19
宮川卓巳が坂口蓮の家の近くに越して来たのは、彼らが小四の夏の事だった。当時、蓮は卓巳と友だちになり、何度か家へ遊びに行ったことがある。
その場所へと、蓮は息を切らせて走って行った。卓巳の他界した祖父が個人経営していた小さな鉄工所跡の隣に、その大きな家はあった。家の前には自転車が四つ留めてあった。玄関のノブを回してみた。鍵は掛かっていない。そおっと開けて中を見た。ジャンヌのものと思われる靴がある。耳を研ぎ澄ますと、目前の階段の上方から娘の悲鳴が聞こえた。蓮は靴を脱ぎ、我を忘れて階段を駆け上がった。二階には右と左にドアがあった。娘の声は途切れていたが、蓮は昔遊んだ卓巳の部屋を覚えていて、右のドアを開いた。
そこは十二畳ほどの広さの板床の部屋で、大きな窓が二か所あった。机が二つあって、一つはパソコン専用のようだ。大画面の薄型テレビ、洋服ダンス、ソファー、そして大きなベッドがあり、その上で肌をあらわにした男女が絡み合っていた。
「遅かったな、れん、待ってたばい」
ベッドの向うに立つ卓巳が白い歯を見せた。
「待っていたって、なぜ?」
蓮は卓巳を壊れかけた目で見た。
「だって、おまえ、のぞみを、ジャンヌって呼んでたやろ? おまえとのぞみは、特別な仲なんじゃないのか?」
呪術師のような卓巳の眼差しを避け、
「ジャンヌ」
と蓮は呼んだが、女の裸体のまぶしさに、罪を感じるほど頬が熱くなった。
女を下敷きにしていた男が向うへ離れ、片肘をついて男根を見せびらかすように横向きに寝た。蓮を見て不敵に笑うそいつは裕次だった。
白い肌が桜色に染まる女は、両手で顔を覆って、人形のように動かない。
卓巳が隣に立つ健輔の肩を抱いてせせら笑った。
「ほら、こいつ、のぞみのことを、やっぱりジャンヌって呼んでる。こいつら、とっても仲がいいみたいやな。そういうことなら、れん、今日は特別におまえにいいものを見せてあげるぜ」
「いいものって?」
蓮の声はみすぼらしいほどかすれてしまった。
卓巳は前へ踏み出し、桜色の肌を指で撫ぜながら説明する。
「この女はな、おれに興味あるようなそぶりを見せたから、おれたちもこのすごい体に興味あったし、食事に誘ってあげたんだ。そしたら家まで付いて来やがった。三人でこの女をおいしく食べさせてもらったよ。それから、もう三か月もおれたち三人といい仲なんだぜ。おれたちがしっかり調教してやってるとよ。よし、今日はれんに大サービスだ。れんも仲間に加えてやるよ」
蓮は眉を吊り上げた。
「仲間に加える?」
「何だ? おまえ、女を知らんとか? だったら教えちゃるけん、服を脱ぎな」
蓮は怒りの目で首を振った。
「大事なクラスメートに、こんのことしちゃいかんやろ?」
卓巳は身を引いてソファーに座り、侮蔑の目を蓮にぶつけた。
「おまえものぞみと同じことを言うとやね。だけどよ、おまえはこの女の何を知っとっとや? こいつはひどい痴女なんばい。この女はな、こんなことをするために、今日も、おれについて来たとぞ」
ベッドの裕次が、筋肉が盛り上がった腕を女の白い肌へ伸ばし、支配するように胸から下腹部へ指を滑らせ、口を出す。
「いいか、れん、いいこと教えてやるぜ。女ってえのはな、相手を好きだからセックスするとじゃないんだぜ。逆なんだ。それを商売にする女は別として、女はな、セックスする相手を好きになるとよ。嘘でもよかけん、好きだ好きだって言ってよ、女の体を奪っちまえばこっちのもんさ。川島みちだってそうばい。おまえだって、やってみれば分かるけん」
悲しみと怒りが混じった目で、蓮は裕次を睨んだ。
裕次の前の生贄の女に目を移すと、顔を隠す指の隙間から涙が流れ出ている。
蓮は制服のシャツを脱いで、それで娘の胸を覆い、肌着も脱いで下腹部も隠した。それから野獣たちを睨んで首を振った。
「嘘だ。おまえらこそ、このこの本当の心を知らんとよ」
卓巳が唇をゆがませて嘲笑した。
「そんなこと言いながら、服を脱ぎよるぜ。れん、おまえ、のぞみのことを知った気でいるようだけど、おまえがここへ来る前に、この女はな、おれとけんすけに抱かれて、ひいひい悦んでいたとやぜ」
「嘘だ、嘘だ、そげんことありえん」
憤怒で蓮の体も紅潮したが、胸も背もアザや傷や火傷跡で覆われており、その変化は見識しづらかった。
「嘘だと思うなら、おまえもその体で確かめてみらんね。ほら、早く下も脱げよ。けんすけ、ゆうじ、こいつはシャイやけん、おれたちが脱ぐのを手伝ってあげようぜ」
卓巳が立ちあがり、健輔と全裸の裕次の三人がかりで、抵抗する蓮に襲いかかった。熊のように大きな体の怪力健輔の羽交い絞めに、体が宙に浮き、蓮は息ができなくなった。
卓巳が蓮の胸の黒十字のネックレスを触りながら首をかしげた。
「だっせえ物、首から下げてるじゃねえか。おまえには、お似合いだけどよ」
蓮の意識が薄れているうちに、彼はズボンもパンツも一気に脱がして床へ放った。
健輔の責め苦から解放されて咳き込む蓮の背を、卓巳がベッドへ押した。
「ほら、れん、のぞみが、いや、ジャンヌだったな、ジャンヌが待っとるぞ。早く抱いてやらな」
蓮はベッドに手をついて踏ん張り、震えながら首を振った。
「違う、違う、ジャンヌはこんな女じゃない」
顔を覆うジャンヌの指が小刻みに震えた。
裕次が鼻で笑った。
「このばか、まだ言ってやがる」
卓巳が蓮の尻を女の方へ押し出す。
「男なら、さっさとやれよ」
蓮は女の肉体に触れぬようとどまった。女の艶やかな肌や甘い匂いから目をそらし、恋敵の裕次を睨みつけた。
「おれは男やけん、本当に好きな女としか、せん」
ジャンヌの震える指から嗚咽がもれた。
卓巳があきれ顔で隣の裕次を見た。
「こいつは、女というものも、男というものも、知らんみたいや。ゆうじ、おまえがさっきの続きをやって、この女の正体を見せてやりな」
裕次の顔が獲物を前にした狼になった。止めようとする蓮を健輔へと振り渡すと、蓮が被せた服を、女から剥ぎ取った。
やめろやめろともがく蓮を、健輔が太い腕でもう一度羽交い絞めにして動けなくした。
裕次が蓮の股間を嗤った。
「れん、おまえは、このすごい体を見ても立たねえのか? ほら、よく見ときな」
ジャンヌは一瞬、身をよじって逃げようとした。だけどすぐに押さえ込まれ、いきり立った肉棒を体内に貫入された。それがいきなり大太鼓の乱れ打ちのように体奥を震撼させると、もう抗う力を奪われていた。
「やめろ、やめろ・・」
と苦しげに繰り返す蓮の声が悪魔たちには快感のようで、巣窟に笑いがもれた。
凄まじい勢いで女に腰をぶつける裕次は、息を荒げながらも征服者の笑みで蓮を見ている。女の呼吸も乱れていった。その喘ぎに、我慢できない女の嬌声が混じり、甲高い悲鳴へと変わっていった。それは蓮の知らない女の淫らな声だった。
どうしようもない怒りを、蓮は恋敵にぶつけた。
「ゆうじ、教室でおまえは、みちを、おれの女、って言ったよな? それって、みちと付き合ってるという意味じゃなかとか?」
「ああ、みちは、おれの女だぜ。でもな、さっきたくみが言った通り、おまえは、女ってものを知らねえし、男ってものも知らねえんだよ。さあ、もっとよく見て学習しな」
裕次が腰の動きを速くすると、ベッドが軋みながら揺れた。濡れた肉がぶつかり合う濁音に合わせて、柔肌を熱く染めた女が、棒で殴打される獣のような苦しげな声をあげ始めた。
蓮は思わず呼びかけていた。
「ジャンヌ」
蓮を見た娘の恍惚の瞳から、生きる希望が抜け落ちるように涙がこぼれ出た。
「見らんでえ」
乱れた声が彼を焼き焦がし、熟した果実の揺れる色香に釘付けになった。
「ジャンヌ」
「見らんでって」
蓮は歯を食いしばって目を閉じた。するとこの現実がより鮮鮮と彼に入ってきたのだ。ベッドの軋みが激しさを増すと、桃色の肌が彼の胸でさらに鮮烈に燃え上がり、彼は股間に熱い痺れを覚えてしまった。
「もうすぐイクけん」
裕次の切なげな声が聞こえた。
狂乱する男女の硬肉と軟肉ががぶつかる振動も、甘い体液が砕ける匂いも増していく。蓮の知らない女の淫らな声も、さらにだらしなく絞り出された。そしてついに、急所をえぐられるような娘の最後の叫び声が、蓮の胸に太い杭を打ち込んだのだ。
「ああ、おちる」
ふいにベッドの振動が止まった。
女の苦痛の呻きと、男の「あああ」ともらす取り乱した声が聞こえた。
卓巳の狼狽した声も聞こえた。
「何だあ? 何なんだ、この血は?」
「舌を出して、噛みやがった」
裕次の言葉の意味が、凶暴なウイルスのように蓮の頭の中を壊していく。蓮は固く目を閉じたまま、ぶるぶる震え、すすり泣いていた。
「ちくしょう、ちくしょう」
と発しながら、卓巳が何かをし始めた。
蓮は目を開いて、涙で滲む地獄を見据えた。
卓巳は箱からティッシュを何枚も抜いて、ジャンヌの口に押し込んでいる。ティッシュが鮮血に染まっていく。
そのティッシュだけではなく、深く噛み裂かれた舌も喉を塞ぎ、ジャンヌは裂傷の激痛と窒息の苦悩に制圧され、全身を痙攣させていた。
裕次はベッドから降りて服を着ていた。
呆然とたつ健輔の腕を振り払って、蓮はベッドに飛び込んだ。
「もう、やめんかあ」
卓巳を押しのけ、白目を剥いてひきつけを起こしている娘の口からティッシュを次々抜き取った。
「ばか、ベッドが血で汚れるじゃねえか」
そう非難する卓巳の顔を蓮は怒りの拳で殴りつけたが、卓巳は寸前で避けてベッドから離れた。
「ジャンヌが死んじゃうじゃないか。早く救急車を呼べよ」
そう叫ぶ蓮に、卓巳が怒鳴る。
「ばかやろう、おれたちが捕まっちまうじゃねえか」
「今、何が一番大事なんだよ?」
蓮がそう問いかけた時、白い両手が彼の右手をつかみ、力を振り絞って引き寄せた。蓮が彼女へ崩れ落ちると、彼の背に白い腕が絡んだ。大きな乳房が蓮の胸を撃ち、裸の二人が重なり合った。
「ジャンヌ」
蓮も狂おしく娘を抱きしめていた。娘の血走った目が蓮の悲しい目を見つめ、最期に伝えたい思いを吐露しようと唇がひくひく開かれた。娘は詰まった喉に渾身の力を込めて最期の一言を叫んだ。だけどその絶唱は、声の代わりに口内に溜まった生血を噴き出させただけだった。蓮の顔から胸にかけてジャンヌの唾液絡みの血糊にまみれていた。それが目にも入って、蓮には悶絶しそうな娘が赤い鬼女に見えた。ジャンヌはもう一度だけ思いを伝えようと絶叫したが、喉を塞ぐ舌と血糊で、ごぼごぼ喉が鳴るばかりだ。
ジャンヌの微動する唇が「うい」と動いた様を見て蓮は聞いた。
「うい?」
ジャンヌは何かを祈願するようにうなずいたが、もう彼女の目は何も見えていないようだった。息をしようと詰まった自分の喉を両手の爪で掻きむしると、そこからも新たな血が溢れ出て、吐き出す血と混じり、蓮の首から下がった黒の十字架を濡らした。もがき苦しむ鬼女の爪は、いつしか蓮の胸へも移動し、静かに食い込んでいった。そして彼女が意識を失う瞬間、その悲しい爪は蓮の胸をどうしようもなく深く引っ掻いていた。蓮を根底から引き裂くように。彼の胸からも真っ赤な血が湧き出して滴り、黒十字へ達した。悲しみと怒りが一つになるように、二人の血が震えながら合流し、十字架の黒を呪わしく変えた。痛みのあまり意識が薄れる中、蓮は言葉にならない叫び声をあげ、深い絶望に沈んでいく娘を抱きしめた。
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