第30話 ロゼッタの意外な作戦

 そしてダリルも様子が変わった。それまでただ闇雲に投雷を連発していた右手を下げ、意を決したかのように顔を引き締め集中し始めた。


「はっ、さすがになめてたぜ……」


 今度は両手を力強く握りしめた。その両手に大量の雷気を溜め始める。


「まさか、こんなに早くとっておきを見せるなんてなぁ……」


 両手に溜まった雷気がダリルの目の前で巨大な球体を形成した。ダリルの肩幅より一回りも大きい球体に、一同驚きの声が上がる。


「な、なにあれ!?」


「まさか雷球ライトニングスフィア!?」


「えっ!? いくらなんでも、デカすぎないか!?」


「あれは……攻撃レベル7はいってそう」


「ダリル、ついに本気出すようね……」


 そのあまりの大きさを誇る雷球に、さすがのロゼッタも目を丸くせざるを得ない。


「うぅ、あれなら魔盾シールド破壊できるかも……」


「全力で魔盾張れよ。死にたくなかったらな!」


 物騒な言葉と同時に雷球は凄まじい速度で発射された。発射された周囲から夥しい量の火花が飛び散った。その火花で間近で見ていた生徒も、あわや感電してしまうところだった。


 そしてその雷球がロゼッタの目の前で衝突し、またも強烈な光と爆音が鳴り響いた。特に音の大きさは凄まじく、さっきまでの投雷とは比較にならなかった。


「ぐぅ、なんて凄い音!」


 思わず目と耳を塞いだギャラリー達、だがすぐ様ざわつきだした。


「見て、あれ!」


「マジで……あれも防いだの?」


 やはりというか、ロゼッタは立っていた。ダリルが出した渾身の雷球ですら防いでいた。しかしさっきとは決定的に違ったことがあった。


「あぁ、ロゼッタの手の先!」


「筆持ってる!」


「いつの間に!?」


「さすがのあの子も、使わざるを得なくなったってわけね……」


「でも、筆使ったからってそんな変わるもんなのか?」


 ホークはやや納得いかない様子だった。


「もうあなた一限目の授業聞いてた?」


「いや、何となく筆持っている方が、術が放ちやすくなるのかなってくらいしか……」


「筆の中に魔石があるってのは知ってるでしょ。その魔石で、同じ魔力消費でもより強力な術が放てるの」


「あぁ、そうだったね……」


「あのロゼッタがさっきまで出していた魔盾も、筆のおかげでより強化出来たのよ」


「逆に言うと筆なかったら……」


「直撃、だったわね」


 その筆を持っていたロゼッタを見たダリルも、黙ってはいなかった。


「はっ、ようやくお前さんも本気出さざるを得なくなったってわけか。それじゃあ……」


 ダリルの制服の内側から突然魔法筆が飛び出してきた。


「先に筆を使ったのはてめぇだ。これで文句ねぇな」


 ようやく筆を手に取ったダリルも満更ではない様子だ。しかしロゼッタはなぜか持っていた筆を、制服の胸ポケットにしまい込んだ。


「なっ!? どういうつもりだ、お前!?」


「もうあなたと遊んでいるつもりはないわ」


 するとロゼッタは両手を自分の前で交差させ、手のひらを地面の下に向けた。そして目を閉じかと思うと、その手の平から夥しい量の白い靄(もや)が放出された。


「なに!?」


「もしかして煙!?」


「これは……ミストよ!」


「え、霧って……」


 ロゼッタが放った術を口走ったのはカティアだった。


「水の術よ。目くらましにか使えないけど、まさかこんな術使うなんて」


「ていうか、マジで何も見えねぇんだけど……」


 周囲が完全に白い霧で包まれた。セリナ達もお互いの姿は確認できるが、アグネスやシルバード、ダリルやロゼッタを応援していたギャラリー、そしてダリルとロゼッタの二人の姿は完全に見えなくなった。


「これじゃ、何がなんだか……」


「それにしても、凄い量よね。カティア」


「本当。私もできるけど、ここまで周囲を覆い隠すほどじゃ……」


「でもいくら姿隠したところで、あのダリルに通用するかな?」


「そこはロゼッタのことだから。なにか考えがあるんでしょ?」


「考えって……もしかして」


「え?ミリア、どうしたの?」


「多分、あの術が使えたら……」


「あの術って?」


「ロゼッタの勝ちね」



 その時ダリルは霧の中でも冷静だった。


(霧とかナメた真似しやがって、だがいい作戦だな)


 冷静にロゼッタの行動を読むダリル、そしてブラッドから聞いた彼女の得意術を思い出す。


(確かあいつ衝撃波打てんだっけ。となると……)


 ダリルは前後左右、どこから来るかもわからぬロゼッタの気配を慎重に探る。


(隙をついて背後から衝撃波、それがセオリーだな。しかし……)


 ダリルはロゼッタの戦略を見抜き、余裕の笑みを浮かべた


(そんな術で俺が倒されるわけねぇだろ。やっぱ防御しか能がねぇ。いつでも打ってみろ、逆にお前の居場所がわかって好都合だ)


 その時だった。かすかにだが近くで足音が聞こえた。その足音はダリルの目の前から聞こえたような気がしたが、それにダリルは釣られなかった。


(目の前?いやこれは偽音(フェイク)!……となると)


 ダリルはすぐさま後ろを振り向いた。そして意を決して右手に持っていた筆の先端に雷気を集中させた。居場所もわかり、自信満々に雷球を放つ構えだ。


(衝撃波出す瞬間なら防御が張れねぇ。さぁ、いつでもいいぜ!)


 だがダリルの意に反して、一向に衝撃波が来る気配がない。


(何してやがるんだあの女、まさかビビッて……)


「そんなことないわよ」


 突然ダリルの心の声を聴いていたかのように、一人の女子の声が聞こえた。だがその声の方向は、ダリルが予想していた方向と真逆だった。


 そしてダリルは自分の後頭部に、ひんやりと冷たい人の指先が触れているのを感じた。その指が誰の指か、すぐにわかったが、直後ダリルは急激に意識が薄れていった。


「な、なに……をした、て……めぇ」


 ダリルは意識が薄れていく中でそのまま倒れ込んだ。意識が消える直前、確かにロゼッタが自分の背後をつき、右手の人差し指を伸ばしていたことだけは確認できた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る