第2話 メイド服遺棄事件
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一同は呆気に取られてその物体を見つめた。裾がふんわりと広がる黒いドレスと、ポケットや裾に大ぶりのフリルのついた白いエプロン。男所帯の部室には似つかわしくないその可愛らしい衣装を前に、誰もが怪訝そうに眉を顰めた。
「井上……お前、そんな趣味があったのか。」
島田が引き攣った顔で井上を見つめた。茉奈香も由佳も、山田も佐藤も、ドン引きした顔で井上から距離を取り始める。
「いや、誤解っすよ! 俺、こんなフリフリのドレス知らないですって!」井上が慌てて手を振った。
「じゃあ何でこれが井上君のギターケースから出てきたのよ?」茉奈香がメイド服を広げながら言った。
「知らないっすよ! 俺、そんなもんが入ってるって今まで知らなかったし!」
「じゃあ、知らない人のメイド服が井上君のギターケースに入ってたってこと?」由佳が不可解そうに言った。「そんなことある?」
「俺だってわかんないっすよ! でも、絶対俺のもんじゃないっすからね!」
井上は必死に弁解するが、周囲の目は懐疑的だ。動かぬ証拠を突きつけられ、誰もが彼を有罪だと決めつけているかのようだ。
「あ……これ、もしかしてあれか? 去年の学祭で使ったやつ?」
助け船を出したのは島田だった。井上がすがりつくような眼差しを島田に向ける。
「ほら、女子の先輩がメイド服着て演奏するって話になって、その時部費で購入したやつがあっただろ? これ、その時のメイド服じゃないか?」
「あぁ、そうっすよ! そうに違いないっす!」井上が激しく頷いた。「これで俺が女装趣味じゃないってことが証明されたっすね!」
「でもさ、それが何で井上君のギターケースから出てくるのよ?」由佳が尋ねた。「まさか去年の学祭の後からずっとそこにあったわけじゃないでしょ?」
「俺がわからんのはそこだ」島田が腕組みをした。
「学祭が終わった後、メイド服は部室にしまったはずだ。それが井上のギターケースから出てきたってことは、誰かが部室からメイド服を取り出して、井上のギターケースにしまったってことだろ? 井上がこっそり着たんじゃなかったら、誰がそんなことするんだよ?」
「仮に井上君がメイド服を着たんだとしても、自分のギターケースには隠さないんじゃないかな。今みたいにみんなの前で発見されたら言い訳のしようがないし」
「だから俺は着てないですって! 俺、メイド服なんか触ったこともないんすからね!」
勝手に話を進める島田と由佳に対し、井上は必死に弁解を続けている。もはや有罪は決定的かと思われたが、そこでようやくこの人が口を挟んだ。
「ふむ……これはもしかすると、第二の事件かもしれませんね。」
勿体ぶった口調で言ったのは茉奈香だった。周囲の視線が一斉に彼女の元へ集まる。
「部室からギターケースへと移動したメイド服の謎……。この第二の事件を解明できれば、卒論盗難事件も解決に向かうかもしれません」
「本当に?」
由佳が首を傾げた。卒論とメイド服に何の関係があるのかと言いたいのだろう。だが茉奈香の耳にはどこ吹く風だ。
「まずは、この新しい事件に関する手がかりを集めることにしましょう。井上君、あなたが最後にこのギターケースに触れたのはいつのことですか?」茉奈香が尋ねた。
「え? えーと、昨日島田センパイが帰ってから1時間くらい練習して、その後で俺もバイトあって帰ったから……16時半くらいっすかね?」井上が当惑しながら答えた。
「昨日の時点では、メイド服はポケットになかったのですね?」
「なかったすっよ! 俺、普段から何でもかんでもここに放り込んでますけど、さすがにこんなのがあったら気づきますって!」
「となると、犯人は井上君が帰った後で、ポケットにメイド服を入れたってことだね」由佳が顎に人差し指を当てた。「楽器は部室に置いていったの?」
「いや、練習室に置いてったっす」
「つまり犯人は、昨日の16時半以降から、今日井上君があたしに呼び出されるまでの間に、練習室に侵入できた人物ということですね」茉奈香が頷いた。「練習室の鍵はどこにあるのですか?」
「この棟の1階っす。管理人のおじさんがいるんすけど、その人に学生証見せて、メーボみたいなやつに自分の名前とか借りた時間とかを書いてから借りるんす」
「別のサークルの人が鍵を借りることもできるのですか?」
「おじさんがチェックするのは学生証だけなんで、できなくはないっすけど、あんまりやる奴はいないと思うっすよ。他の部員に見られたらメンドーだし」
「ふむ。となると練習室に侵入したのは、同じサークルの学生である可能性が高いというわけですね。その名簿を見せてもらうことはできますか?」
「メーボは1階にあると思うっすけど、おじさん見せてくれるっすかね?」井上が首を傾げた。
「調査に協力するのは市民の義務ですから、快く見せてくださると思いますよ。」
茉奈香が自信満々に言った。その自信はどこから来るんだ、と全員が突っ込みたくなった。
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