25
土曜の早朝、寝起きのままの黒のティーシャツの下に学生ズボンを穿き、蓮はこっそり家を出た。荷籠の血に汚れた金槌をタオルで隠し、奪い戻した自転車に乗った。
コンビニに寄って、小銭入れの中身を確認すると、三百三円入っていた。それで猫缶を二つ買った。
筑後川へ向かい、河原に降りて水際に自転車を留めた。川の水で金槌を洗うと、血の赤褐色が大河に溶け込んだ。
風にも水流にも逆らって、川辺のサイクリングロードを梅林寺へ向かった。大河には西から迫り来る巨大な黒雲の影が映り、無数のさざ波が悲壮な時運を奏でていた。
ねぐらの樹の隙間から、黒い子猫は顔を出し、彼女を呼ぶ声に「ミャアミャア」応えながら草原へ駆け下りた。折れた前後の右足を巧みに動かし引きずりながら、愛しい人へとまっしぐら、ズボンに爪をかけて軽々駆け上がった。
「わあ、のぞみは美にゃんねえ」
蓮は円らな瞳のエメラルドを覗きながら、黒い小さな頭に指を滑らせた。
希望は口を大きく広げて笑い、「ミャア」と呼びかけながら、前足の一つを蓮へ差し伸べた。
蓮が全身を撫でまわすと、希望は「幸せ」としゃべるかわりにグールグール喉を鳴らした。
希望が猫飯を食べている間に、蓮は河原を出て、長門石橋を渡り、川島美智の家へ急いだ。
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