第12話:迷走の末に(中)
未だに問題の根底が一体どこにあるのか掴めていないところに、問題はある。つまり、若狭百恵への対処をどうすればいいのかに僕は問題の解決を見てきたわけだが、実はそこが問題ではないのかもしれないということだ。
「なあ、修一。この前の部誌でお前が書いてた
もしかしたら問題は僕の方にあるのかもしれない。僕の振る舞いの方に、奴のような人種を引き付けてしまうような要因があるのかもしれない。そうだとしたら……。いや、そんな訳はない。僕は細心の注意を払って行動してきたはずだ。はずなのだが……。
「この最後の『嫌いって言われたから』ていうの、何であんなに子供を大事にしていた母親が、そのぐらいで自分の子を殺すのかが、よく分からなくさ……修一?」
分からない。自信を失っている。僕は彼女の怒りの表情を二度も見た。彼女は怒ったのだ。何に対して? 僕に対して。怒りとは、僕の場合は、他人の事情も考えず我がままに振舞う人間に覚える。じゃあ僕は、何か我がままを働いたのだろうか? 僕は身勝手だった? いつ?
「おい、修一!」
「んああっ!? 何だ新橋」
叩きつけるような声で意識が飛び、室内を見渡す。新橋と、他にも数人のメンバーが不審を顕わに僕のことを見つめていた。驚き、大きな声を僕が挙げてしまったためか、部室の、僕たちとは対極側の位置にいる別グループの部員までもが、何事かとこちらに目を向けていた。
思いがけず注目を浴びてしまい、僕はその原因を作った張本人である新橋を睨んだ。
「おい、お前の音量調節機能がイカれているせいで、僕が恥をかいたぞ」
「何言ってんだ修一。お前今日変だぞ」
呆れたような表情を崩さず新橋が言うと、周囲のメンバーも同意するようにうんうんと頷いた。四面楚歌となった僕へと、方々から声が飛び交う。
「小瀬君、さっき挨拶無視してたよ」
「一分ぐらい空間を見つめていた」
「ぶつぶつ口元が動いてて、正直気味が悪い」
散々な言われようである。ここまで口をそろえて指摘されては、流石の僕もぐうの音もでない。
というかよく見てるな。流石は人間観察が趣味の変態の集まり。
「修一、やっぱり若狭さんと何かあったんじゃないのか」
「……」
保健室から戻ってきて以来、何度もかけられた言葉に、僕は何度目かの沈黙を返す。
どうやら新橋は、僕のあの奇行に若狭百恵が関係していることに感づいて、席を彼女と替わった経緯から責任を感じてしまっているようだった。
沈痛な面持ちで、僕の目の奥をのぞき込むような視線。それを遮ったのは、横から顔を出してきたオカルト文芸部のメンバー達だ。
「え、若狭って若狭百恵!? 何、小瀬君、あんな陽キャ女子と関わりがあるのかい!」
「話を聞こう」
「詳細はよ」
次々と興奮した様子で我先にと話に食いつく悲しき男たち。凄く面倒くさい。
僕はすかさず話を逸らすことにした。
「新橋の方はどうなんだよ、玉川さんと。この前、休み時間仲良さそうに話してたけど」
「は!? ちょ、修一お前」
「ギルティ」
「新橋、kwsk」
あっという間に反転し、押し寄せていく飢えた獣たち。男の波に揉まれ、見えなくなっていく新橋を尻目に、僕は席を立った。
いつの間にか喉が渇いていた。そう言えば、ずっと考え事をしていて、昼に何を食べていたかすら覚えていない。
こんなことでは、心配されて当然だ。
ふっと、自虐的な笑いが鼻を抜ける
「修一ー!」
新橋の叫びに手を振り、僕は廊下へと出た。
すまない、親友。
だけど、彼に相談したところでどうにかなる話でも無いのだ。むしろ、大事な親友を、こんなくだらない、不毛な事態に巻き込んでしまう訳にはいかない。
この時の僕は、そんな風に考えていた。
飲み物を求め、どこかから入り込んできている足元に吹く風に押されるように歩き出す。
オカルト研究部の部室があるB棟1階南端から一番近いのは、A棟の南端にある自販機だ。ゆっくり歩いても2分とかからず着いてしまったその自販機の前を、僕はぼうっと眺めながら……何となく通り過ぎてしまった。
もう少し歩きたい気分だった。今飲み物を買って戻っても部室のほとぼりは覚めてはいないだろうし、そこでまた僕に矛先が向いてもつまらない。だから、もう少し時間をつぶす必要がある。そんな言い訳を頭の中でこねくり回しながら、どこを歩いているのかも意識せず歩く。
そうして、いくつかの自販機を経由して、とうとう僕は、校舎の最も端にある自販機にまで到達してしまっていた。それは、いつだったか若狭百恵に連れられて存在を知った、あの自販機だった。
裏のテニスコートから、ラケットでボールを弾く音とテニス部員の掛け声が聞こえてくる。その音は、僕と全く別の世界から響いてきているようで、無性に居心地が悪かった。
とにかく、ここまで来てしまったのならもう観念する他ないと思い、財布を取り出す。小銭を摘み、自販機に投入しようとした瞬間、かつて見た青と白の独特なパッケージが視界の端に映った。
「あ」
ポロリと手からこぼれる100円硬貨と10円硬貨2枚。すぐ足元に落ちた10円2枚に比して、100円玉は軌道に乗ってカラカラと地面を転がっていってしまう。
どうしてわざわざ価値の高いものの方が面倒くさいことになるんだと、謎の法則性にイラつきながら10円玉を回収し、100円玉を目で追った。
いつまでも止まらないかと思われた銀色の円盤は、最後大きく弧を描いたかと思うと、突然視界に現れた誰かの足にぶつかり、止まった。
白と黒と、蛍光色の縁取りが目立つ靴だった。視界の外から伸ばされた日に焼けた手が、100円玉を拾い上げる。
「すいませ……」
視線を持ち上げ、その人物が誰であるかを確認し、僕は固まる。
「あれ、小瀬君じゃないか。こんな僻地で会うとは」
男子にしてはやや小柄の僕より、さらにもう一回り小柄な彼女は、勝気にラケットを肩に担いで、僕を見上げていた。
「丁度良かった、ちょっと話そうよ……百恵のことでさ」
彼女は確か、
襟付きの練習着に身を包む彼女は、教室で見る時よりなぜか高圧的に僕の目に映った。
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