中編2
ウィルと共に赤絨毯が敷かれた王宮の廊下を歩く。幼女になったせいで、歩くのが遅い。そんな彼女に彼は歩幅を合わせてくれていた。
「あら、王子様。ごきげんよう」
「キャロルッ!」
銀髪赤眼の麗人が曲がり角から顔を出す。傍には美男子の護衛を引き連れ、傲慢な笑みを浮かべていた。
「気安く話しかけないでくれ。手が出そうなほど、僕は君が嫌いなんだ」
「あら、怖い。乱暴はいけませんのよ」
「その台詞、そっくりそのまま君に返すよ」
キャロルは表情こそ笑っているが、瞳が底冷えするように冷たい。二人が敵対関係にあるのは明白だった。
「君の護衛は随分と顔が整っているね」
「醜い人は嫌いですから。それに腕も確かですのよ」
「そいつも儀式の場に連れて行くのかい?」
「第三者を招いてはいけない規則はありませんもの」
「だが常識というものがある」
「ならそこの子供はどうですの?」
「彼女は僕の娘だ。資格はある」
「ふふふっ、孤児を拾って育てているとは聞いていましたが、本当の娘のように接しているのですね」
キャロルがマリアに向ける視線には侮蔑が含まれている。孤児とはマリアのことだと察する。
(ウィル様の子供ではなかったのですね)
他の女性と結ばれたのではないと知り、嬉しさから口元に笑みが浮かぶ。
「気味の悪い娘ですわね。やはり生まれは育ちに影響しますわね」
「マリアを侮辱するなら許さないぞ」
「あなたが私をどうにかできると?」
「僕は第一王子だ」
「知っていますわ。ですが私は聖女です。そして今日の儀式を経て、大聖女へと至る。知っていますでしょう。大聖女は次期国王の任命権を持つ。つまりは国の真の支配者。私が大聖女となった暁には、あなたの元に醜い老婆を嫁がせるとしましょう」
キャロルはそれだけ言い残して、離れていく。ウィルは歯を食いしばって、彼女の嘲笑に耐える。彼の目尻には小さな涙が浮かんでいた。
「ウィル様、元気になってください」
「マリアンヌは優しいね……おかげで元気が出たよ」
「キャロルが怖いのですか?」
「怖いよ。なにせ、あいつは悪魔だからね」
「悪魔ですか?」
「聖女には三人の候補がいる。その内の一人は暗殺されたんだ」
「――ッ……で、でも、それがキャロルの仕業とは……」
「物的な証拠はないね。でもキャロルの仕業さ。なにせ僕を脅してきたからね」
「まさかウィル様を殺すと?」
「いいや、僕じゃない……僕の愛していた、もう一人の聖女をだ」
「――――ッ」
もう一人の聖女とは、もちろんマリアのことだ。ゴクリと息を呑む。
「僕はね、マリアを守るためにキャロルの脅しに屈した。婚約破棄を強要されて、彼女を王宮から追放しようとしたんだ。でも僕の行動は、最悪の結果を招いた。階段から足を滑らせて、彼女は命を落としてしまった」
「…………」
「不幸な事故として処理されたけど、事実は違う。僕が彼女を精神的に追い込んだのが原因だ……僕が彼女を殺してしまったんだ……」
ウィルはマリアを守るために婚約を破棄したのだ。亡くなってから時が経っても、彼女を死なせてしまったことを後悔し続けている。彼の愛は失われていなかったのだ。
(私は本当に馬鹿な女です……っ……この人が私を捨てるはずがないのに……)
愛されていたから、人生を賭けて尽くしてきたのだ。彼は何も悪くない。本当の敵は別にいたのだ。
「ウィル様を虐めたキャロルを許せません!」
「憎いよね。僕もだよ……だからね、僕は罪人になる」
底冷えのする覚悟の言葉をウィルは呟く。いつもの優しげな雰囲気が消えていたことに、マリアは気づかなかった。
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