3ー8
「あの、ちょっといいっすか?」
声を上げたのは井上だった。茉奈香が顔を上げて彼の方を見る。
「確かにポンコツなとこはあったっすけど、俺、タンテーさんの推理は悪くなかったと思うっすよ。なるほどなってとこもあったし、全然向いてないわけじゃないと思うっす」
「うん、僕もそう思うよ」山田が微笑んだ。「限られた手がかりから犯人を絞り込んでいくのは、まさに名探偵って感じだったしね。まぁ、推理の方向は間違ってたけどさ。
それに、事件の調査をするのも楽しかったよ。僕、こんな性格だから友達作るのも苦手なんだけど、この事件のおかげで佐藤君や井上君とも仲良くなれた。探偵さんにはお礼を言わないとね」
「まぁ……退屈しのぎになったことは確かだね」佐藤も頷いた。
「最初はくだらないお遊びだと思ってたけど、それなりに興味深い知的ゲームだった。君もあと10年くらい修行を積めば、一人前になれるかもしれないね」
茉奈香はまじまじと野菜トリオを見つめた。感極まったように目を細めると、震える声で「皆さん……」と呟く。
「あたしも、アンタはそこまで自分否定しなくていいと思う」
声を上げたのは恵里だった。茉奈香が彼女の方に視線をやる。
「もし、アンタがいなかったら、あたしは今も自分のキャラキープしたままで、萌とも仲悪いままだったと思う。でも、アンタがあたしの気持ち代弁したくれたおかげで、ちょっと目ぇ覚めた気がしてるんだ。おかげで萌とも友達になれたし、感謝してるんだよ」
「うん! 萌も感謝してる!」萌が輝くばかりの笑みを茉奈香に向けた。
「今日お呼ばれしなかったら、萌、ずっとエリちゃんと仲良くなれなかったもん。みんなでお喋りするのも楽しかったし、萌、タンテーさんがいてくれてよかったと思う!」
照れくさそうな笑みを浮かべる恵里と、そんな恵里の腕にじゃれつく萌。すっかり打ち解けた二人を前に、茉奈香は「二人とも……」と涙ぐみそうになる。
「ま、結果的にいろんなことが上手くいったわけだし、初陣としては上々じゃない?」
由佳が茉奈香の肩にぽんと手を置いた。手帳を広げて何やら書きつけると、茉奈香の眼前に掲げて見せる。白いページに花丸が書かれていた。
「そうだな。何だかんだ言って楽しかったし、俺もお前に依頼してよかったと思うよ」
島田も言った。思いがけず暖かな言葉をかけられ、茉奈香は目頭が熱くなってきた。
「はぁ、何だかよくわからないけど、事件は解決したみたいだね?」
西島先生が学生達を見回しながら言った。今の会話から状況を把握しようと努めていたらしいが、さすがにその全容は解明できなかったらしい。
「では、事件解決を祝して、もう1回ピザを頼むことにしようか」西島先生が言った。
「そこにあるのは冷めちゃってるし、なぜか半分くらい減ってるし……。この人数だと3枚くらい頼んだ方がいいかな?」
「え、いいんすか!?」井上がぱっと顔を明るくした。
「あぁ、君達には心配をかけてしまったようだからね。私の奢りだから、遠慮なく食べていくといいよ」
「やったー! 俺、昼食抜きだったから腹ペコなんすよ!」
井上が勢いよく万歳をした。佐藤が小声で「さっきもピザ食べたじゃないか」と突っ込みを入れる。
「ふう……。長い1日だったけど、これでようやく一件落着だね」
由佳が息をついた。手帳の最初のページを捲り、『解決』という文字を書き加える。
「うん、あたしも、自分がいかに未熟かってことがよくわかったよ」
茉奈香が苦笑した。事件を解決して華麗に名探偵デビューするつもりだったのに、実際にはことごとく推理を外し、自分の至らなさを思い知らされただけだった。警視庁で四苦八苦する兄と同じで、自分もまだまだ新米に過ぎないということだ。
「ま、いいんじゃない? これからまだまだ時間あるし、ちょっとずつ勉強していけば」由佳が慰めるように言った。
「そうだね。あたしの力を必要としてくれる人のためにも、もっと頑張らないとね」
茉奈香が頷いた。この世の中には、きっとまだ見ぬ難事件がいくつも眠っている。事件を解決し、
「……でも今は、この事件が無事に解決したことを喜ばないとね」
茉奈香はそう言ってにっこりと笑うと、研究室にいる面々を見回した。調査の段階では、怯えや不安、怒りや悲しみなどの感情を滲ませたそれらの顔には、今や一様に晴れやかな笑みが浮かんでいる。
それを見つめていると、人々が抱える問題を解決し、安らぎと笑顔をもたらすためにも、やはり自分は名探偵でありたい、と茉奈香は強く思うのだった。
[名探偵 木場茉奈香の事件簿 完]
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