6
卓巳は蓮の首筋の皮をバネ式留め金で挟み、そこへ湯沸かし器のぬるま湯を垂らし続けた。以前本で読んだことのある精神的拷問を、遊びでやってみたのだ。本当に蓮が悶絶した時には、笑いが止まらなかった。「頸動脈を切った」とか「すごい血の量だ」とか、蓮に思い込ませたが、実際は血の一滴も流れてはいない。なのに蓮は、苦悩で顔も体も痙攣させたのだ。やがて蓮はぴくりとも動かなくなった。
腹を抱えながら三人は蓮の手足や胴体のテープを剥いだ。首筋の留め金も外し、口と目を覆うテープも剥ぎ取った。それでも蓮は彼の時間が停止したように動かない。
「おい、れん、実験は終わったんだぜ。もう、起きやがれ」
と卓巳は呼びかけた。
水を浴びせても蓮は完全に静止したままだ。
「おい、れん」
ともう一度呼びながら、卓巳は指を蓮の頸動脈に当ててみた。
「な、何で?」
卓巳の表情が急変した。蒼ざめ、眉間に深い縦皺を寄せ、蓮の胸に耳を押し当てた。
「心臓が、止まっとる」
という狼狽した声が彼の口からこぼれ出た。
「息もしとらんばい」
と健輔も恐怖の目をして言う。
「つまり、おれたち、殺人犯なのか?」
と問う裕次も顔をしかめている。
「ちくしょう」
と叫んで、卓巳が蓮の胸に両手を重ねて押した。保健体育で習った心臓マッサージを夢中で施したのだ。肋骨が折れるほどの衝撃を繰り返すが、息を吹き返す気配はない。
「刑務所なんて、行きたくなかばい」
と健輔が大きな体に似合わぬ泣き出しそうな声をもらした。
「ちくしょうめ、ちくしょうめ」
と言いながら、卓巳は蓮の口を両手の指でこじ開け、深く息を吹き込んだ。それを数回やって、また懸命に心臓を押した。押して、押して、押しまくった。
やっと心音が復活した時、卓巳は汗まみれになっていた。頬を強く叩くと、ふいに蓮の目が開いた。地獄を見るような目が卓巳に向けられた。
「生き返りやがった」
卓巳は安堵してへたり込んだ。
「まだ死なせるわけにはいかねえ」
そう裕次が言いながら、蓮の短髪を掴み、引っ張り上げて上体を起こした。裕次は、バネ式留め金と、湯沸かし器を見せ、
「この死刑はな、昔ヨーロッパで行われた精神的な実験なんだぜ・・」
と教えた。
「この留め金で、おまえの首を挟み、こいつでおまえの首にぬるま湯を流し続けたんだ。それを臆病なおまえは、血が流れ出ていると思い込んで、本当に恐怖に震えやがった。おまえ、やばいくらい面白かったぜ。だけどよ、本当に心臓が止まるなんて、たまげたやつだぜ。心臓マッサージと人工呼吸で、おまえを生き返らせた卓巳は、おまえの命の恩人なんだぜ」
悪魔のように笑う裕次の吊り上がった目を蓮は見返していたが、彼の言葉など聞いちゃいなかった。ただ蓮の耳の奥に響き続けるのは、もうあとほんの少しで生れ出そうだった怪物の、あの言葉だった。
「おめえの心の沸点は何度だい?」
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