第2話 ロードリー公爵領

紺碧に塗られた戦闘機が、飛空艦背後のやや下側に近づいた。

スサノオは計器パネルの右側にあるレバーを上にあげる。

すると機体中央部と機体後部の排気口付近から逆V字型をした支柱が「ゴーーーーッ」と言う音と共に迫り上がって来た。

次いでスサノオは抵抗が増して減速した機体を元のスピードに戻すため、スロットルを押し、エンジンの出力を上げた。


母船の後方やや下、両舷左右に5個のライトが横一列となってそれぞれ並んでいる。

そして更に5個のライトが縦一列に並び水平に並んだライトとTの字を横に倒したような形を作り、着艦機用の侵入指示灯となっていた。

ライトは位置が適切であれば白く光っているが、ズレるとズレた方向のライトが赤く光る。


スサノオは操縦桿とスロットルを細く慎重に動かして母船に近づく。

ある程度適度な位置に近づくと、母船の下側から先端に小さな翼とフックが付いた長いアームが降りて来て、機体の中心部に近づいて来た。

スサノオは機体をそのままの姿勢に保った。

やがてガコンと言う音がして、アームのフックが機体中央の逆V字の支柱を掴んだ。

程なくして別のアームも同じように降りて来て機体後部の支柱を掴む。

前方に侵入指示灯とは別に、赤と緑のライトが2個づつ1列に並び、フックが掛かると同時に赤が消えて緑が点灯した。


スサノオは計器パネルの左側にある、車輪の形状をしたレバーを下ろしランディングギアを下ろす。

ゴーと言う音ともに、抵抗が増し、機体が母船に引っ張られ始めた。

いや実際にアームが前方に移動し、機体を前に引っ張っていた。

同時にスサノオはスロットルを下げてエンジンをアイドル状態にする。

母船の後方が下側に開いて侵入口を開き、機体はそのまま引っ張られて飛空艦内部に入った。


機体が艦内に完全に入るとランディングギアがデッキの床に付き、機体を釣り上げていたフックが外れた。

機体が床に着くと、スサノオはスロットルを若干上げ、機体を前進させた。

前方に黄色のベストを着たデッキクルーがいて、腕で機体が進むべき方向を指示する。

指示された方向に向かうと別のクルーがいた。

ゆっくりと黄色のクルーに機体を近づけると、クルーは両手を頭上に掲げ、そして交差させる。

クルーが手で“X”を作ったのを見て、スサノオは機体を停止させ、燃料供給バブルと魔力供給スイッチを切りエンジンを止めた。


緑色のベストを着たクルーが車止めをギアに噛ませ、ラダーをコクピットに掛けた。

キャノーピーが上に上がって行く。


「フーッ」


スサノオは軽くため息を付いた。

父を含めた教官連中からは、エンジンを切るまで気を抜くなと教わっていた。

だからキャノーピーが上がり、ラダーがつけられたこの時が緊張感から解放される瞬間だ。

後席の相棒は直ぐにヘルメットを脱ぎベルトを外すと、機体から出てデッキに降りた。


「スサノオー!何してるの?置いて行くよ!」


待ってくれ姫。

もう少しゆっくりさせてくれよ。

そう思いながら、スサノオは1年半前から続く、自分達に起こった苦難を思い返してた。



–––––⌘–––––⌘–––––⌘–––––⌘–––––⌘–––––⌘–––––



「スサノオ〜!スサノオ〜!」


宮殿の庭園を騎士団の制服を着て歩いていると、リサが笑顔で走って来た。

腰にまで届く銀色の髪。

そして紅い瞳。

公爵の姫らしく、上品なピンク色の服に下側が膨らんだスカート。

リサは誰が見ても可憐な美少女だ。

なのにスサノオの反応は素っ気無かった。


「何か御用ですか、姫さま?」

「!?何その他人行儀の言い方!前はリサって平気で呼んでたくせに!」

「もう自分は騎士団の一員ですし、ドラゴンライダーとして公爵領を守る身です。軽々にお名前を呼ぶ事は叶いません。」


スサノオは、この世界ではかなり地味な部類の黒色の制服を着て、背筋を伸ばし主君に対する態度で応えた。


「なーによ、いい子ぶっちゃってさ〜。どうせ私なんて7人兄弟の末っ子だし、そもそも父君が浮気して出来た子だし、気を使う必要は無いのよ。」


リサは頬を膨らました。


「でも、姫様は姫様です。」


スサノオは敢えて明後日の方向を見て言う。


「もう、スサノオの意地悪!だったらこうしてやる!」


そう言ってリサはスサノオの脇をくすぐり始めた。


「うわ、姫様何をって、やめて、ちょっと、やめ、リサ、ほんとにやめッ!」


先程まで、真面目な下級騎士を演じていたスサノオだったが、途端に崩れてしまった。

リサは手を止めスサノオの顔を見て言った。


「やっと名前呼んでくれた・・・。ねぇ。二人だけの時は名前で呼んでよ。私公爵家の人間とは言え庶子よ。スサノオまであたしの事を姫様なんて呼んで欲しく無いわ!」


スサノオはリサを見た。

騎士団長の息子として公爵家には幼い頃から出入りしていて、良く子供達の相手をしていた。

リサの兄や姉達からは良くしてもらっていたが、中でもリサとは一番仲が良く、二人で宮殿を抜け出しては行方知らずになり、大騒ぎになった事がしばしばあった。

しかし、自分の家は貴族と認められているとは言え、一番下の騎士爵だ。

しかも公爵領の騎士で、帝都の騎士とは格が違う。

本来であれば、皇帝の親戚筋に当たる公爵は雲の上の存在だ。

しかし公爵領の騎士団は、ある理由で公爵からは信頼が厚く高待遇を受けている。

良く意見を聞かれるし、食事にも呼ばれ親しくさせてもらっている。

それでも帝国全体では身分差は歴然とあり、リサに対しては公爵家令嬢として応対しなければいけない。

だからこそだ。


「姫様・・・いいや、今、この時だけリサって呼ぶよ。だけど本当にこれで名前を呼ぶのは最後だよ。これはリサのため、公爵様のため、それからこの公爵領の為でもあるんだ。」


スサノオは制服の乱れを整えながらリサへ諭した。

しかしリサは不満そうな顔をしてそれを聞いていた。


「公爵殿下は皇帝陛下の御親戚筋に当たる。それは理解しているよね?」


リサは唇を噛み締め下を向き頷いた。


「そんな身分の姫に、一番階級の低い、平民に近い身分の俺が礼を失した態度を取って馴れ馴れしくしていたらどうなる?それを許している公爵殿下はどうなる?揚げ足を取りたがっている他領地の貴族達のいい餌になってしまう。ただでさえ皇帝後継者の名前に公爵殿下の名前が出て来るんだ。引き摺り下ろそうとする貴族が大勢いる。もう昔のようにふざけ合う歳では無いんだ。」

「そんなの分かっているわよ・・・でも・・・でも・・・。」

「リサ。お願いだ。俺を困らせないでくれ。リサはそのうち何れかの貴族に嫁がなければいけない身分なんだよ?もう昔の事はいい思い出として心にしまって置いてくれ。」

「・・・スサノオ・・・・」

「ん?」

「スサノオの馬鹿―ッ!」


そう叫ぶと、リサは走り去ってしまった。

やれやれ・・・。

スサノオはため息を吐いた。

分かる筈も無い。

つい数年前まで名前で呼び合っていたのだ。

それが親元を離れ、騎士学校に入り、騎士として数年ぶりに戻って来たと思ったらいきなりリサの事を姫様と呼ぶ変貌ぶりだ。

騎士学校に入ってからは一切外部との連絡を取る事は出来ない。

何しろ、この公爵領の騎士は他所の貴族領、ましてや帝都とも全く異なる教育が行われている。

公爵領が伯爵領だった頃から始まった教育で、更に言えばスサノオの祖父達がこの地に現れた時から改良が重ねられて続いてきた制度だ。

その教育は内容も場所も一切秘密にされている。

皇帝にも秘密にされている。

だからリサとは騎士学校に入ってからは一切連絡を取れなかった。

先月、新人騎士団員の公爵一家への紹介の時は、リサとその兄弟達へは礼節を重んじた態度で接した。

その後のパーティーでもあくまでも下僕として振る舞った。

その時、リサは頬を膨らませていた。


ロードリー公爵領。

今は消滅したスサノオの故郷の名前だ。

その土地の領主である公爵家に生まれたのがリサ。

7人兄弟の一番下の娘として生まれた。

それも庶子としてだ。

リサの母親も貴族ではあったが、公爵曰く“魔がさし”手を出してしまった。

そして母親はリサを身籠った。

公爵はそのまま放置する訳にも行かず、身体窮まり、結局自分の宮殿で親子共々面倒を見ることになった。

公爵夫人は夫に激怒はしたものの、良くできた人物で、リサ達親子を暖かく向かい入れ、自分の子供達と同等に扱った。

母親の影響もあり、また性格の良い子供達だったので、リサは家庭内では孤立する事はなかった。

しかし、公爵家以外の他の貴族達からは直系では無いと白い目で見られ、リサは幼い頃から肩身の狭い思いをし、宮殿の外に友達と呼べる存在はいなかった。

このため、身分差を気にせず遊べるスサノオはリサの大のお気に入りだった。

ところが騎士学校に入学して音信不通だったスサノオが久しぶりに戻って来ると、他人行儀な態度だ。

会えるのを楽しみにしていたリサは大いに落胆した。


「スサノオの意地悪・・・・分かってるわよ、そんなの・・・でも・・・。」


リサは自室の窓からスサノオの歩く姿を目で追いながら呟いた。



スサノオは、暫くリサの走り去った方向を見ていたが、気を取り直し庭園を抜けて騎士団専用の建物に向かった。

専用と言ってもその建物は飛竜の厩舎だった。

そして中には何匹もの飛竜がいた。

スサノオは一匹の飛竜に近づくと声をかけた。


「やあオロチ。元気だったか?」


オロチはスサノオを見ると頭を下げて、スサノオに顔を寄せて来た。


「お覚えててくれたんだね。ありがとう。」


そう言うとスサノオはオロチの頭を撫で、耳の後ろを掻いてやった。

オロチは「クルッ、クルッ、クルッ」と喉を鳴らし、気持ち良さそうに目を細めた。


「ごめんよ。今日は一緒にいられないんだ。訓練が終わったらまた来てやるから待ってくれるか?」


オロチはその言葉を理解したのか、少し寂しそうにスサノオを見た。


「そんな顔をするなって。終わったらすぐ来るよ。」


そう言ってスサノオはその場から離れた。

オロチは名残り惜しそうにスサノオを見続けた。


スサノオはそのまま厩舎の中を歩き続け、木の扉の前に来た。

一見すると何でも無い、倉庫用の扉だ。

スサノオは軽くノックした。


「誰だ?」

「騎士団戦闘飛行隊訓練生、スサノオ・サカイ。」

「入れ。」


木の扉が開いた。

誰もおらず、藁やバケツがひっくり返っていた。

誰もいない事を確認すると、スサノオは扉を閉めた。

納屋の様な部屋には更に奥に木の扉があった。

スサノオはそこまで進むと、扉の横にある御影石のような四角い光沢のあるプレートに手を押し付けた。

プレートの上部で赤いランプが光り、やがて緑に変わる。

ウイーンと言う音と共に木の扉が横に動き、納屋とは全く違う明るい小さな部屋が現れた。

淡いクリーム色の壁が三方にあり、入り口付近には数字と文字が書かれたスイッチが並んでいる。

スサノオは中に入るとボタンを押し、扉が閉まった。

エレベーターは下層階に向かって動き出す。


「さて、今日もシミュレーターで遊びますか。何匹落とせるだろう?」

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