第28話 ミリアの奇襲

「セリナ、おめでとう! 本当凄いね!」


「いやいや、さすがさすが。火球フレイムスフィアを突風で押し込むだなんて、マジ凄い攻撃だよ。恐れ入りました!」


「さすが火と風の属性をあそこまで使いこなすだなんて、もう尊敬するよ!」


 セリナの思案はオルハとホークとザックスの労いの言葉で遮られた。その言葉を聞いてセリナも我に返り、誇らしげになった。


「ありがとう、2人と……うっ……」


「セリナ、大丈夫!?」


 セリナが思わずふらついた。が、それもそのはずだった。一回戦と二回戦と二度も熱戦を繰り広げた上に、さっきの二回戦は半端な自己流の術を試し、想像以上に魔力を消耗していたのだ。


「ちょっと……疲れて」


「まぁ、無理もないか。あれだけの激戦だったし、奥で休んでなよ」


「うん、そうする。と、言いたいところだけど……」


 セリナの視線の先には、凄まじい戦闘を繰り広げていた二人の女子生徒の姿があった。


「あぁ、あの二人」


「凄い、ミリアとカティア。やっぱほぼ互角ね」


 セリナも興味津々に見ている。


「正直、属性の相性から考えたら、カティアの方が有利なのに」


「うーん、何というかこればかりは、ミリアの戦い方がうまいというしか……」


「ミリア、さっきから風ばっかり使ってるのよ。筆もあんまり使っていない」


「え、ミリアも風が使えるんだ!?」


「右手で風盾ウインドシールド張りつつ、隙あらば左手から火球放ってる。あなたがさっきやったのとは少し違うけど」


「だけど、いくら火球を連発したところで、カティアの水盾アクアシールドの前には無力なんだよね」


 その言葉通りだった。確かにミリアの左手の筆の先から火球が何発も発射されてはいるが、それがカティアには全く直撃していない。


「もしかして、さっきからずっとこんな感じ?」


「うん」


「かといって、カティアの水の攻撃をミリアが火盾フレイムシールドで防ぐのは圧倒的不利だし……」


「となると、この勝負ってどうなるの?」


 その時ミリアが意を決したように、筆を両手で構えなおした。


「使いたくなかったけど、あんたには負けたくないからね……」


 両手で放とうとしていたのは火球だった。サイズは軽く50cmは超える火球が出来上がり、今にも放たれようとした。


「ミリア、ついに終わらせる気!?」


「でも、カティアに通用するかな?」


 カティアもミリアと同様両手で筆を持ち直した。ミリアの火球に対抗するため、同じく水球アクアスフィアを作りだした。


「私の方が……上なんだから!」


 しかしその時、カティアの水球に異変が起きた。なんと水球が何かに刺さったかのように突然割れた。そしてカティアの腹部のど真ん中に、何かが一直線上に衝突し、カティアはそのまま後ろへ倒れこんだ。


「え!?」


「な、なんだ!?」


「まさか、火柱フレイムピラー!?」


 見るとミリアの筆の先端から細長く赤く燃える棒状の物体が伸びていた。いや、それは物体ではなく、火でできた長い柱だった。


 その柱が10mほど離れたカティアが立っていた位置まで伸びていた。セリナ達も目を丸くせざるを得ない。


「凄い! 火柱があんなに伸びるなんて」


「へぇ、ミリアも中々やるもんだね」


「火球はフェイクよ、残念でした」


 しかし喜ぶのは早かった。何と火柱を直撃されたカティアも倒れてはいたものの、まだ起き上がろうとしていた。そして右手で持っていた筆で水球を作り出そうとしていた。


「ま、負けるもんか……」


 だがその必死の抵抗も、時間制限の前には無力だった。上空から監視していたシルバードが高らかに笛を鳴らした。


「はい、終了!! そこまで!」


「え、嘘でしょ!?」


「ちょっと待って、この勝負どうなるの?」


「これは、判定しかないね」


 模擬戦の勝利判定は、相手がダウンし所定の時間が経過しても起き上がらないか、手を挙げて「降参」と発言した場合のみ。


 だが実力が拮抗している生徒同士の模擬戦は、いくら待っても終わる可能性は低い。その場合は時間内で、どちらがより相手に対して優勢であったかを客観的に判断して、勝利判定する。


 因みにカティアとミリアの組だけでなく、もう一つ別の組も判定勝ちに追い込まれた。そしてミリアとカティアの模擬戦の結果は、予想通りだった。


「勝者、ミリア!」


 ミリアとカティアの二人の戦闘を監視し続けていた審判鳥からの報告を聞いたシルバードが高らかに宣言した。それを聞いたミリアも左手を握りしめ、高らかに挙げた。


「凄い、本当にミリアが勝つなんて……」


「やっぱ、あの火柱の威力だよな。普通に火球よりもヤバいじゃん」


「そんなに、火柱って凄いの?」


「火柱は最低レベルが6の火の攻撃術よ」


 オルハの丁寧な説明が始まる。火柱の最大の特徴は、火球と違い広範囲な攻撃にはならないが、火のエネルギーを一点に集中させることにある。


「確かにカティアが作り出した水球に対抗するにはこれしかないかも。にしても、まさか破裂させるとはね」


「でも、それなら何で最初から使わなかったの、ミリア?」


「使いたくなかったわよ」


 その時ミリアが戻ってきた。長い戦闘だったためか、ミリアは激しく息が切れており、戻ってきた瞬間、座り込んだ。


「ミリア、大丈夫!?」


「はは、思った以上に大苦戦しちゃったね。さっきの火柱は、多分7はいってたわ。だけど……」


「消費が激しいから、あくまで温存するつもりだったのね」


「まぁ、そういうこと……」


 その時遅れてカティアも戻ってきた。カティアは不満そうな顔が消せない。自分を負かした相手が目の前でいるのだ、いくら友人とはいえ、いい気分ではいられない。


「か、カティアもナイスファイトだったわよ……」


 セリナの労いにも無言だ。表情を動かさず、ただミリアを見続けている。なんとなくセリナは嫌な予感がした。


 しかしそんなセリナの心配は杞憂だった。


「さすがね、カティア。おみそれしました」


 なんとカティアは握手を求めた。さっきまでの悔しさはどこに行ったのだろうか。突然の行動に、ミリアも動揺せざるを得ない。


「あなた……悔しくないの?」


「私、引きずらないタイプだから」


 カティアの表情は明らかに嘘をついていた。内心は悔しさで一杯のはずだ。その証拠に声が震えていたのを、セリナも気づいた。


 カティアはカティアなりの持論をぶつけた。


「さっきの火柱、あなたの隠し玉みたいなもんでしょ。それを出さなきゃいけなかってことは、つまり……」


 その言葉にミリアの顔色も変わり立ち上がった。カティアが何を言いたいのか察した。


「言ってくれるじゃないの……」


 二人ともやはりわかりやすい性格だ。カティアは自分でもうまいことを言ったかのように、若干誇らしげな顔だ。


「今度は、火柱なしで私を倒してみてよ!」


「ええ、望むところよ!」


「今度って、いつ?」


 今回の模擬戦はたまたま二人が同じペアになったに過ぎない。二人の再戦は当分先になるだろう。


「と、とにかく、あんた! 私に勝ったんだから、勝ち上がりなさいよ!」


「言われなくても、そのつもりよ!」


 だがその強がりは本当に強がりになりそうだった。ミリアの体力消耗は誰の目にも明らかだった。そしてここでもう一つ、ミリアが次の試合で苦戦する懸念材料はある。


「ごめんなさい、ミリア。私も治癒術使えるんだけど」


「知ってるわよ」


 本来なら治癒を使ってあげたいオルハだったが、そうもできない事情があった。なぜなら治癒で回復できる生徒はあくまで敗けた生徒のみ。戦闘で勝ち進んだ生徒は対象外なのだ。


 ミリアは黙ったまま、座り込んだ。制服も手の平も砂だらけになったが、気にならないほどに疲れ切っていた。

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