第25話 トールの異変

「もしかして、知り合い?」


「あぁ、同じ中学出身だよ。クラスは違ってたけど、アイツ中学の時もそこまで成績が優秀ってほどじゃなかったな」


「正直、この学園に入学できたっていうのが奇跡的な奴だよ。言ってみれば落ちこぼれさ」


 その言葉にセリナだけでなく、ミリアとカティアとオルハも反応した。


「5属性のうち風しか使えねぇし、基礎魔術の不触動力アンタッチムーブとか治癒や防御もほぼダメ。中学卒業間近になってようやく風球ウインドスフィア使えるようになったらしいぜ」


「はぁ、嘘でしょ? そんなんでよく入学試験突破できたわね」


 セリナも驚かざるを得ない。今の説明を聞く限り、自分よりも明らかに劣っていると感じてしまったのだ。そんなトールがいよいよ筆を構え、初めての実戦に挑むところだ。アグネスの戦闘開始の合図の掛け声が響き渡る。


「さぁ、何秒持つかな。アイツ?」


「10秒、じゃね?」


「あんた達、応援する気なしね……」


 明らかに侮辱しているホークとザックスを見てミリアも呆れる。だがそんな二人いの嘲笑とは裏腹なことが起きた。


「え!?」


「う、嘘だろ!?」


「はぁあああ!?」


 全員呆気にとられた。アグネスの掛け声の直後、間髪入れずトールの筆の先が青く光った。そしてトールの筆の先端から火球フレイムスフィアが放たれ、信じられないほどの速度と大きさで対峙していた生徒に衝突した。


 火球をぶつけられた男子生徒は一撃でダウンし、身動き一つとれなかった。審判鳥もカウントを取ることはなく、トールはたった一撃で勝利を確定させた。


「どこが……落ちこぼれなの?」


「信じられねぇ……」


「た、多分相手が弱すぎたんじゃね?」


「それは、違うわ」


 ミリアは倒れた男子生徒に心当たりがあった。


「倒れた生徒、私が中学の時の同級生よ。成績は悪くなかった」


 それを聞いて、ホーク達はますます疑念が絶えない。


「入学試験から今日までで、猛特訓したとか?」


「まさか、3か月もないよ……」


 トール自身も驚いたような表情だ。しばらく固まっていたが、アグネスから下がるよう言われ、ようやく下がっていった。


「なんか、本人も驚いてない?」


「多分、筆で術を放ったのが初めてだからじゃ?」


 しかしそのトールの様子を怪しんでいたのは、セリナ達だけではない。アグネスとソニア、二人の教師はトールの異変に気づいてた。


(もしかして彼……)


 ソニアがアグネスのそばに寄り、生徒達から少し離れた場所へ移動し何か耳元で囁いていた。それに真っ先に気づいたのはセリナだった。


(あれ?何話し合ってるんだろう……?)


 セリナは例のごとく魔聴ヒアリングを使った。微かな小声だったが、確かに二人の会話を聞き取った。


「……彼、アレよね?」


「多分だけど……まだ確信は……」


「念のため、オライオンの所へ行くわ。あなた治癒班の評価お願い」


「わかったわ……」


 その会話を聞き取っていたセリナだったが、正直意味不明だった。オライオンと言うのは何となく人名を指しているようだが、それ以上に「アレ」という言葉が気になって仕方がない。二人は離れ、ソニアが全生徒を注目させた。


「ごめんなさい、私は少し席を外すわ。治癒班の判定はアグネス先生に依頼します。戦闘開始の号令と指揮は……」


 するとソニアが袖から奇妙な笛を取り出して、口で吹いた。どこからともなく、銀色を呈した一羽の鳥が飛んで来た。


「アレは!?」


「また審判鳥か?」


 実際には少し違った。見た目は確かに審判鳥だったが、一回り大きい。全体的に銀色を呈しており、明らかに普通の審判鳥と違う。


「どうも始めまして! 審判鳥兼、風紀委員のアシスタントを務める『銀の監視鳥』ことシルバードです。ここからは、私が指揮を執りますね」


「しゃ、喋った!?」


 突然人語を流暢に話し出したことに、生徒達は驚いた。


「私達のこともっと知りたいでしょうが、詳しくは『魔導生物学』の授業で学んでくださいね!」


「それじゃ、シルバード後はよろしく」


「はい、わかりました!」


 ソニアはシルバードに指揮を任せて、学園の校舎内へ向かった。そしてアグネスは治癒班の元へ行き、代わりにシルバードが指揮を執り始めた。


「それでは二回戦開始します。まずみなさんの持っているクジを確認してください!」


 シルバードの言葉を聞いて全生徒がクジに目を向けた。すると一回戦の冒頭で見せたように、クジから空に向かって光の細い帯が発出された。その細い帯が互いに結ばれていく。


 するとここでシルバードが追加で説明を加えた。


「なお、一回戦で敗れた生徒の数は1組の方が多かったため、10組の生徒同士のペアがいくつか出来ると思います」


 セリナがその言葉を聞いていたが、それ以上に自分の対戦相手が気になった。そして細い帯を頼りに、次の対戦相手を見つけた。


「あれ、あの子は……?」


 セリナのクジと結ばれた相手は、これまた見覚えがあった。


「あなた、昨日の……?」


「あ、セリナ……さん、よね?」


 昨日会った生徒だが名前はすぐに出てこなかった。しかし唯一覚えていたのは、彼女かパールを渡したということだ。


「昨日はありがとう。あなたのパール、本当綺麗ね」


「こちらこそありがとう。でもまさかあなたと戦えるだなんて……」


 その言葉はセリナも言いたかった。クラスまでは聞いていなかったが、まさか1組だったとは予想外だった。


「お手柔らかによろしくね、セリナさん」


「こちらこそよろしく。あと“さん”はつけなくていいから……」


 セリナとパールを渡した女子は互いに握手をした。だがその時、後ろにいたカティアとミリアの驚きの声が響いた。


「う、嘘でしょ……?」


「信じられない!」


 何事かと思ったセリナも振り向くと、二人が見つめ合っていた。その二人のクジから出た細い光の帯を見ると、何と上空で結ばれているのが見て取れた。


「そんな、もしかして……」


「カティアとミリアの二人が戦うなんて……」


 さっきシルバードが言っていたことが、まさか目の前で起きるとは思いもよらなかった。二回戦はカティアとミリア、二人の直接対決が行われる。しかし驚いているのも束の間、二人の中で謎の闘志が芽生えた。


「絶対負けないから!」


「私だって!」


 明らかに二人は互いにライバル視していた。ただこれまでのカティアとミリアのやり取りから、セリナとオルハも察していた。


 だがさっきオルハと約束したことを、もう二人は忘れていたようだ。


「ちょっと待って、ダリルはどうすんだ!?」


 ホークの指摘にカティアとミリアもハッと気づいた。


「あ、そうだった」


「ミリア、私のことは気にしなくていいから」


 さすがのオルハも気を使った。それを聞いてミリアも一安心したようだ。


「ふぅ、そうね。いくら同じクラス同士だからって、手加減して戦うわけにはいかないし……」


「そうよ、ダリルと戦う時はまたいつか来るわ。それに私……」


「へ、オルハ。どうしたの?」


「あ! いや、なんでもないわ」


 オルハが何か言いたげな素振りを見せたが、すぐさまシルバードの声が響き渡った。


「一回戦目は26組いたわけですが、二回戦目はその半分の13組です。それでもやはり数が多いので、一回戦と同様グループ分けします」


 全員の持っていたクジが突然光り出した。すると散らばっていた審判鳥達がそのクジの細い帯全てに嘴を当て、色を付着させた。


「な、なにコレ?」


 セリナは初めて見る光景に目を丸くした。まさか審判鳥にそんな芸当ができるとは予想すらしていなかった。


「今、改めてみなさんのクジの色を変えました。二回戦は3つのグループに分けるので、赤・青・黄の3色です」


 その言葉通り、生徒達の持っていたクジの細い光の帯の色が変わり始めた。セリナの持っていたクジは赤い色、カティアとミリアのそれも同じ色になった。


「第1グループね」


「準備はいい、ミリア?」


「いつでもいいわよ、カティアこそ大丈夫なの?」


「私、水が得意って知ってるわよねぇ」


「それが……どうしたのよ?」


 カティアとミリアの意味深な会話に、セリナも思わず気にならざるを得ない。もちろんカティアの言いたいことはわかっていた。


「言っておきますけど、水だからって関係ないんだから。あ、それとさっきの水鉄砲アクアガンなんか私に通用しないわよ」


「言ったわね!」


 ミリアの得意術は火だ。属性的には明らかに不利だが、それでも強気な姿勢を崩さない。

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