魔女裁判で淫魔は勧誘される④
「もう。サシャちゃん。ぷんぷんだよ。ブンブン飛んだよっ!」
「モナちゃん、ただいま。いつのまに養蜂家のアルバイトを始めたんだい?」
サシャが屋敷の扉をサシャが開けるやいなや、モナはムスッと口を尖らせ羽をパタパタしながら、サシャの腕に手を回して怒る様子を見せているが、大方、聖女を丸投げされたとでも勘違いしているのだろうか。
「で、何処にいるのかな? まだ寝てる?」
(あぁ、羽邪魔……)
サシャは聖女の容態を気にしているようだ。それに、サシャはモナの羽がいつまでパタパタしているのだろうかと、目で羽の動きををおいかけている。
「んーん。リズに手当てさせて、今は居間にでもいるんじゃない? あんな女より私を見なさいーい」
モナはサシャの顔を両手で挟み、自分の目を見るようにと、自分の顔に近づける。
「はいはい。モナちゃんはあとで相手してあげるから大人しくしててね」
サシャに冷たくされたモナは、「ぶー」と、更に不貞腐れながらサシャの後ろをトボトボ着いていく。
「お帰りなさいませ。ご主人様。お預かりしている方は、居間のソファーで休んで貰っております。目立った外傷は治療しておきましたので、一先ずは安心かと思われます」
「ありがとう、リズ。今日はもう休んでくれ」
リズからの報告を確認し、彼女を影へと帰したサシャは、居間のソファーに腰掛け、聖女リリーへと視線を送った。
「やあ。リリーと呼ぶね。わたしはサシャ。『サシャ・メディウム・クノッヘン』と言う、この屋敷の持ち主だ。身体の調子はどうかな?」
「はい。リズさんとモナさんにお聞きしました。わたくしは『リリー・ロストゥーナ』と申します。助けて頂きありがとうございました」
聖女リリーは、一般的な聖職者の服装をしている。
「いえいえ。其れより先に聞いておきたい。名前はリリー。職業聖女。で、本当に間違い無いのかな?」
「はい。間違いありません」
「そうか。じゃあ、先程の茶番劇を見る限りの事でしか言えないけれど、君、淫魔なんじゃないか?」
サシャは、リリーに対してサキュバスなのか? と尋ねた。
「ええと。はい。仰る通りと言いますか。半分人間、半分淫魔の身体です」
「そうか。ありがとう。ふむ……、本当に単刀直入に訪ねるが、わたし達の事務所に転職してみないか?」
(ちょっと! サシャ、何言い出すのっ!)
モナの直感が囁いているのかもしれない。聖女いや淫魔は不味いと。サシャの腕に絡みつき、お前には渡すまいといった仕草を見せた。
「転職ですか?」
サシャとリリーは、モナの怪奇な動きを少し冷めた目で見ながらお互いの話を進めた。
「うん。わたしとモナは、復讐代行屋と言う仕事をしているんだ。場所は此処の屋敷を拠点にしている。まあ、簡単に言うと、今日、リリーが受けた様な酷い仕打ちをしてきた相手に、わたし達が代わりに復讐する代行者。エージェント。という事かな」
「えぇと……、なんて答えて良いのでしょうか。曲がりなりにも聖女として生きてきたので、復讐と言われましても」
一般的な考え方をすれば、魔族が聖職者と言うのは珍しく。と言うより聞いたことすら無い。が、サシャはリリーのその特性が男根の癒しとなり、その癒しを与えすぎて、結果ダメにしてしまうと考えているのだ。
「まあ。そうだよね。これは感なのだけれど、今までずっと転々としてきたんじゃないか?」
「…………」
「どんな組織にだって男はいる。で、今日みたいになる前に別の場所へ移り続けてきた。と思ったんだけど。此処なら割と自由は聞くし、リリーの欲求は『罪人を使って』晴らすことが出来るんだが。ふむ、まぁ、無理にとは――」
「やりますっ! やらせてくださいっ!」
恐らくは今迄ずっと、欲求を満たす毎に何かしらの問題を起こしていたのかもしれない。
リリーは突然振りおりてきた欲求の解消方法を耳にし「ハイハイ!」と手を上げながらコンマ1秒で即決した。
「うわっ! びっくりした……」
突然リリーに大声を出され、サシャはその気迫に数歩後退ってしまった。
「ちょっとサシャ! サキュバスだよおっ! 抜き取られるんだよっ! 精魂尽き果てるんだよお? サシャが搾りかすになるんだよっ? 私以外とはだめだよぉぉうう」
モナは叫ぶ。
絶叫する。
サシャを心配している様に聞こえるが、おそらく自分のサシャを取られたくないだけなのだろう。その駄々の捏ねっぷりは、サシャの身体にガッチリとしがみつきホールドする。そして、サシャ毎辺りを飛び周り、豪華な深紅のドレスも相まって、巨大な薔薇が居間を暴れ回る様相となっているのだ。
――ゴンッ
「っ! 逝ったぁあっ!」
「ふふふ……」
リリーは、一連の2人のプロレスを目にし、此処に来てから初めての笑みを見せた。勿論モナは天罰をくらい、彼女の羽もションボリしている様子だ。
「それじゃ、宜しくな。詳しくは明日話すよ。今日はわたしも疲れた。家の物は自由に使ってくれて構わない。モナちゃん、仲良くするようにね。それと部屋を用意してあげてね、後は服なんかも頼むね? モナちゃん」
「ぅぅぅ。わかったよぉー」
こうして、魔女裁判で吊し上げられた聖女の淫魔リリーは、復讐代行屋の新たな執行者となる事になったのだ。
――――――
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