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 黒銀の大河に数知れぬ星屑が落ちたが、深く沈んでよく見えなかった。幾重もの悲しみたゆたう水流は、蓮の眼前に龍のように迫り上がり、彼を呑み込もうとしていた。ふいに川上の方に水音を聞いた。蓮は水辺にたたずんだまま、涙をぬぐい、その闇の奥へ目を凝らした。

 誰か、いる。

 しかも半身黒い水に呑まれている。蓮は息もできず、さらに深みに堕ちて行くその影に見入った。

「おれの他にも、ここで死にたいやつがいるとやろか?」

 そう蓮がつぶやいた時、風に吹き消されそうな娘の声が聞こえた。

「ママ、わたしとパパを捨てて、今、どこにおると? わたし、生きていても、パパを苦しませるだけやけん、もう、死ぬしかないよね?」

 蓮は鞄を手に取り、身をかがめたまま、秘かに近づいて、もっと彼女の声が聞こえる場所へ進んだ。

「ごめんね、ママ、パパ、わたし、こんなに汚れてしまったとよ。もう、わたし、こげん恥ずかしい姿で、生きていちゃいけないよね?」

 彼女の胸が水に沈み、あっという間に首まで堕ち入った。

 蓮は思わず立ち上がっていた。胸から頭へ何か熱い血潮のようなものが噴き上がっていた。だけど娘の方へ踏み出したその時、彼女を呼ぶ必死の声が聞こえて足を止めた。猫のかすれ声だ。呼笛のようにかん高いので、子猫の鳴き声だろう。女を見ると、彼女も振り返って、波に揺れながら声の主を探しているようだ。

「あんた、誰ね?」

 と彼女は半泣きの声で聞く。

 自分に問われたのかと思って、蓮は凍りついていた。だけど女の顔は子猫の叫びに向けられている。

 女の呼びかけに反応して、その鳴き声は花火工場が大火事に見舞われたかのようにせわしくなった。生きたい子猫が死にたい人間を、死に物狂いで呼び続けているのだ。

 少女の声が闇に叫び返した。

「せからしかね。そげん言ったって、あたしゃ、もう死ぬとばい。何ね? そげんお腹がすいとるとね? でもね、あたしゃ、なーん持っとらんけんね。そげん鳴いたって、ないもんはないと。わたしはとってもおいしいって、あいつら言いやがったけど、あいつらわたしの体も心も食べるだけ食べて、生き殺しにしやがった。でも、もう、あいつらの思い通りにはならんけん。そんためには、わたし、死ぬしかなかとやけん。ねえ、そげん、鳴かんでよ。鳴かんでったら、ちくしょう」

 女は少しずつ鳴き声の方へ近づいていた。冷たい水から出て来た彼女の体は、闇の中でも見て取れるほどひどく震えていた。

「ねえ、あんた、声だけ聴こえるけど、いっちょん姿は見えんやんね。どこいると?もしかして、猫の幽霊? あたしゃ、幽霊、嫌いって知らんと?」

 急なコンクリの川岸を恐る恐る昇った女のスカートを、何かが一瞬で駆け上がり、彼女は悲鳴をあげながら腰を抜かしていた。




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