中編

 窓から差し込む光で目を覚ます。瞼を擦り、周囲を見渡すと、そこは見知らぬ部屋だった。


「ここはどこでしょうか?」


 積み木などの玩具が置かれ、部屋の壁紙には愛らしいキャラが描かれている。


「子供部屋でしょうか? でもどうして私がそんなところに」


 階段から足を踏み外したことまでは覚えているが、それ以降の記憶がない。手掛かりがないかと、部屋を漁っていると、姿鏡に自分が映った。


「この子供……まさか私ですかっ!」


 鏡に映るのは見慣れた姿ではなく、五、六歳の幼女だった。外見は生前の彼女と同じ銀髪赤眼である。


「まさか転生したのでしょうか」


 聖女にだけ起きる奇跡。現世に強い心残りがある場合、記憶を維持したまま次の人生を始めることができるのだ。


 文献でしか聞いたことのない奇跡が、自分の身に起きたのだと知る。それは同時に、以前の自分が死んだことを意味した。


「やはり階段から落ちて命を落としたのですね……ウィル様は泣いてくれたのでしょうか……」


 ウィルには理不尽なことをされたと思う。だが嫌いになることも、憎しみを抱くこともない。どんなに酷いことをされても、彼のことを愛していたからだ。


「パパだ。入るよ」


 幼女の父親が扉をノックする。第二の人生の大切な家族だ。失礼のないようにしなければと、背筋を伸ばす。


「どうぞ」


 扉をガチャリと開け、入室してきたのは、見間違えるはずもない。マリアを捨てた男、ウィルだった。


 だが以前の彼より顔が大人びていた。あれから数年の時が経過したのだと察する。


「マリアンヌ、具合は良くなったかい?」

「マリアンヌ?」

「ははは、自分の名前を忘れるなんて、どうやら体調は元に戻っていないようだね」


 ウィルは爽やかに笑う。対照的にマリアの表情は曇ってしまう。彼が父親なら、自分以外の女性と結婚したことを意味するからだ。


(銀髪赤眼の特徴を継いでいるのです。きっと奥さんはキャロルですね)


 愛しい人の結婚生活を間近で見させられるのかと、憂鬱になる。


「どうした、マリアンヌ。随分とご機嫌斜めだね」

「キャロルと……」

「あの女が君に何かしたのか!?」

「い、いえ、特には……」

「そうか……忠告しておくが、キャロルは悪魔だ。関わっちゃいけないよ」


 ウィルは強く念押しする。彼らしくない強い語尾だった。


(もしかしてキャロルと離婚したのでしょうか)


 なら態度の変化にも納得できる。だが彼の向ける視線の先、戸棚に飾られた一枚の絵画が新たな疑問を生む。その絵に描かれていたのは、銀髪赤眼の女性だったからだ。


「キャロルのことがまだ好きなの?」

「僕が、あの女を好きになったことは一度もないよ」

「ならこの絵は?」

「この人かい……僕が本当に愛していた女性さ……でもね、パパが……っ……殺してしまったんだ」


 ウィルは目尻に大粒の涙を浮かべる。その涙は亡くなったマリアに向けられたものだった。


(キャロルのことを愛していないのに、どうして私を捨てたのでしょうか……)


 疑問がグルグルと頭の中で渦巻いていく。だが疑問を解消するよりも前に、やるべきことがあった。


「あなたは悪くないです。だから泣かなくてもいいのですよ」

「マリアンヌ……君は何だかマリアのようだね。将来はきっと彼女のような美人になるよ」


 ウィルは涙を拭うと、マリアの幼い手を取った。


「さぁ、行こうか」

「行くってどこへ?」

「もちろん、あの悪魔を倒しにさ」


 ウィルは覚悟の炎を瞳に燃やす。その手は僅かに震えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る