15

 川島家から美智が出てくると、見張っていた少年が携帯電話をかけた。

「吉川先輩、川島さんが家を出ます。また、連絡します」

 自転車で出かける美智を、彼ともう一人の少年が自転車で追った。

 七分ほどで総合ディスカウントストアに着いた。少年は再び吉川裕次に電話を入れた。

 ティーシャツとハーフパンツを物色し、グミとチョコパイも買って、美智は店を出た。自転車の荷籠に買い物袋を入れた時、声をかけられた。

「お姉ちゃん、こんにちわ」

「えっ?」

 振り返ると、二人の少年が笑っている。中学生くらいに見えるが、一人は金色に染めた髪を派手に立て、もう一人は黒髪を短く刈り上げている。金髪の方は美男で、中学の制服を着ているが、ボタンは一つしかとめておらず、首からさげた銀の鎖が黒シャツの上に光っている。

「ゲーセン行こうよ」

 と、隣のゲームセンターを親指で指して金髪が言う。

「えっ? あたしと? あんたら、誰ね?」

「おれは、たかし。こいつは、ミック」

 ミックと呼ばれた刈り上げの少年は、唇の片方を上げて薄ら笑いをした。

「あたし、急いどるけん」

 自転車に乗りかける美智の細い腕を、貴志の剛腕がつかんだ。

「五分でよか」

 引っ張られて、自転車が倒れた。大声で助けを呼びたいのに、恐怖のあまりかすれた悲鳴がもれるだけだ。建物の陰へと連行された時、近づいて来るバイクの音が聞こえた。

 三人の横にバイクは急停車し、長身の男がヘルメットを脱いだ。

「ちょっと待ちな」

「何だ、おまえは?」

と貴志が好戦的な猛犬のように咬みついた。

「みちに手を出すやつは、おれが殺す」

 と相手も牙を剥く狼の顔で吼え返す。

「何だあ? 痛い目にあいたいとかあ? おれたちば、誰だと思ってるとか?」

「ヒヨコにしか見えねえぜ」

「ミック、おまえのプロ級の空手で、こいつを黙らせていいばい」

 ミックが相手に近づき、いきなり正拳を顔面へ突いた。なのに一撃で殴り倒されたのはミックの方だった。

 貴志の指が美智の腕から離れた。

「畜生め」

 襲いかかっていったが、蹴りを受けて一瞬で転がっていた。

「覚えてやがれ」

 少年たちは打ち合わせ通り逃げ去った。ショックでしゃがみ込んだ美智を抱きあげて、長身の男は建物の裏の非常階段を上がり、踊り場を折れ、人目につかない階段の途中に彼女を降ろした。

「もう大丈夫やけん」

 大きな手でショートの黒髪を撫ぜた。

「あんた、もしかして、吉川ゆうじ?」

 しゃくりあげながら美智は問う。

「見りゃあ、分かるやろ?」

「見えんもん」

 裕次は指で美智の涙をぬぐって、準備していたセリフを放った。

「おれが偶然通りかからんやったら、みちは危なかったぜ。あいつら、相当なワルやけん」

「そうね? 何で知っとると?」

 やっと美智は狼に似た裕次の顔を見た。

「あいつら、ワルの世界じゃ有名やけん。だけど、おれがみちを守るけん、心配なか。おれが誰よりもみちを好きなこと、知っとるやろ?」

 裕次は美智の小さな肩を抱くと、あっという間に唇を奪っていた。

「最悪」

 ともらす唇が塞がれてしまい、美智は両拳で岩のような肩を連打した。眼前に嫌いな男の大きな顔がある。ありえない距離で見つめている。体じゅうから血の気が引いていくのに、心臓は機関銃のような爆音をあげている。屈強な両手に頬と耳も征服され、いつの間にか全身の力を奪われていた。目を閉じると、壊れた心が熱く溶けて回り、別の何かに変えられていった。

 長い口づけが終ったのを知った時、美智は声を上げて泣いた。

 裕次は震える肩を抱きしめ、白い耳たぶに口を寄せた。

「初めてみちを見た瞬間、あっ、おれはこいつと一緒になるって思ったとよ。おれは、ずっと、ずっと、みちを好きでいるけん。ずっとみちを守るけん」

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