21

 床に横たわる蓮の赤い目が開かれた時、ひび割れた汚れ窓から血生臭い夕陽が差し込んでいた。立ち上がって見まわした。錆びた機械があちこちにある。ここはどこだと考えていると、シャッターが開いて卓巳たちが入って来た。

 信じ難い現実を思い出し、蓮は眼を剥いて卓巳に詰め寄った。

「ジャンヌは? ジャンヌをどうした?」

 蓮がそう問うと、卓巳は心を覗き込むように見つめ返して言う。

「裏の畑に埋めてやったけん。おまえ、絶対、誰にも言うなよ。しゃべったら、佐藤のぞみが死んだのは、全部おまえのせいだと言うけんな。それだけじゃねえぞ。おまえも同じ目に合わせてやるけんね」

 蓮はふらついて倒れそうになりながらも聞いた。

「埋めたって? それじゃ、ジャンヌは死んだと?」

「ここで焼くのを、おまえも見ていたじゃないか」

 蓮は顔をしかめて首を振った。

「焼いただってえ? 嘘だ。クラスメイトを焼くなんて、ありえんやろ」

 蓮は怒りのあまり、卓巳につかみかかっていた。だけど簡単に投げ飛ばされ、倒れた腹や頭へ裕次の蹴りが浴びせられた。

「本当に殺されたいとか?」

 と裕次は脅しながら顔面を蹴った。

 蓮は口内の血を吐き出して、しわがれ声で聞く。

「おまえらに、こんなことする権利があると?」

「権利ならあるぜ・・」

 裕次はそう言いながら、反射的に横を向いた蓮の顔を靴の裏で踏みつけた。

「おまえらは弱いし、おれたちは強い。人間の歴史は、差別の歴史じゃねえか。強者が弱者を差別し、自分の存在価値を高める。みんなやってきたことだし、これからもなくならねえぜ」

 裕次の靴が顔から離れると、今度は卓巳が蓮の横にしゃがみ、髪をつかみ上げて諭した。

「この世は弱肉強食なんばい。おまえだって、蠅や蚊を叩き潰したことがあるだろ? だいたい人間と虫けらと、どっちが価値があると思うね? 生物の授業で習っただろ? たかだか遺伝子の数が違うだけで、どっちも同じ生命なんだぜ。人間の方が価値があると思うのは人間だけで、虫けらからしてみれば、自分たちの方が大事なんだ。もし、人間に虫けら以上の英知があるとすれば、それは、自分たちが虫けらと同等の価値しかないと認識できることだぜ。ただ、あるのは、弱肉強食なんだ。おまえも頭がよかけん、分かるやろ? 強者が弱者を殺す・・これが自然のおきてなんだ。そしておれたちは、自分が生きるためには、たくさんの命を殺さなきゃいかんとよ」

「弱肉強食? おれたちは、虫けらと同等? だからジャンヌを食い物にしてよかと? だからおれをいじめてよかと?」

 夕闇に沈んでいく悪魔の顔を、蓮は熱く見つめていた。

 卓巳は強者の笑いをもらした。

「おまえが受けてきたいじめなんて、人間が動物たちにやっている虐待、虐殺に比べりゃ、屁みたいなもんじゃなかね? 豚、鶏、鴨などよ、人間が肉や卵や肝臓を食べるために、生まれてから首を切られるまでずっと虐待され続けるとばい。大量生産、コスト削減、利益追求のために、人間はどげんことだってするとよ。動物たちにだけじゃねえぜ。歴史の教科書を見てみな。コロンブスは新大陸を発見して名を残しているけどよ、やつらがやったことといえば原住民の大量虐殺じゃねえか。コロンブスがその地をインドと間違え、本当のアメリカ人をインディアンと呼び、強者たちが彼らから土地を奪い取って、何でも都合のいい理由をつけて正当化してきた。それが人間の歴史なんばい。この国の歴史を含めて、例をあげたらきりがねえ。おれたちゃな、自分が生き残るためなら、平気で命を奪っちまうとよ」

 密度を増していく闇に、蓮は確認した。

「本当に、それで、いいとやね?」

「気味の悪いやつめ」

 卓巳は蓮の脇腹を深く蹴り込むと、背を向けてシャッターの方へ歩きながら言った。

「もう行くぜ。ゆうじとけんすけは、うちでコーラでも飲んでいきな」

 















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