第31話 お眠りの時間

 深いミストが立ち込めていく中で、ただ生徒達の騒めきの声だけが聞こえる。


「ちょっとー、一体何がどうなってんのー!?」


「ダリルー! お願い、負けないでー!!」


「あぁ、ロゼッタさん。どうか無事に勝利をおさめますように!」


 ダリルとロゼッタを応援していた生徒達の声援は絶えない。


「はぁ、何というかアイツら必死すぎ……」


「本当。けどダリルはともかく、ロゼッタファンも凄いね」


「それより、マジでこの霧いつ晴れんの?」


 その時、空を凄い勢いで何かが横切っていった。


「い、今のって!?」


「シルバード!?」


 シルバードが向かっていった先は、ロゼッタとダリルが戦っていた場所だった。そして霧が徐々に薄れていった。


「き、霧が……」


「晴れていく」


「あぁ、見てアレ!」


「うわ、まさか!?」


「本当に……やった!?」


 セリナ達が見ていた先には、一人の女子生徒と仰向けに倒れていた男子生徒がいた。ロゼッタとダリルだ。その光景を見た直後、シルバードがロゼッタの勝利を宣告した。


「うおおおお!! キター! ロゼッタさーん!!」


「最高だぜー!! やっぱこうでなきゃー!!」


 ロゼッタを応援していた男子生徒らは狂喜乱舞していた。一方、ダリル派の女子陣は唖然としていた。


「う、嘘でしょ!?」


「そんな、ダリルが……」


 受け入れられず悲しみに包まれる女子生徒が半数もいる一方、呆れて離れていく女子生徒らもいた。


「あーあ、なんだつまんないの。結局二回戦で負けるなんて」


「期待した私達が馬鹿だったわ。ごめんね、もう付き合ってらんない」


「え!? あ、ちょっとまって!!」


「た、たかが一回負けたくらいで、何よあなた達!!」


「何言ってんの、そもそも投雷ジャベリンで楽勝楽勝とか言ってたじゃない?」


「そ、それはその……」


「あ、相手も首席だったから」


 どうやら女子生徒全員ダリルの根っからのファンではなかったようだ。付き合いきれなくなった女子生徒らが、次から次に離れていった。


「あの子たちアルバイトだったのね」


「あぁ、なんかもう見てらんないわ」


「でもロゼッタが本当に勝つだなんてね」


 その言葉に対して、ミリアは別に驚きもしなかった。彼女なりの根拠がある。


「ミリア、そろそろ話してくれる?」


「え、なんのこと?」


「別に隠さなくていいでしょ」


「ミリア、ロゼッタがどうやって勝ったかわかってるんでしょ?」


「ま、まぁね……」


「あぁ、あいつも!?」


 その時ホークが大声を出した。その視線の先には、ダリルと同じく倒れている男子生徒の姿があった。


「ザックスも負けたの?」


「まぁ、彼が負けるのは別になんとも……」


「いや、そうじゃなくて。なんか二人とも様子が変だ」


 そのホークの指摘は正しかった。なんと治癒班が倒れていたダリルとザックスに近寄って、治癒術をかけるも一向に立ち上がる気配がない。それを見たアグネスが注意した。


「治癒する必要はないわ。それより、彼らを運んで」


「は、はい……」


 治癒班も戸惑いながらも、2,3人がかりで彼ら二人を背負い外野へ移動した。ミリアが笑いをこらえきれず、口元を抑えていた。


「ど、どうなってんの?」


「さぁ、どうなってるんでしょうねぇ~?」


 ミリアがはぐらかすものの、オルハはすぐに正解に辿り着いた。


睡眠スリープよね……」


「え、睡眠!?」


「ってことはあの二人」


「熟睡かよ!」


 その時ダリルを応援していた女子生徒の一人が、アグネスに駆け寄り質問した。


「アグネス先生、今の戦い無効じゃないんですか?」


「どういうことです?」


「い、今のは、その……眠らせただけで、攻撃術を喰らったとは……」


「あなた、ちゃんとルール聞いてた?」


「そ、それは……」


 女子生徒の言わんとしていたことはアグネスも察していたが、表情を変えず論破した。


「先にダウンさせて、所定時間が経過しても起き上がらなければ相手の勝利です。別に睡眠を使うなとか、攻撃術以外はダメとかそういう規則もありません」


「じゃあ、殴ったり蹴ってもいいってことですか?」


「体術に自信があるならそうしても構いませんよ。現にあっちの生徒はそうして戦ってましたから」


 アグネスはザックスの方を指差しながら話した。


「彼のように身体強化エンハンスを使って、体術で攻めるのも有効な戦法です。戦い方や得意術は人によって違うの」


「で、でも睡眠なんてそんな高度な術……」


「確かに睡眠は現時点で履修しない術ですけど、独学で習得している術を使用しても問題ありません」


 そこまで言われると、女子生徒も何も言い返せなかった。


「ほかに質問は?」


「いえ、ないです」


 今のアグネスの言葉をセリナ達も聞いていた。相変わらず涼しげな顔で引き下がったロゼッタを、改めて尊敬の眼差しで見た。


「ロゼッタってあんな高度な術まで……」


「宮廷魔導士でも使える人は限られてるって聞くよ。それをあっさり決めるなんて」


「やっぱり、長い間ずっと図書館通ってただけあって……」


「え、ってことはオルハも?」


「ん、カティアどうしたの?」


 カティアが何かに気づいたのか、オルハに問い詰める。


「あなたも睡眠使えるの?」


「あ、わかっちゃった?」


 その言葉にセリナもピンと来なかった。なぜカティアがそんな考えを下したのか、すぐには答えが出てこなかった。


「私、昨日の時点でミリアに睡眠使えるって話してたの」


「なるほど、道理でミリアがアドバイスしようとしたわけだ」


「ま、いくら弱点あるからってその術使えないと意味ないからね」


 そこまで言われてセリナも納得した。が、それでもセリナには納得できないことがあった。


「でも、ロゼッタはいつどうやって彼の弱点知ったの?」


「あ、それは……」


 その疑問にはオルハが解説を加えた。


「別に弱点とかそういうの関係ないと思うわ」


 オルハの意味深な言葉に、真剣に耳を傾ける。


「多分ロゼッタ、彼の頭に直接触れて睡眠かけたのよ」


「え、それってどういう?」


「睡眠は、相手の脳に作用させる術よ。【精神作用術スピリットエフェクト】の一種で、精神波ウェーブを相手の脳に作用させて眠らせるの。相手の頭部に直接触れて発動させれば未熟な魔導士でも、ほぼ確実に相手を眠らせることができる」


 その説明でセリナとカティアはなんとなく理解できたが、ホークに至っては目が虚ろだ。


「すみません、俺サッパリっす!」


「要するに相手の頭に直に触れたら、より強力に眠らせることができるってこと」


「あぁ、なるほど……」


「もちろん相手の頭に触れる必要はないけど、それで成功させるのは熟練魔導士だけ……」


「さすがのロゼッタもそこまでとはいかないわけね。だから霧使ったのか」


「私にはそんな度胸ないわ」


「何言ってんのよ、オルハだって霧使えたらきっと勝ててたわ!」


「そ、そんなことは……」


 オルハの言葉には一理あった。セリナも感じていた。仮にロゼッタと同じ戦法をとったところで、あのダリルに不用意に近づけるだけの度胸があるだろうか。


(やっぱ投雷があるからな。それにさっきのあの雷球、あんなのまともに喰らったら……)


 それを考えて歩いただけで震えが止まらなくなるだろう。ロゼッタにはそんな震えすらなかったと思うと、彼女の方が改めて格上だったと勝手に想像した。


 そしてロゼッタが外野に下がった後、再び視線が合った。


 セリナはロゼッタと視線が合っていた時間が凄く長く感じた。


(あの子、私と戦いたがってる?)


 この時改めてロゼッタが、自分への対抗心を覗かせていると感じた。しかしセリナの勝手な想像時間は、ホークの大声で遮られた。

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新世界魔導士セリナ 葵彗星 @hideo100

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