第26話 注目の二人

 セリナも二人の戦闘が気になって仕方ないが、同じ第1グループなので見ている余裕はない。仕方なしにオルハにしっかり観戦するよう頼みつつ、どっちが勝つか予想しあった。


「ねぇ、オルハ。どっちが勝つと思う?」


「私は何とも。正直あの二人は属性の相性を除けば、魔力的にほぼ互角だと思う。1限目で出たスフィアの形状と速度からして……」


「そ、そうなの?」


 オルハの聡明な分析にセリナも驚いた。やはり見ている所が違うようだ。


 その時、突然周囲が騒めきだした。


「な、なに!?」


「あぁ、見て! あれ!」


 ギャラリーの視線の先にいたのは男子生徒と女子生徒、ともに胸に金のブローチをつけていた。


「まさか、あの二人が!?」


 一人はダリル、もう一人はロゼッタ。ともに学年主席の成績を誇る二人が、早くも二回戦でぶつかることとなった。


 ロゼッタもダリルも互いに睨みあっていた。出身中学は違えど、お互い実力は知っていた。


「なんだよ、フィガロじゃない方か……」


 自分の相手はフィガロ以外眼中にないと、言葉で言わねど伝わってくる態度だ。その言葉を聞いて言い返したのは、もう一人の首席だった。


「あまり、彼女をなめない方がいいぞ」


 フィガロが横から割り込んできた。やはりフィガロも二回戦に進んでいたが、同じ組である以上ロゼッタの実力を知っている彼は警告した。


「あぁ? どういう意味だ、フィガロ?」


「そのままの意味だ。彼女の防御術、馬鹿にしない方が身のためだぞ」


「おいおい、冗談はよせよ。決勝戦は俺とお前って決まってるだろ!」


 その言葉を聞いて腹を立てた生徒は両手で数えきれない。相変わらず人の腹を立てることに長けているらしい。周りの生徒も白けた目で見始めた。中には睨む生徒もいた。もはやカティア達も怒りを通り越して言葉が出ない。


「ほんと、人をイライラさせる天才ね、アイツ」


「マジで中学の時から何も成長してない」


 ダリルは相も変わらず左手から火花をバチバチと音を立てている。だが当然アグネスが黙っているわけはなく、ソニアに代わって注意した。


「だけど、まさか本当にロゼッタと戦うなんて……」


「ていうか、さっきあの子、ダリルを成敗するって言ってたよね?」


「それがまさか二回戦で起きるなんて……」


 ロゼッタとダリルは黙って外野に下がった。ダリルはアグネスに注意されたせいか、不機嫌な色が消せない。


 そしてダリルが同じクラスにいたもう一人の金のブローチをつけた黒髪の男子生徒に近づくと、ホークが重大なことに気づいた。


「あぁ、アイツ! さっきの俺の対戦相手!」


「え、マジ!?」


「あぁ、ブラッドね。あいつもサロニア中よ」


「ん? お前、まさかそのクジ……」


「そのまさかだよ」


 なんとザックスの次の対戦相手は、そのブラッドだった。


「安心しな。お前の無念、俺が晴らすぜ!」


「はっ、やれるもんならやってみろよ。アイツ相当手強いぜ!」


「そりゃ、お前の戦い方が下手だったからだろ」


「何だとぉ~!?」


「ホークの言う通りよ。アイツは手強いわ」ここでミリアが突然ホークを擁護した。「ブラッドはかなり特殊な奴でね。なんと重力(グラビティ)が得意なの」


 ミリアの説明に思わずホークが喰いついた。


「重力!? そうかさっきのあの術、圧迫(プレス)か!?」


「ぷ、圧迫って……?」


 またも聞きなれない術の名前に、セリナが困惑した。やはり例のごとくオルハの解説が入った。


「相手の周囲の重力を大きくして、上から押し付ける攻撃よ。かなり特殊な術で、中学卒業までで扱える者はほぼいないって聞くわ」


「あぁ、なるほど。お前がさっきやられたのって……」


「マジで最初は何されたかわかんなかったぜ。だけど今ので納得いったわ」


「でもしょうがないわよ。圧迫使いこなせる生徒とかほぼいないから」


「ダリルほどじゃないけど、アイツもかなり手強い奴よ。私も何回か戦ったけど、一回も勝てなかった」


 そのミリアの言葉をホークはじっくり聞いていたが、一方でザックスが喜々としていた。


「ん? ザックス、何が嬉しいの?」


「へへ、それなら何というか、俺の身体強化(エンハンス)が活きるかなって……」


「あぁそういえば、あんた身体強化が得意だったわね」


「正直、圧迫なら怖くないぜ。むしろ大歓迎だ!」


「はぁ? どういうことだよ、ザックス?」


「まぁ、見てろって」


 ザックスの意味深なセリフをホークが気になって仕方ない。その時、シルバードの掛け声が響いた。


「ではこれより、第1グループの模擬戦を開始します。各自ペアを組んで戦闘開始の掛け声まで待機。ほかのグループの生徒は下がってください」


「あぁ、いよいよ二回戦か……」


 セリナは再び緊張が走った。既に一回戦でも緊張していたが、勝利していたということもあって気が緩んでいた。


 そしてカティアとミリアは颯爽と校庭の中央に行き、対峙した。二人とも戦いたくてウズウズしていたようだ。


(もうあの二人ったら……)


 凄い形相で睨みあっている。まるで真剣勝負さながらの雰囲気だ。


「セリナ、頑張ってね」


「応援してるよ、正直俺達の中じゃ優勝候補だぜ」


 敗れたオルハとホークのエールが届いた。“優勝候補”という単語を聞いて、まんざらでもないセリナ。やはり模擬戦とは言え最優秀な成績を収めたい欲はある。


 そしてセリナもさっきの女子生徒と改めて向かい合う。気を引き締めるが、セリナは一回戦の失敗を繰り返さないつもりだ。


(さっきは筆で術が出なかった、今度は一発で……)


 だがそんなセリナが筆を構えるも、あろうことかまたも一回戦の時と同じことが起きた。


(え? 嘘でしょ、また!?)


 なんとセリナの魔導筆の先端の付け根部分に、一回戦の時と同じ緑色の虫が一匹止まっていた。


(そんな、さっきまでいなかったのに……)


 セリナは確かに二回戦が始まる直前に、魔導筆をこっそりポケットから取り出し、確認していた。その時には確かにいなかったはずの虫が、どういうわけか、またも戦闘開始の直前になって現れた、しかも同じ場所に。


(一体どういうことなの!?)


 さすがのセリナも困惑せざるを得ない。だがそんなセリナの困惑を無視するかのように、アグネスの戦闘開始の合図の掛け声が轟いた。


 困惑している暇などない。セリナは開き直って、術を出そうと集中した。


(虫を見ないで、虫を見ないで、虫を見ないで……)


 セリナは心の中で何度も呟いた。筆に止まっている虫が視界に入ると集中できない。本来なら手で払えばよいものの、それすら出来ないほど苦手だった。目の前にいる対戦相手の女子生徒だけを見るよう心掛け、ひたすら集中した。


 しかしそれでもやはり筆からは術が出ない。


(そんな、またさっきと同じ!?)


 動揺するセリナに向かって、一直線で水球(アクアスフィア)がぶつかろうとしていた。


「セリナ、防御してえええ!」


「くぅう!?」

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