3ー7
「はぁ……それにしても、俺の卒論はどこ行ったんだろうな」島田がため息をついた。
「傷害事件はなかったけど、結局卒論は見つらないままだし……」
「卒論?」西島先生が眉を上げた。
「あ、もしかして君達がここに来たのは、それが目的だったのかい?」
「そうなんです」島田が頷いた。「俺が教室に忘れた卒論を、先生が預かってるって恵里から聞いて。でも、この部屋の中どこ探してもなかったんですよね。先生が気絶してる間に盗まれたのかもしれません」
島田は肩を落としてため息をついた。だが、西島先生はあっさりと言った。
「いや、卒論ならあるよ」
「え、どこですか!?」島田が弾かれたように顔を上げた。
「この部屋にはないよ。君の同居人だっていう子に預けたんだけど、聞いてない?」
「同居人?」由佳が眉根を寄せた。
「あぁ。ピザのデリバリーをしてくれたアルバイトの男の子だよ。確か中村君と言ったかな。
僕が島田君の卒論を読んでいる時に、中村君がデリバリーを持ってきたんだけど、中村君が卒論の表紙に書かれた名前を見て、それはルームシェアをしている先輩の物だと言ったんだ。昨日、卒論がないと言って君が大慌てしていたから、自分が家に持って帰って渡すと言ってくれてね。それで僕は中村君に卒論を渡したんだよ」
「え、つまりそれって……」
由佳が言いかけた時だった。床に這いつくばっていた茉奈香ががばりと身体を起こすと、猛然と由佳達の方に歩いてきた。
「……そう、これで謎は全て解けました」茉奈香が威厳を取り戻して言った。
「ピザの配達員である中村君とは、すなわち魚トリオの一員である軽音サークルの中村君のこと。あなたは中村君とルームシェアをしていたが、そのことには一言も触れなかった。そうですね? 島田君」
「ま……まぁその、言うタイミングがなかったし」島田が言い訳がましく言った。
「そういう情報の出し惜しみが、調査を攪乱させることになるんです!」茉奈香が腰に手を当てて島田に迫った。
「あなたが最初から全ての情報を出してくれていれば、あたしはもっと早く真実に辿り着けたんですからね!」
「それ、完全にセキニンテンカじゃないっすか?」
井上が誰にともなく呟いた。山田がまったくだ、という顔で頷き、佐藤は「君、実はバカじゃないよね?」と井上の方を見やる。その隣で恵里が「魚トリオって何?」と萌に尋ね、萌が「わかんない。でも萌達には関係ないよね」と言って笑っている。
「とにかく、これで卒論の所在ははっきりしました」茉奈香が批判を物ともせずに言った。
「卒論は西島先生の手から中村君の手に渡った。つまり、今頃は島田君の家に戻っているのです。灯台下暗しとはまさにこのことですね」
茉奈香がそう言った時、どこからか携帯電話の着信音が聞こえてきた。島田がはっとしてポケットからスマートフォンを取り出して通話する。
「あ、もしもし中村? うん。あ、今バイト終わって家着いたとこ? うん、それで……あ、マジで? いや、今俺もちょうどその話しててさ。うん、あるならいいんだ。サンキューな。うん、俺ももうちょっとしたら帰るから。じゃあな」
島田がそう言って通話を終えた。全員の物問いたげな視線にぶつかり、島田が苦笑しながら通話の内容を説明する。
「……今、中村から電話あって、卒論家に持って帰ったって」
その一言で、島田と西島先生以外の全員が大袈裟にため息をついた。安堵や解放感よりも先に、徒労感が室内に充満していく。
「やれやれ、情報が不完全だったとはいえ、一つの事件にこれだけ時間をかけてしまうとは……名探偵の名が聞いて呆れますね」
茉奈香が肩を落として言った。腕時計に視線をやると時刻は15時過ぎ。解決までたっぷり4時間半もかかってしまった。
「かの有名な英国紳士なら、もっと迅速に事件を解決できていたでしょう。やっぱりあたしは、名探偵には向いていないのかもしれません」
かなりショックを受けているのか、茉奈香は悄然として項垂れている。学生達は困惑して顔で見合わせ、西島先生はもっと困惑した顔で学生達を眺めている。
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