1ー6

「さて、残るは井上君です」


 茉奈香はベンチから立ち上がると、井上の真正面に立って彼を見上げた。井上が気圧されたように身を引く。


「井上君の発言を思い出してみてください。『単位が足りないから卒業できるかわからない』、『卒業できたら何でもいい』……。いずれも、彼が学業にさして関心がないことを示しています。彼は山田君や佐藤君のように何かを学ぶために大学に入ったのではなく、4年間遊ぶために大学に入ったのでしょう。つまり、『学業に不熱心』という犯人の特徴が該当するのは井上君だけなのです」


「じゃあ、『大胆な性格』の方は?」由佳が尋ねた。


「一連の発言だけでは、井上君が大胆かどうかを推理することはできません。」茉奈香が残念そうにかぶりを振った。

「ですが……言葉よりも雄弁に、彼の大胆さを語るものがあるではありませんか」


「何それ?」


 由佳が眉を寄せた。茉奈香は意味ありげに顎に手を当てると、井上の顔を――いや、彼の顔の上にある、眩いばかりの金髪を見つめた。


「彼の髪の色を見てください。いっそ清々しいほどの金髪です。就職活動に関係がない2回生とはいえ、ここまで髪の色を変えるには相当な勇気がいるはず。この髪の色こそが、彼が大胆な性格であることの何よりの証拠なのです」


「はぁ……」


 由佳が納得したのかよくわからない表情で呟いた。他の3人も首を捻りながら井上の頭髪を見つめている。


「とにかく、井上君。あなたが島田君の卒論を盗んだことは間違いありません」茉奈香が重々しく言った。「大人しく自白した方が身のためだと思いますよ?」


「いや、マジ誤解ですって! 俺、ソツロンのことなんかなーんも考えてねぇし!」


 井上が胸の前で両手を振ったが、茉奈香は疑いの眼を向けたままだ。両の腰に手を当て、無言で井上を睨みつける。


「でもよ、木場。井上が犯人だとしたら、1つわからない点があるぜ」


 島田が言った。茉奈香が井上から視線を外し、井上が目に見えてほっとする。


「俺は部室に行ってから、鞄を置いて1回トイレに行った。もし井上が犯人だとしたら、その間に卒論を盗んだってことだよな?

 でも俺が会った時、井上は鞄を持ってなかったんだ。家から直接部室に来たらしくて、財布と携帯しか持ってなかった。そんな状態で、井上は俺の卒論をどこに隠したんだ? 俺がトイレに行ってたのはせいぜい2、3分だったし、隠してる暇はなかったと思うぜ?」


「なるほど、いい着眼点ですね」茉奈香がにやりと笑った。


「島田君と会った時、井上君は鞄を持っていなかった。そして、島田君が現場を離れていたのはほんの数分……。それだけの短時間で、島田君に悟られないよう卒論を隠すことは不可能。つまり、井上君には卒論を隠す手立てはなく、犯人ではない……。一見的を射た推理のように思えます」


「せんぱぁい……」井上が目に涙を浮かべて島田を見つめた。


「ですが、本当に鞄以外に隠し場所がなかったのか、確認せねばなりません」茉奈香が首を横に振った。

「これから現場検証に入ります。島田君、あなたが昨日井上君と会ったという部室に案内してください。そこで全ての真相が明らかになるでしょう」


 どうやら名探偵はまだ諦めるつもりはないようだ。島田が気圧されたように頷き、井上ががっくりと首を垂れた。

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