後編

 大聖女を決めるための儀式は大聖堂にて執り行われる。会衆席には国の重鎮たちが集い、儀式を心待ちにしていた。


「僕たちの席はここだ」


 王族が集まる特別席に案内される。だが椅子は一つしかない。


「僕の膝の上でもいいよね?」

「膝の上ですか?」

「親子なんだから。それくらい普通だよ」


 ウィルがフカフカの椅子に腰掛けると、膝をパンパンと叩く。恥ずかしさを覚えながらも、ちょこんと、腰を下ろした。


「そろそろ始まるよ」


 儀式を取り仕切る国王が大聖堂に姿を現す。壇上に立つ彼の手には魔石が握られていた。


「あの石は……」

「聖なる力を測るための測定器のようなモノさ。輝きが強いほど大聖女に相応しいと証明できる……でも、候補はキャロル一人だけどね」


 本来なら三人の聖女の中から、最も大聖女に相応しい人物を選び出すのが儀式の意義だった。だが候補が一人では、結果が見えている。このまま進めばキャロルが大聖女になることは間違いない。


「では、聖女よ。こちらへ」


 国王が呼びかけると、着飾ったキャロルが会衆席から立ち上がり、壇上に向かう。その美しい姿にざわめきが広がった。


「さぁ、試されよ」

「はい」


 キャロルは国王から魔石を受け取ると、頭の上に掲げる。魔力が込められ、白い輝きが放たれた。


 だがその光はあまりにも小さい。歴代の聖女たちの中でも、最低クラスの力しかない証拠だ。


「終わりましたわ。これで私が大聖女ですわね」

「他の聖女がおらぬからな」


 国王も内心ではキャロルが大聖女に相応しくないと感じていた。しかし存命の聖女は一人だけ。渋々でも認めるしかない。


「マリアが生きていれば……」


 大聖女となるべき人物は違っていただろう。だからこそ彼女を失った怒りが、ウィルを突き動かす。


「マリアンヌ、ここでパパとお別れだ」


 ウィルは膝からマリアを下ろすと、ゆっくりと立ち上がる。彼が何をしようとしているのかを察する。


「駄目です、ウィル様!」


 声をかけるが、ウィルの心には届かない。彼は懐に隠していたナイフを取り出すと、キャロルの元へと走り出していた。


「マリアの仇だああああっ」


 雄叫びをあげながら、ナイフを振り上げる。その声に驚いて、キャロルは魔石を落とすが、顔に恐怖は浮かんでいない。余裕のある笑みが零れた。


 会衆席から人影が飛び出す。その正体はキャロルが侍らせていた美男の護衛である。屈強な護衛に阻まれ、ウィルはナイフを奪われる。圧倒的な武力を前にして、大理石の床に顔を押し付けられる。悔しさに彼は下唇を噛むことしかできなかった。


「僕が襲うことを知っていたのか?」

「まさか。知りませんでしたわ」

「ならどうして……」

「廊下での王子様、思いつめていましたから。まさかとは思いましたが、保険をかけていたのですわ。でも本当に驚きですわ。王子様がこんなに愚かだなんて」


 キャロルはウィルを見下ろしながらクスクスと笑う。


「君がいなければ……マリアは……」

「あら、私を悪者扱いとは酷い男ですわね。私の脅しに屈し、お姉様を殺したのは、あなただというのに」

「――――ッ」

「あ~あ、お姉様ったら可哀想。あんなに尽くしてきたのに裏切られたのですから。本当に最低のオトコですわね」

「……っ……ぼ、僕は……愛していたんだ……そ、それを……」


 ウィルは涙を我慢できなくなる。どうして過去の自分は悪魔の囁きに耳を傾けてしまったのかと、後悔が嗚咽へと変わっていく。


「大聖女である私を殺そうとしたのです。覚悟はできていますわね。最低でも国外追放。いいえ、処刑がよろしいですわね」


 大聖女の権力があれば、王族を処刑することさえ可能だ。場の空気がどんよりと沈み、暴君の誕生に皆の表情も曇り始める。


 だがそんな状況でも諦めない者がいた。最愛の人を守るため、マリアは小さな身体を突き動かす。


「ウィル様を放してください!」

「大聖女である私に口出しするとは無礼な子供ですわね。父親と共に処刑しますわよ」

「キャロル、あなたは大聖女に相応しくありません!」

「――――ッ」


 幼女の姿でも声に迫力が込められていた。キャロルは姉に叱られた時のことを思い出す。聖女として誰よりも努力を惜しまず、歴代でも最高の聖女と称えられていた姉と、眼前の幼女が重なったのだ。


「この魔石を輝かせた者が大聖女の資格があるとのことでしたね」


 転がる魔石を拾い上げると、マリアはそれを頭の上で掲げる。魔力を込めると、それは大聖堂を覆いつくすほどの光を放った。


「こ、これは……まさか……」

「キャロル、大聖女はあなたではありません。私が本物の大聖女です!」


 魔石の輝きと共にマリアは宣言する。それは即ち、キャロルの計画が崩壊したことを意味した。


「そ、そんな……わ、私の計略が……」


 キャロルが崩れ落ちる。護衛の男も形勢が逆転されたと知り、ウィルから手を放した。


「ウィル様!」

「マリアンヌ、まさか君は……マリアなのか?」

「伝承にある通り、転生しました……いいえ、違いますね。約束を果たしてもらうために蘇ったのです」

「約束?」

「私のことを幸せにしてくれると約束してくれましたよね。今度こそ、破らないでくださいね」

「――ッ……ああ、もちろんだとも。これからはずっと一緒だ。絶対に幸せにしてみせる」


 ウィルとマリアはギュッと抱きしめあう。二人の瞳から零れ落ちる涙は、幸せな将来を誓い合う嬉し涙だった。


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【短編】妹のせいで婚約破棄された聖女。二度目の人生は王子の愛娘でした! 上下左右 @zyougesayuu

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