第5話 公爵令嬢リサ
「ねぇ!スサノオ!なにをよんでるの?」
幼い女の子が大好きな友だちに聞いた。
「何って・・・ジイサマの・・・いやナイショだからダメ。」
女の子よりちょっと年上の、お兄さんと同い年の男の子はそう答えた。
「いじわる〜。おしえてくれてもいいでしょ!」
「ダメって言ったらダメなんだ!これはコーシャクデンカにもナイショにしなさいっていわれているんだよ!」
「なんでスサノオはよくて、アタシはダメなの?そんなのイジワルよ!おとうさまにオネダリする!」
「あッ、こらリサ!」
そう言って幼いリサは公爵の執務室へ走って行った。
その後をスサノオは追いかけた。
幼い割にはリサは足が早く、すばしこかった。
「スサノオどうした?」
リサを見失うとアルベルトが通りがかった。
「まずいアルベルト!リサがまたワガママいってきえた!もしかしてだけど・・・」
「えッ?またか!」
トトトトパタパタパタパタ、ドンドン。
「おとうさま!おとうさま!」
「リサッ!リサッ!」
「リサッ!はやまるな!まて!まつんだ!」
リサは公爵の執務室のドアを叩いた。
後から息を切らしながら幼いスサノオとアルベルトが追いかけて来た。
公爵は子爵と打ち合わせをしている真最中であった。
やれやれまたかと思いながら、公爵は執務室のドアを開ける。
「おお、リサでは無いか?どうした?」
「あのねあのね!スサノオがオベンキョーしててね、それでね・・・もがもがもが」
「も、もうしわけございません、デンカ!す、すぐにタイシュツさせていただきますので!」
そう言ってスサノオはリサの口を塞ぐと、アルベルトと一緒に執務室からリサを引き摺り出した。
暴れるリサを二人がかりで取り抑えたが、それでもリサは治らなかった。
何度も何度も公爵へ直訴しようと暴れ回り、そして最後にはオイオイと大泣きし始めた。
結局、困り果ててどうしようも無くなった二人は、それぞれの父親に泣きつく事になった。
リサにも同じものを勉強させてやって欲しいと。
それから数年ほどが経った、ある日の事。
「貴様のような身分が何故堂々とこんなところにいる!」
最近、公爵領に帝都からやって来た男爵の声だった。
側で13歳を過ぎたスサノオが怒られていた。
男爵は一応お目付役だったが、辺境に送られた事を不満に思っていた。
このため、帝都にいた時と同じように自分よりも身分が低い者達へ威張り散らしていた。
「どうしたのスサノオ?」
たまたまリサが通りかかり、男爵に怒鳴られたスサノオの側に寄った。
「いや。大丈夫。何でもない。」
「そんな事言ってまた強がって!ちょっと男爵!あなたスサノオに何を言ったのよ!」
「このような下賤は宮殿に入れるべきでは無い。だから出て行けと言ったまでだ!」
「はぁ〜ッ?何の権限があってそんな事言えるわけ?スサノオは騎士団長の息子で、お父様が指定された私達兄姉の遊び相手よ!勝手に追い出さないで!」
「フン。どうせ金で取り入ったのであろう。それに遊び相手であれば他の貴族がいるでは無いか!」
「そもそも私の事誰だか分かっていてそんな口調なの?失礼にも程があるわ!」
「フン。所詮庶子だろ?」
「なんだとー!」
スサノオがブチ切れた。
そして飛び掛かろうとしたところで、騒ぎを聞きつけた宮殿の召使いや執事に取り抑えれた。
「ああ、汚らわしい。所詮下賤の者と庶子だ。さっさと出て行って貰いたいものだ。公爵の名が汚される。」
そう言い捨てて公爵は足早に去って行った。
スサノオは怒り心頭だった。
しかしリサはと言うと・・・・・。
「フッ、フッ、フッ、フフフフ、ウフフフフフフ。」
そう言って口角を吊り上げて不気味に笑い出した。
スサノオは思った。
もう止められないと。
翌日、リサは長姉に頼んでお茶会を開いて貰う事にした。
呼ぶのは男爵とアルベルトとリサの弟妹と、スサノオ、それに・・・。
ただし男爵には他に出席者がいる事は伝えていない。
招待された男爵は有頂天になった。
公爵の長女に呼ばれた!
気に入られれば、今後、目を掛けてくれるかも知れない。
そうすればあるいはいずれ叙爵?
伯爵や侯爵も夢では無い?
領地もあるいは・・・。
お土産はやはり高価なものを・・・。
勿論、公爵家はただお気に入りだからと言って爵位をあげるような真似はしない。
ましてや実績もない、帝都の厄介払いで“お目付役”として送られてきた小者の男爵なんかさっさと追い出したいくらいだ。
そんな風に思われているとは露とも知らず、男爵は天にも登るような気持ちでお茶会にやってきた。
いそいそと男爵がお茶会の会場にやって来た。
場所は宮殿の庭園にあるガゼボだ。
メイドに案内されて席に着いたがまだ誰も来ていない。
男爵は椅子に座って周りを眺めた。
帝都の宮殿に比べて、こじんまりとした庭園だ。
見る人が見れば、その庭園はかなり芸術的で素晴らしい造りをしていた。
しかし、小者で今まで金で取りいるか誰かの太鼓持ちでしか無かった男爵にはそんな芸術とかの知識は無く、単なる見すぼらしい庭にしか見え無かった。
「フン。つまらん庭だ。」
その言葉はしっかりとマイクで拾われた。
そんな技術があるとは、当然男爵は知らない。
実は先日の騒ぎもすっかりカメラで録画されているのだが。
やがて小さな人影がメイドを伴って現れた。
リサだ。
メイドはリサを先導すると、ガゼボにセットされているテーブルにリサを導き椅子を引き座らせた。
男爵の真正面だ。
「ご機嫌よう。ロルバ男爵。先日はどうも。」
(フン。庶子の分際で・・・)
「これはこれはリサ様。そちらもお呼ばれされていましたか。」
「あら。悪いかしら?私マリお姉様には随分と可愛がっていただいているのよ。」
「それはそれは“幸運“な事で。直系では無いのに随分と”運“がよろしいのですなー。」
バチバチと二人の間に火花が散る。
側にいたメイド達は生きた心地がしなかった。
むしろ男爵の身を本気で案じてしまった。
知らないとは言え、この子を怒らせたらえらい事が起きると言う・・・。
「ところで、もうお茶は頂いているのでしょうか?」
「いいえ。まだですな。」
「では先に私がお入れしましょうか?」
「いえいえ、マリ姫様に入れていただくまでお待ちします。」
「あら、同じ公爵家の姫である私のお茶は要らぬと?」
「主宰はリサ“様“では無く、マリ”姫様“ですので。」
「あら。お姉様には“姫様“を付けて、私には同じようには呼んでくださらないのですね。」
「御身分は御身分ですので。」
ロルバ男爵はリサのお茶を拒否する。
火花が先程よりも大きくなった。
メイド達は思った。
男爵!
それ以上墓穴は掘らないで〜!
二人がバチバチと火花を散らしていると、また遠くからやや小さな人影が現れた。
アルベルトだ。
リサと同じようにメイドに先導されている。
えッ?
なんでアルベルト若様が?
ロルバ男爵は少し驚きつつも、逆に取りいるチャンスだと思った。
「これはこれはアルベルト若様。ご尊顔を拝謁して光栄です。」
そう言ってロルバ男爵は立ち上がり、恭しく礼を取った。
なんちゅー変わり身!
メイド達はもう身を案じるどころか呆れを通り越し、哀れに思いはじめた。
もうこの男爵終わったなと・・・。
「これはこれはロルバ男爵。“ご丁寧なご挨拶”ありがとうございます。“私如き三男坊”にそのような礼は必要ありませんよ。」
おお!
アルベルト様から礼を言われた!
掴みは良好!
「いえいえ、そのような勿体ないお言葉、私には過ぎた事です。」
ああ、もう馬鹿ね。
馬鹿だわ・・・。
そろそろメイド達は遠くを見るようになった。
アルベルトは席に着くと、リサへ尋ねた。
「まだ始めていなかったのか?」
「男爵殿がマリお姉様をお待ちになると。」
「そうか・・・」
メイド達はあまりの状況に別な事を考え始めた。
ああ、あのお花綺麗ね・・・。
ええ、いつもあそこに咲いてて綺麗よね・・・。
「菓子も出さないのか?」
「お茶も入れて無いのにですか?“お姉様が入れるお茶を飲まれたい”のでしたら、いらっしやるまでお待ちいたしましょう。」
「そ、そうか・・・」
ゴクリ。
アルベルトは唾を飲んだ。
妹の目が凄く冷たい。
自分だから分かる。
この目、この能面のような表情となった時が一番怖い!
「ところで、スサノオの事だが・・・」
「スサノオですか?」
まずい!
男爵はすかさず話に割り込んだ。
「あの者ですか?奴は騎士の息子です。お側にはおかぬ方がよろしいかと存じます。公爵家に泥を塗り、傷が付く事になります。」
化石となるメイド達。
驚くアルベルト。
世の中、馬鹿って本当にいるのね。
そう思って冷たい視線でロルバ男爵を見るリサ。
「そ、そうであろうか?」
お馬鹿なロルバは絶好な機会と勘違いした。
「ええ。そうですとも!あのような者をご友人にせず、是非我が息子をご友人としてお側に置いていただけないでしょうか!」
ああ鳥が飛んでいる・・・どこに行くのかしら・・・。
もはやメイド達は現実逃避をする以外、この場を逃れる術は無い・・・。
「お、おう。父君や兄様、姉様達が許すとはとても思えないが・・・。」
アルベルトは思わずいい加減に答えてしまった。
それをリサは氷のような冷たい視線で見る。
何押されているのよ・・・。
作戦分かってる?
アルベルトは背筋に冷たいものを感じた。
冷や汗ダラダラである。
男爵が怖いのでは無い。
妹が怖いのだ。
いや、妹に嫌われたくないのだ!
分かってるさ。
スサノオは大事な大事な親友だよ。
けどね、この男爵があまりにもお馬鹿過ぎて話にならないんだよ!
誰か助けて〜!
アルベルトがそう思っていると、運良く、そして漸く長姉が向こうから現れた。
メイドが先導しているが、側に背の低い人影がある。
スサノオだ。
男爵は気分を悪くした。
チッ!
なんであんな下賤のガキが?
長女のマリは盗聴マイクで全てを聴いていた。
それはそれは大笑いしながら。
側にいたスサノオは苦笑いしてた。
馬鹿も程々にって言うけどこれは一体・・・。
「これはこれはマリ姫様。いつも以上にお綺麗なお姿で、この男爵、ただただお会いできて感動の極みで御座います。」
そう言ってロルバは恭しく頭を下げた。
なーんだこのお馬鹿は?
その場にいた者は全員同じ事を思った。
「あら男爵。お世辞がお上手です事。スサノオにも同じように挨拶していただけるかしら?」
えッ?
こんな下賤にも頭を下げろと?
「さあ、どうされたのです?私の愛する妹達ばかりか、兄、弟達の良き友人です。どうかご挨拶していただけませんか?」
この妹にしてこの姉あり。
絶対に敵に回しては行けない。
アルベルトは心底そう思った。
一方ロルバ男爵に取っては屈辱的だった。
この下賤に頭を下げるとは!
ええい!
今は我慢だ!
取りいるせっかくのチャンス!
絶対に逃してはならない!
「いやいや姫様。あまりのお優しさに感動して言葉が出ませんでした。スサノオ殿。ロルバでございます。どうぞ今後ともよしなに。」
一応ロルバは頭を下げた。
それも彼にとっては精一杯の態度で。
「こちらこそよろしくお願いします。」
マリは冷たい目でロルバを見ると、着席を勧めた。
席に着き、マリは周りを見て呟いた。
「あら?お茶はまだなのかしら?」
「ええ、マリお姉様。ロルバ男爵は私の入れたお茶は飲まれ無いそうです。良く分からないのですが、何でも私とマリお姉様とでは身分が異なるそうです。」
リサが203ミリ榴弾砲を撃った!
すかさずマリが次弾を装填し続けて砲撃する。
「あら。身分の違いなんて私達には無い筈ですわ。お母様とお父様がお決めになった事でもありますしね。」
ロルバ男爵は蒼白となった。
まずい。
どうする?
どうすれば良い!!
「そもそもお待たせしては行けないからと、リサが私に先にお茶を入れると提案したのにね・・・。まさかその心遣いを男爵が無下にされる筈はないですよね?」
ロルバ男爵は気絶しそうになった。
しまった!
庶子だからと甘く見ていた!
そしてチラッとスサノオを見た。
そして小物らしい、滅茶苦茶な言い訳を始めた。
「リサ様、ではなくリサ“姫”様がそこの下賤とあまりにも仲良くされておるので、つい公爵家の中でそのような扱いをされていると勘違いをしておりました。ご兄弟がそこまで仲がよろしいとは存じず、つい御身分と申し上げてしまい失礼を致しました。平にご容赦をお願いいたします。」
マリとリサは汚い物を見るような目で男爵を見た。
が、お馬鹿な男爵はまだ分かっていない。
「下賤だと・・・?俺の大切な親友を下賤だと?一緒に学び、笑い、相談しあった俺の親友を?」
「ア、アルベルト様?」
「アルベルト?」
「アルベルト兄様?」
アルベルトはユラ〜と立ち上がり、男爵を睨みつけた。
マリとリサ、それにスサノオに取っては予想外だった。
普段妹に振り回され、情け無い姿しか見せ無いアルベルトが怒っている!
男爵以外の全員、空襲警報のサイレンが聞こえて来た気がした。
が、突然向こうから別の人物が現れた。
長兄だ。
「もう良い。茶番は終わりだ。」
公爵家の長男であり、この領地の嫡男であり、皇帝継承権も持つロードリー3世と呼ばれる一番上の兄だ。
今は帝王学の勉強は一通り終わり、父である公爵の側で実地訓練を兼ね、補佐をしている。
実は帝都からこの男爵には十分気をつけるようにと言われ、騎士団の技術を借りて盗撮カメラでずっと監視していた。
もう少し見張るつもりであったが、妹の逆鱗に触れ、こうして引っ張り出される羽目になった。
勘弁して欲しい。
「あ、兄様!」
「アルベルト。怒りを押さえろ!冷静になれ。それでは友どころか、領民も守れぬぞ。」
「し、しかし兄様!この者は私の親友を侮辱しました!」
「そうです!兄様!この馬鹿男爵はかわいいスサノオだけで無く、妹も侮辱しました。」
長兄は男爵を見た。
「何か申し開きはあるか?」
ロルバは混乱した。
何故?
どうしてこうなった?
こんな筈ではない!
そして小物の脳みそで言い訳を瞬時に思いつき小物らしい言い訳を放った。
「か、勘違いでございます。わ、若様姫様の勘違いでございます。私は決してそのような事を思っている訳ではございません!」
「勘違いにしては色々と悪意がある言い方をされてましたわ。」
リサが睨みつけて言った。
「しょ、証拠はございますか?」
今さっき全員の前で言っていたでは無いかとその場にいた者は思った。
しかし、ロードリー3世は深くため息をつき言った。
「もし証拠が有れば其方はなんとする?爵位を取り上げても文句は無いな?」
証拠がある訳が無い。
あったとしても証言しか無い。
そんな物、後から何とでもなる。
ロルバ男爵はそう思った。
だから言いのけた。
「よ、よろしいですよ。」
あ〜あ。
言っちゃった。
長兄以外の全員、空を見た。
もうこの男終わったな。
「よろしい。では見せてやる。」
そう言って長兄はメイド達・・・実は騎士団の一員で隠密担当・・・にテーブルの上に一つの機材を出ささせた。
「こ、これは?」
長兄は黙ってスイッチを押すと・・・
「・・・フン。つまらん庭だ・・・・・それはそれは“幸運“な事で。直系では無いのに随分と”運“がよろしいのですなー・・・御身分は御身分ですので・・・」
男爵は口を空けてパクパクさせている。
先程自分が言った言葉だ。
それにしてもこの声は自分の声か?
他人の言葉に聞こえるが?
「まだ足りぬか?ではこちらを見せよう。」
そう言って長兄は別のボタンを押した。
すると青い光と共に、先日の騒ぎの映像が映った。
「ああ、汚らわしい。所詮下賤の者と庶子だ。さっさと出て行って貰いたいものだ。公爵の名が汚される。」
男爵は絶句した。
そして狼狽した顔で辺りを見回す。
暫く目を泳がせると、そのまま目を白くして気絶した。
「フンッ!」
リサは腕組みをして男爵を見下ろすと、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
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