第27話 地下室に籠る男

 第2校舎地下の薄暗い狭い空間に、一人佇む長い白髪の若い男性が愚痴をこぼしながら床磨きの作業をしていた。


「全く人使いが荒いな、生徒会長も。こっちはほぼ命懸けなのに……」


 ボロボロの白衣を着ていた男性が、数本のブラシで床を拭いていた。特殊な液体で満たされたブラシに研かれ、みるみる壁と床の汚れが吸収されていく。その男性の目と鼻の先には牢屋があるが、その牢屋は漆黒のように暗く、奥から人とは思えないような怪しい声が轟いてきた。


「お前達も腹が減っているだろうが、今は食糧エサが足りないんだ。人手不足で、補充も間に合ってないんだよ。わかってくれ」


 その言葉に反応したのか、一匹の獣が飛び出し牢屋の鉄格子に喰いついた。


「おいおい、世話焼かせんなよ」


 そう言いながら男は、右手から攻撃術を放ちその獣を静めた。喰いつかれた鉄格子はすっかり変形し、獣の凶暴さを物語っていた。だが修復の術が使えるオライオンは一切動揺することなく、その鉄格子を元の姿に戻した。


「この鉄格子すっかりガタが来てる。そろそろ防御術張り直さねぇと」


「随分と可愛い子供達ね」


 その時、一人の若い女性の声がどこからともなく聞こえた。長い金髪を左手でとかしながら長身で妙な服を着ている。男はその声に聞き覚えがあり、すぐ返事をした。


「ソニアか。一体何の用だ?」


「オライオン、私があなたに頼みたいことって言ったら、どんなことが起きたか想像できるでしょ?」


「まさか……また出たのか?」


「出てはないけど……その予定」


「予定じゃ、困るんだよ」


「青黒く光ってたわ。もしかしたら将軍級かも」


 その言葉にオライオンと呼ばれた男も手を止めた。


「……マジかよ、去年は精鋭級だったのに」


「まぁいいじゃないの、またいい素材が向こうからやって来たって考えたら」


「前向きに捉えるなって。結界が弱まってきたって言われても驚かねぇぞ」


「それは首府の防衛団の仕事でしょ、私達には関係ないわ」


「……ちょっと待ってろ」


 オライオンは渋々その薄暗い部屋の外へ出た。ソニアも彼の後に続く。部屋の外も薄暗く、廊下が何十メートルにも続いていた。


 そして50メートルほど歩いたところで、不気味な青黒い金属製の扉が出現した。オライオンとソニアはその扉の前で止まった。


「念のため言うが、この中は……」


「わかってるわよ、私が入れないってこと。最大級の封印球シーリングお願いね」


 オライオンはズボンの腰からぶら下げていた巾着の中から細長い金属の鍵を取り出し、その扉を開け中へと入っていった。



 その頃第二校庭の中央では、下級生達同士の熱い戦闘が繰り広げられていた。互いに赤い色のクジを持った生徒同士の模擬戦、決着がついたのはまだ2組だった。


「はぁ、はぁ。な、なんとか……勝った……」


「はぁ、はぁ。セリナさん……あなた強いね」


 第1グループの中で早々に決着がついたのは、セリナの組だった。セリナの対戦相手となる少女は、水術を得意とする。だがその水術を同じ水術で応戦し、隙を見て強烈な火球フレイムスフィアをぶつけた。


 だがそれでも決着はつかなかった。一回戦の時と違い、相手はギリギリで水盾アクアシールドを張り防御していた。それに戸惑いながらもセリナは自己流で考えていたオリジナルの術で攻撃してみた。


「ていうか、さっきのあの術。あれはまさか……」


「その、なんというか……」


「火球を、突風ガストで押し込んだの?」


「そ、そんな感じ……かな?」


 追い込まれたセリナの土壇場の一撃とも言っていい技だった。相手が火球を防御するなら、無理やりにでも押し込む作戦だ。


 二発目の火球は右手だけで作り出した。本来両手で作り出した方が威力は高くなるスフィア系統の術は、片手だけでは威力は収まる。その分間隔を空けず発射することも可能になるわけで、右手で火球を発射させた直後、すかさず左手で突風を巻き起こした。


 二つとも火と風の基礎魔術だ。威力の低い火球でも、間髪空けず放った突風の勢いに乗って速度が増した。


 相手にとっても予想外な攻撃だった。一度目と同じく水盾で防御したものの、思った以上に突風の勢いが重く伸し掛かり、そのまま後ろへダウンしてしまった。


 自己流で考えた術だったが、これまで何度か試したことのあるセリナにとっては、成功させる自信はあった。もちろんこれは相手が水術を得意としていたからの話で、元々火球を主に使用していたセリナが苦肉の策で思いついただけに過ぎない。


 本来水術を得意とする相手に対し、火球で攻撃すること自体理にかなわない。


 そしてもう一つ相手が驚いたことがあった。


「セリナ、どうして筆使わないの?」


「そ、それは……」


「筆なんかなくても余裕って感じなのね。凄いわ」


 相手はセリナのことを完全に尊敬しているようだ。セリナの内心は違う。筆が使えるなら使いたくてしょうがないのだ。筆なしで二回戦まで突破できたことは、セリナが一番驚いていた。


(まさか虫が気になって術が放てないなんて、言えるわけない。って、あれ?)


 セリナの筆にピタリと止まっていた緑の虫、戦闘中もピタリと止まっていて一向に離れる気配がなかったが、ふと見るとまたもいなくなっていた。


 セリナもさすがに不思議になる。だがここでセリナは、自分なりの憶測をしてみた。


(もしかして……あの虫って……)


 そのセリナの戦いぶりを、担任のアグネスが恐ろしい目つきで睨みつけていたことはセリナは知る由もない。


(やはり、セリナ。あなたは……)

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