1ー7

 島田に案内されて茉奈香達がやってきたのは、軽音サークルの部室だった。狭い一室の中央にはプラスチック製の机があり、開封されたスナック菓子やらジュースやらが乱雑に置かれている。その奥には巨大なスピーカーが置かれ、傍らにあるラックにはCDがぎっしりと詰め込まれている。壁際の棚には楽譜が無造作に突っ込まれ、足元には学祭のパンフレットやビラが入った紙袋が所狭しと並んでいる。お世辞にも整理が行き届いているとは言えないその空間は、いかにも『暇を持て余した学生の溜まり場』といった雑然とした雰囲気を醸し出していた。


「うわー、ごちゃごちゃしてるね。うちのサークルの部室も大概散らかってるけど、ここまでじゃないなぁ」


 由佳が呆れとも感心ともつかない声を上げた。すでに引退しているが、彼女も吹奏楽のサークルに所属しているのだ。


「まぁ俺らのサークルは男ばっかだしなぁ。片づけようって気にもならねぇんだよ」島田が頭を掻いた。


「でも、これだけ物が多いんだったら隠し場所なんていくらでもありそうだね。そこの棚なんかちょうどいいんじゃないの?」山田が楽譜の突っ込まれた棚を指差した。


「確かに、木を隠すなら森の中と言うし、卒論を隠すなら紙の中、と考えても不自然ではないね」


 佐藤も頷いた。この2人はお役御免なので帰ってもいいと言ったのだが、なぜかついて来ていた。


「ふむ、それでは、事件発生時の状況を再現してみましょうか」茉奈香が顎に手を当てた。

「島田君が部室に来た時、井上君は何をしていましたか?」


「あの時は……井上はそこに座ってギターを弾いてたよ」島田がスピーカーの前にあるソファーを指差した。

「練習室は上の階にあるんだけど、鍵を別に借りないといけないから、面倒な時はここで練習することもあるんだ」


「なるほど、その時部室には、井上君しかいなかったのですか?」


「そうだな。いつもは大体2、3人いるんだけど、その時は井上だけだった」


「それで、島田君が部室に来た後も、井上君はギターを弾いていたのですか?」


「いや、あいつは練習疲れたって言って、ケースに一旦ギターをしまったんだ。それからはずっと2人で喋ってたよ」


「島田君がトイレに行く時と戻った時、井上君は何をしていましたか?」


「何をって……特に何もしてなかったよ。行く時は普通に携帯いじってたし、戻った時も……あ」島田がふと何かを思い出した顔になった。


「どうしました?」茉奈香が目ざとく尋ねた。


「いや、大したことじゃないんだけど……。俺が部室のドア開ける直前、窓から井上が見えたんだけど、その時あいつ、ケースの前に屈みこんでたんだ」


「ケース?」


「あぁ、さっき言ってた井上のギターが入ったやつだよ。俺がドア開けたら、あいつ、びっくりした顔で振り返って。何してんだって聞いたら、そろそろ練習始めようと思って、楽器出そうとしたんだって言ってた。で、俺もバイトの時間迫ってたから、邪魔しちゃ悪いと思って帰ることにしたんだ。井上はそのまま部室に残ってたよ」


「ふむ……。どうやら今の証言で真実が見えたようですね」


 茉奈香が不敵な笑みを浮かべた。一連の話を黙って聞いていた井上が、不安そうに茉奈香を見やる。


「この部室には、確かに卒論の隠し場所となりそうな場所がたくさんあります」茉奈香が机の周りを歩きながら言った。

「スピーカーやCDラックの裏、楽譜の入った棚、パンフやビラの入った紙袋……。これだけ物が雑多に置かれている以上、どこに卒論があったとしても不思議はありません」


 茉奈香はそこで一旦言葉を切った。腕組みをし、室内をぐるりと見回してから続ける。


「しかし、部室内に卒論を隠すことにはリスクもあります。今回、島田君はたまたまトイレから戻った直後に帰宅したものの、井上君が卒論を盗んだ段階では、島田君がいつ帰宅するかはわかりませんでした。

 もし、島田君がその後も部室に居座り、気まぐれに棚や紙袋を漁ることがあれば、すぐに井上君の犯行は露見した。井上君はその可能性を考慮して、もっと安全で確実な場所に卒論を隠すことにしたのです」


「もっと安全で確実な隠し場所? どこよそれ?」由佳が眉を寄せた。


「それは……ギターケースです」


 茉奈香が勝ち誇った顔で言った。井上の顔がみるみる青ざめていく。


「島田君の証言を思い出してください。彼がトイレから戻った時、井上君は自分のギターケースの前に屈み込んでいた。井上君はその行動を、ギターを取り出そうとしたものだと説明しましたが、真実は違った。あの行動は、ケースの中に何かを入れるためのものだったのです」


「……まさか、それって」


 由佳が怖々と呟いた。茉奈香は大きく頷くと、明瞭な声で続けた。


「そう。井上君は盗んだ卒論を、自分のギターケースの中に隠したのです。いくら島田君でも、断りもなく人のギターケースを開けるような真似はしないでしょうからね。

 それに、もし島田君が部室に居座るようなら、井上君の方がギターケースを持って部室を出ることもできた。これ以上安全で確実な隠し場所はありません。ギターケースの中に、ギター以外の物が入っているはずがない……。井上君はその先入観を利用したのです」


 茉奈香はそう言って推理を締め括った。山田と佐藤が感心したような声を上げる。その傍らで島田は、「……木場は俺を何だと思ってるんだ?」と由佳に小声で悪態をついていた。


「さぁ、いかがですか井上君? あなたのギターケースを調べれば、あなたが卒論を盗んだかどうかははっきりするのですよ?」


 茉奈香は井上に詰め寄った。井上は青白い顔を強張らせていたが、やがてぶるっと身体を震わせると、腰を大きく折ってお辞儀をした。


「……すいませんでしたぁ!」






 このタイミングでの謝罪――。どうやら罪を認めたようだ。茉奈香はふっと息を漏らすと、片手でマッシュボブの髪を払った。名探偵としては、これしきの事件を解決するのは当然。それでも胸の内から愉悦が湧き上がり、茉奈香は顔がにやけるのを抑えられなかった。


 しかし、次の井上の言葉が思いがけない展開を巻き起こした。


「俺、確かに島田センパイの物パクリました! でもソツロンじゃありません!」

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