第4話 な〜め〜る〜な〜よ〜

「・・・なあ、スサノオ。」

「・・・何ですか、若?」


上官のしごきを終え、二人は息を切らしながら壁にもたれていた。

因みにしごきの後の回復魔法は禁じられている。


「最近妹に冷たく当たっているそうでは無いか。」

「何の事ですか?」


アルベルトはスサノオの顔を見た。

冷静さを装っているが、こいつ・・・。


「妹から聞いたぞ。数年ぶりに戻ったと言うのに、遊びに来ない、連絡もよこさない、会うと他人行儀。かなり落ち込んでおったぞ。この前なんぞ窓からずっとお前の歩くところを見ておった。」

「仕方無いですね。ここまで来る道と入口を変えます。変に勘繰られて入口を発見されたらまずいですし。」

「そうだな。入口は変えたほうが・・・ってそれも重要だが違う!妹の話だ!話を逸らすな!」

「そうは言われてもなぁ・・・・どうしろと?」


スサノオだって身分差が無いところだったら、祖父が生まれた世界だったら、気兼ねなく接していたと思う。

だけどここは身分差が絶対の社会だ。

本当にどうしろと?

身分差を受け入れるしか無い。

それが最善だ。


「若も知っているように、最近帝都のスパイが増えています。そんな時に“帝国内”では平民並みの騎士が、雲の上の存在である姫と親しく出来ます?出来ません。帝都の帝室や元老院から咎められます。それで済むなら良いけど、怪しまれて公爵領の秘密が漏れてしまうかも知れません。」


アルベルトはため息を付いた。

言っている事は正しい。

けれども二人だけの時はせめて昔のように接したら良いではないか。

かわいい妹のためだ。

母は違えど半分血が繋がっているかわいい妹だ。

笑顔がかわいいのだ。

その理由がスサノオなのが少し嫌だけど。

兄としては心配だから嫌なんだ。

スサノオだったら多少だけ許してやっても良いと思う。

幼馴染だし。

でも全部はやらないけどな。

でも全て取られそうだな。

嫌だな。

本当に嫌だな・・・・・。

そろり、そろりとスサノオは離れ出した。

この後の展開は見えている。

あのだらし無い顔をしてから、段々と眉間に皺を寄せてくるのは嫉妬している時だ。

第二波が来る。

逃げないと。


「うおーッ、スサノオ〜ッ!お前ってやつは〜!ってあれ?」


スサノオはとっくにその場から逃げていた。



リサは最近自室に篭るようになった。

魔法学や数学に語学。

それに踊りや楽器、作法にその他数多。

数えたら嫌になるくらいリサには習い事があったが、だいたい卒無くこなしてしまい、習い事の時間が終わるとする事が無くなってしまう。

腹違いの兄姉達、長兄は既に父の後継者として政務につき、姉達は既に嫁いだか、または花嫁修行中。

残りの兄達はと言うとそれぞれ公爵領の仕事をしている。

一番下で庶子のリサにはまだ嫁ぎ先の話は出てこず、兄弟達はほぼ独立している状態で相手をしてくれる人がいない。


以前だったらスサノオを伴って宮殿内をめぐり、時には脱走して泥だらけになるまで遊んだが今はそれも出来ない。

一番仲が良い兄が何故か騎士団に入り、これもスサノオ同様に数年間音沙汰が無かったが、先日久しぶりに宮殿へ顔を出した。

それ以来休日には宮殿へ戻って来るので、スサノオの様子を聞いてみるが何故かなかなか話してくれない。

もっともその理由は、アルベルトが極度のシスコンだったからなのだが。


「はあ。」


ため息をつくと幸せが逃げて行くんだってさ。


スサノオが昔リサに言った言葉だ。

そんな言葉を思い出して、窓の外を見た。

以前だったらスサノオが騎士団の厩舎へ向かう姿を良く見ていたのだが、最近全く通らなくなった。

ワザとね。

けど無理してるのが見え見えなのよ。

昔から変わらないんだから。

自分を騙すのが好き?

出来ないくせに!

それとも会いたくないの?

会うとボロが出るからでしょ?

気が弱い癖に強がって!

それとも兄様が何か余計なことを言ったからかしら?


「・・・・・・・。」


リサはスサノオの事を考えていると、だんだん腹が立って来た。

そして口を曲げ、眉間に皺を寄せ、怒りを蓄積させて行った。

そんな時だった。

タイミングの悪い男が部屋の戸をノックする。


「どうぞ。」

「麗しの兄様だぞ〜。かわいい妹よ〜・・・ってあれ?どうした?」

「ベーつーにーーーーーー!」


リサは思った。

この兄様と言い、スサノオと言い・・・気遣っている様に見せて、こっちの気持ちなんか全然考えて無い!

二人でコソコソして、なんとか遠ざけようとするばかり。

騎士学校に入る時は、あれだけ再会を楽しみにしてると言ってたくせに!

絶対に泡を吹かせてやる〜〜〜!


「フ、ウフフ、ウフフフフフフ。」


口角を上げ不気味に笑う妹を見たアルベルトは、何か怒らせてはいけない物を怒らせてしまったと確信した。



翌日、アルベルトは長兄に頼み込み、長兄が使っている入口を使って騎士団の訓練所へ向かった。

妹の態度がおかしい。

バレるかも知れない。

頼む兄様。

どうか秘密の入口を使わせて欲しいと。

長兄は何の事か一瞬分からなかったが、このシスコン弟とストーカー化寸前の妹の事を思い出し、即座に了承した。

アルベルトは騎士団に着くと、すぐにスサノオに連絡した。

まずい!

妹が暴走しかけている!

道を更に変えろ!


「それは若が悪いのでは?そっちでなんとかして!」

「すまない!世では止められない!頼んだぞ!」

「そ、そんな・・・何故そんな事に?」

「何故か分からんが、リサが不気味な笑い方をしていた。あれは爆発寸前で何かを企んでいる顔だ。最大級に警戒した方が良い!」


言いたい事は分かる。

最近のリサの事は良く知らないが、昔からそれ程変わっていなければ、アルベルトの言わんとしている事は分かる。

かなりやばいかも・・・。


スサノオはすぐに父親に頼み込んだ。

緊急時以外は絶対に使わない入口を使いたいと。

ストーカーに狙われていると伝えて。

二代目騎士団長の父は、仕事では息子に厳しく接していたが、今回は笑いながら心良く承諾した。

仕方ないなお前は、と言いながら。


スサノオとアルベルトは地下の騎士団訓練所で落ち合うと、ホッとして顔を見合わせた。

偉大な親族を持ってお互い良かったなぁとしみじみと話して・・・・・。

だがそれは蜂蜜よりも甘い認識だった。

相手は後の世に作戦の女神と呼ばれる人物だったのだ。


リサは兄がいつの間にか宮殿から消えていた事に気がついた。

やりやがったわね、兄様。

不敵な笑いを浮かべ、宮殿の庭へ向かった。

それはそれは、これまでには無い不気味なオーラを出して庭へ歩いて行った。

側仕えも、家臣も引く程の紫色のオーラを・・・。

そのお陰か、誰もついて来ようとしなかった。

いつもなら距離を取ってついて来るのであるが、あまりの迫力に誰も近づかなかった。

それを良い事にリサはどんどん庭園を進み、やがて騎士団の厩舎へ入った。

ここは公爵と騎士団、それに親族でも許された人間以外は立ち入り禁止の場所だった。

そもそも、ここに騎士団の厩舎がある事自体知っている者は少ない。

そんな場所へリサはお構い無しにどんどん入った。

そして一頭の飛竜を見つけた。


「オロチ!」


飼い葉桶に頭を入れ餌を食べていた飛竜が頭を上げてリサを見た。


「久しぶりね♪元気にしてた?」


スサノオにしたのと同じように、オロチはリサに甘えた。


「よしよし良い子ね〜。ところでスサノオはどこに隠れたか分かる?」


昔、スサノオと宮殿を抜け出してかくれんぼをした時に、良くオロチに聞いた問いだ。

オロチは迷わず、奥の木の扉を顔で指し示す。


「良い子ね〜。じゃあご褒美にこれあげるね♡」


そう言ってリサは昔手懐けたように、魔力の詰まったナランの実をオロチに与えた。


「ふーん。ここね。」


リサは木の扉の前に立った。

幼い頃、何度かこの厩舎で遊び、こっそりとこの木の扉の中に騎士が入るのを見ていた事がある。

しかし、その当時はスサノオを探すのに夢中で特にこの扉に関心を持っていなかった。

しかし今は大いに興味がある。


ここが騎士団の秘密の入口の一つだ。

他にも入口があるのだろう。

だからスサノオは自分を避けるためにここを使わなくなった。


「な〜め〜る〜な〜よ〜。二人とも〜。」


そう言ってリサは木の扉を叩いた。

かつて見た騎士がしていたのと同じように叩いた。


「誰だ?」


中から声がした。

失礼な!

庶子とは言え、誰だは無いでしょ!

そう思いながら答えた。


「ロードリー公爵が四女、リサ・マーガレット・アンダルス・ロードリー。早くここを・・・」

「入れ。」

「えッ?」


カチャ。

言い切る前に扉が開いた。


「?????」


不思議に思って中に入る。

何の変哲もないただの納屋だ。

取り敢えず扉を閉めた。

すると薄暗い納屋の奥にもう一つ扉があり、その横にピカピカの小さな黒いガラスのような石が貼ってある。


「何かしら?」


そう言ってリサはそのピカピカの石の上になんとなく手を置いた。

すると上部に小さな赤い光が点灯し、直ぐに緑へ変わった。

扉が横にスライドし、狭い小部屋が現れた。




「・・・・・・・・司令。」

「どうした?」

「姫様が秘密ゲートを見つけて入って来ちゃいました。」


それを聞いた二人の訓練生は青ざめたとか青ざめなかったとか・・・・・。

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