第3話:犯人は誰

――ある町で大量殺人事件が発生した。被害者は高校生の男女5人。内4人は死亡し、残りの1人も全身に骨折や裂傷などを負った。――



さて、若狭わかさ百恵ももえら女子グループが昼休みに僕の席とその周辺を占拠するようになってから幾日かが経過している。あれ以来僕たちは、昼休みには教室ではなく部室でご飯を食べる生活を余儀なくされている。実に腹立たしい限りだ。


もちろんこのまま席替えの日まで黙って席を明け渡しておくつもりなどは無い。必ずや奴らから自分の席を取り戻し、何の問題もなく平穏そのものだった高校生活を取り戻す。奴ら邪悪な存在から自分の存在を守るために戦うと、僕は先日誓ったのだ。


とはいえ、そのことばかりにかまけてばっかりいられるほど僕も退屈ではない。僕にはなすべきことが他にいくらだってあるのだ。


例えば授業中の現在、ノートを開き一心不乱に書きなぐっているこれだって、僕のライフワークの一つである。



――4人は皆ナイフで首元を割かれ殺されており、その殺人方法が共通していることから、この事件は巷で騒がれている連続殺人犯の仕業と予想された。その連続殺人は、これまで凶悪な犯罪者や汚職にまみれた政治家など社会的な悪のみが対象とされてきていて、正義の殺人だと一部では評価されていたものだった。そのため、連続殺人犯を何とかバッシングしたかったマスコミは、罪のない少年少女が被害に遭ったこの事件をここぞとばかりに大きく取り上げた。――



意味が分かると怖い話、いわゆる「意味怖いみこわ」のアイデアを思いつくままに書き連ねる。僕と新橋が所属する「オカルト文芸部」では、内輪で発行している部誌があり、それに僕はいつもこのようなショートショートを寄稿しているのである。


最近ネットで「意味怖」を見かけ、その独特な読後感とお手軽さに魅了された。どうせなら自分でも作ってみようと思い立った訳だが、これがまたなかなかどうして面白い。



――事件の悲惨さをアピールしようと、とある記者は被害者の唯一の生き残りである少年にインタビューをした。記者が「友達が殺された時のことを教えてもらえる?」と質問すると、少年は「殴られて気絶していたから分からなかった」と答えた。その答えからあることに気付いた記者は、それきりこの事件について二度と触れることは無かったという。――



最後に一文、問いかけの一文を添えて文章は完成する。



――記者は何に気付き、取材を中止したのだろうか。――



えも言われぬ達成感に口元が綻ぶのを抑えきれずにいると、突然耳元で上がった声に僕は仰天した。


「おい、修一!」

「いひぇっ!? し、新橋、いつの間に……っ」

「何言ってんだ、もう昼休みだぞ」


言われ、僕はそこでようやく顔を上げ周りを見渡す。もうとっくに教室はお昼ご飯モードに入っており、時計を見ると、針は4時間目終わりの時刻を通り過ぎてしまっていた。


ば、馬鹿な……チャイムが鳴ったことにすら気づかなかったというのか。もし教師にあてられでもしようものなら一巻の終わりだった。授業内容も全く頭に入っていないし……授業中にショートショートを考えるのはやめた方が良いのかもしれない。


「急がないと、また購買混むぞ」

「そんな……最低でもツナマヨのパンかおにぎりかどっちかだけでも手に入れなければ」

「お前、ほんとツナマヨ好きな」


新橋に急かされ、僕は慌ててカバンから財布を取り出すと購買へと駆け込んだ。この時、自分が最大の過ちを犯していることにも気付かずに。





「だから新橋、あのラストシーンは周囲と男との格差を表現した悲哀のシーンなんだよ」

「えー、俺は普通に笑ったけどなぁ」

「それが巧妙な仕掛けなんだって、それに気付かないとは…………あ」

「修一?」


無事購買での買い物を終えた帰り道、新橋と話しながら教室に戻っていると、不意に教室を出て来た時のことが思い出され体が固まった。


そういえば「意味怖」書いたノート、机の上に広げっぱなしじゃなかったか?


机の上にあれを置いたままだと、一体どうなる。当然昼休みになったら、若狭百恵らがやってきて、僕の机の上にあるノートを見つけて、それで……。


まずい。


「……っ!!」

「おい修一、廊下は走るな!?」


脊髄反射的に、体が駆けだす。もう教室を出てから優に5分は過ぎているのだから、間に合うはずは無いと分かっていても止められない。止まるわけにはいかない。


あいつらが、あの邪悪の化身たる若狭百恵らがあれを読んだらどれだけ嘲笑の対象にされるか、脳裏に光景を浮かべるだけでも身が凍える思いだ。


何事かと振り返る有象無象共を無視して、教室へ。まだ若狭百恵らが僕の席を侵略していない一縷の望みに賭けて、そのドアをくぐる。


「あ……!?」


まず目に飛び込んだのは、相変わらず我が物顔で僕の席に座る若狭百恵とその取り巻きたち。その瞬間絶望の未来を覚悟した僕だったが、すぐにその光景の違和感に気付く。


ない。どこを見ても、僕のノートが。


若狭百恵らの様子を見ても、いつもと何ら変わった様子はなく、まるで何事もなかったかのようだ。


思い違いだったか……? あの一瞬で、無意識に僕はノートを片付けていたのだったか。とっさの出来事だったので曖昧だった記憶が、だんだん形を帯びて、そんなようだった気もしてくる。


とにかく、恐れていた事態にならず僕は心からホッとした。


「修一、どうしたんだよ急に」

「いや、何でもない。何でもないんだ」

「何かあった時のセリフだな……まあ、いいけどさ」


後から追い付てきた新橋と共に、僕たちはいつも通り部室での昼ご飯を取ることにしたのだった。





昼休みが終わり、午後の授業。席に着くなりすぐに机の中を確認すると、例のノートが出てきた。やはり無意識にしまっていたのだと安堵し、何の気なしにページを開く。


だが、すぐに様子がおかしいことに気付く。ちょうど「意味怖」のアイデアを書きなぐったページの端、明らかに僕の物ではない筆跡で何か書き足されている。それは、最後の一文である「記者は何に気付き、取材を中止したのだろうか」に答える言葉となっていた。



――実は少年が犯人で、記者は恐ろしくなって取材をやめたのだよ!――



ご丁寧に太字で「ババーン!」などと効果音まで付け足されている。一体誰がこんなことを。


いや……こんな迷惑行為を堂々と働く者など決まっているじゃないか。


僕は顔を上げ、教室の斜め前方、疑わしき人物の方へと目線を向けた。


授業時間は皆が思い思いの時間を過ごしている。黒板の文字に集中したり、教科書に目を落としていたり、隠れてスマホを見ていたり……。


そんな中、そいつはじーっとこちらを見続けていた。


彼女は、一体いつからこちらの反応を伺っていたのだろうか。目が合ってしまい、視線を逸らしたくなるのを何とか抑えながら、抗議の意を込めて僕は目を細めた。


それに対し奴は、若狭百恵は、ヘラっと口元を緩めこちらにピースを向けてきやがった。


「……っ」


僕はもう耐えきれず、ノートに顔を落とす。


クソ、一体それは何のピースなんだ。何の!


お前がしていることは、「他人のノートに落書きをする」という最低の行為なんだぞ。分かっているのか!?


僕はぐちゃぐちゃになった感情のまま、ノートの最後に一文を書き足す。



――不正解。少年のケガは、殺された高校生4人によるもの。少年はいじめられており、連続殺人犯は悪である4人を殺した。それがマスコミにとっては不都合だったのだ。――



書き終わった勢いのまま、僕はノートをバンと閉じた。


真実とは、残酷なものなのだ。フィクションであれ現実であれ。


僕はそれを知っている。


だから、絶対に奴らに屈したりなんかしない。

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