20

 隣の鉄工所跡から大きな麻袋を卓巳が持って来て、裕次と健輔の手を借り、動かなくなった佐藤希望を詰め込んだ。怪力の健輔がそれを鉄工所へ運んだ。失神から目覚めると突然幼子の声で泣きだした蓮も、服を着た後、卓巳と裕次に連行された。卓巳は一旦家へ戻り、血の付いたシーツと灯油を持って来ると、鉄工所のシャッターを下ろした。換気のために上部の窓を幾つも開け、周りに火が広がらぬ場所に娘の入った麻袋を移させた。そしてそれに大量の灯油をかけ、血で汚れたシーツを被せた。

「いいか、れん、よく聞けよ。おまえが来んかったら、のぞみは自殺なんかしちゃいねえ。だからおまえ、このことを誰にも言うなよ。もしこのことが世間に知れたら、この淫乱女だって、ひどい噂を背負って地獄へ行くことになるけん」

 引き攣るように泣き続ける男の肩を叩いて、卓巳はそう言い聞かせた。

「早く救急車を呼んで。ジャンヌが死んじゃうよお」

 泣き虫ピエールの声が鉄工所跡内に響いた。

「何だ? こいつ、声がおかしいぞ」

 と言いながら、卓巳は血に染まったシーツにも灯油をかけた。

「何てことするの?」

「もう、のぞみは息をしていないとよ」

「だめえ、だめえ」

 止めようとするピエールを、健輔と裕次が引き留めた。

「のぞみは死んだと。自殺したと」

 と裕次が諭す。

 ピエールは母を亡くしたばかりの幼い少年のように狂乱的に首を振った。

「舌を噛んだくらいで、死ぬはずないよ」

 卓巳がマッチを擦って火をつける。

「死んだとよ。どっちみち、この女はおれたちを裏切って警察にチクるなんて言うけん、生かしちゃおけん」

「うわあ、うわあ」

 とピエールが悲鳴をあげる前で、卓巳は無情の火を灯油に浸されたシーツへ落とした。

 血に汚れたシーツに火がつくと、ボオッという音を上げ、その内の生死不明の娘が入っている麻袋とともに、刺激臭と黒煙を発散させながらあっという間に燃え上がった。身勝手な男たちに奪われ続けた白い肌が灼熱の炎に焼け、片恋の男の優しい指を求め続けた栗色の髪が焼け、「好き」の一言さえ告げれなかった血まみれの唇が焼け、千の悲しみと一つの希望を見てきた鳶色の目が焼け、地獄の責め苦は内臓にも脳にも達して幾千万もの炎の刃を突き刺した。

 二人の剛力に両腕をつかまれて「ジャンヌ、ジャンヌ」と泣き叫んでいたピエールは、泡を吹いて死んだように動かなくなった。












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