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 恵は胸に抱いた希望を撫ぜながら、樹々に挟まれた梅林寺の土道を歩いていた。上から見下ろす筑後川は陽光に抱かれ、内部では巨億の土砂を流しながら、表面は世界じゅうのダイヤモンドを散りばめたように興奮して波立っていた。水鳥たちもまぶしそうに揺れていた。

「れんは来んみたいやけん、のぞみちゃんを車に乗せて帰ろうか?」

 そう子猫に呼びかけながら、水溜りを避けた時、突然女性の怒れる声が聞こえた。

「れん、てめえ、覚悟しいや」

「あっ」

 胸騒ぎに樹々の間から凝視すると、誰かが一人、下の河原で立ち上がった。髪の一部が血糊で小さな角のように固まっていて、何やら叫んでいるその男は、弟の蓮だ。昨夜から着ている黒のティーシャツがひどく汚れている。そして今まさに彼へ駆け寄っているのは、狂った顔の美智だった。恵を捨てた春雄の妹、川島美智。彼女の手にした黒い物から、銀に光る刃が剥かれた瞬間、恵の口から「あっ」と声がもれた。弟の命の危機を直感したのだ。子猫を放って、河原へ駆け下りるしかなかった。だけど濡れた草に覆われた眼下の坂はあまりにも急で、四メートルほどの高低差に目眩を覚えた。それでも一瞬の躊躇さえ命取りなのだ。死ぬ気で降りていた。すぐに滑って幾つもの幹に分かれた樹に激突して止まった。頭を打って薄らいだ意識に、また鬼女の声が聞こえた。

「ちくしょうめ。ゆうじの無念を、あたしが晴らすとぞ。死ねや」

 顔にまとわりつく濡れたクモの巣を指でぬぐい、恵はさらに飛び込むように駆け下りた。恵が蓮へぶつかるのと、美智が叫び声を発しながら襲いかかるのと、ほぼ同時だった。













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