサノオは意識を手放してしまった。

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