第24話 瞬速の投雷

 ミリアの言葉でさらに驚愕してしまう。


「それ正気? レベル7のスフィアとか作れるわけが……」


「オルハちゃんには悪いけど、彼女の攻撃レベルじゃ勝ち目は薄いな」


 ホークの指摘に、カティアとセリナは睨みつける。目で「オルハのこと馬鹿にしないで」と訴えているのはホークも重々承知だ。


 しかしその指摘通りだった。オルハはその後も何度も風球ウインドスフィアをダリルに向けて放つも、全てダリルの目の前で掻き消された。


 そして今更ながらセリナ達が気づいたことがある。いや既に戦闘が始まった時からだったが、何とダリルはその両手に何も持っていなかった。


「ていうか、ダリルも筆なし?」


「本当、余裕満々って感じね」


 筆を持っていないにも拘らず、筆を持っているオルハを全く寄せ付けない実力。セリナもカティアも顔色が悪くなる。


「見たところ、オルハも全力で放っているようね。あれが精一杯だとしたら……」


「そんな、ってことは……」


「おいおい、さっきからなんだよ。やる気あんのか!?」


 ダリルの冷めた挑発がまたも耳に届いた。そんな挑発もオルハは聞く余裕がないようだ。またも間髪入れず風球を作ろうとしていた。


 しかし明らかにオルハの様子が、おかしくなってきた。


「あぁ、風球が!」


「小さくなってきた……」


 風球は魔力消費が激しい。オルハの体力も限界に近づいていた。そんな彼女にあきれつつ、ダリルも攻撃態勢に入った。


「はぁ、もう飽きてきたぜ」


 直後ダリルの右手から、眩しい光が放たれた。遅れてバーンという轟音が鳴り響いたかと思うと、何とオルハが仰向けに倒れていた。


「え!?」


「な、なに!?」


「そんな……」


「やっぱり……」


「あぁ、またやっちまったよ。わりぃな、手加減が下手で」


 セリナ達はわけがわけらなかった。オルハの目の前にあった風球も消えていた。まさに一瞬の出来事だった。それを予想していたのはミリアだけだった。


「カウントは取る必要はねぇよ。しばらく起き上がらねぇ。早いとこ治癒してやんな」


 ダリルは勝利判定をしていた審判鳥に勧告した。審判鳥は黙ってオルハの体に近づき、カウントも取らずアグネスに報告し、ダリルの勝利を告げた。


 その直後、ダリルを応援していた女子達の黄色い声が響き渡った。


「きゃあー、ダリル様ステキー!!」


「ほんと、もう痺れるわー!!」


 そんな女子達の声すら気にならないほど、セリナ達は呆気にとられていた。未だにオルハが敗れたことが信じられない。


「お、オルハが……」


 セリナは声を震わせていた。オルハが倒れたままピクリとも動かない。そんな様子を見て、ミリアも気持ちを察した。


「心配しないで、セリナ。気を失ってるだけよ」


「ど、どういうこと!?」


「ていうか、さっきのあの術何!? 何がどうなってんの?」


「あれは、投雷ジャベリンよ」


 ミリアはダリルの攻撃術を知っていた。その名称を聞いても、ほかの4人はピンと来なかった。


「投雷……?」


「片手に雷気を溜めて、それを超高速で投擲するの。雷の持つ超高速な特性を生かした攻撃術で、あくまで相手を気絶させる程度の威力よ。ダリルが最も得意とする術なの」


「超高速って、全然見えなかった……」


「下手なスフィアよりも、よっぽど強力じゃない?」


「まぁ、目で捉えるのはほぼ無理ね。熟練魔導士なら、並の魔導士を一度に大勢気絶させるほどだから」


 そしてオルハも治癒班によって無事に立ち上がり、セリナ達の元へ戻ってきた。


「あ、オルハ、お帰り!大丈夫なの?」


 セリナはまるで親が子供を心配するかのような態度で、真っ先にオルハに声を掛けた。


「へ、平気よ。痛くもなかった。あれ、投雷でしょ」


「あ、知ってたんだ」


「そりゃオルハだからね」


「それにしても、相手が悪かったよね」


「……」


 ホークが気遣ったが、オルハは黙り込んだ。そしてその表情は凄く申し訳なさそうにしていた。その気持ちをオルハは察した。


「気にしなくていいから、オルハ」


「ミリア……」


「私達が絶対ダリル倒すから、安心して……」


 ミリアの強い気持ちは、セリナ達も痛いほど理解していた。が、理解まではしていたものの、実際そんな簡単にいくものではない。先ほどのダリルの戦いぶりを見て、自信をなくした。


(もう、ミリア簡単に言ってくれるな……)


 オルハの気持ちを察すれば、勝てる自信がないとはとても言えない。しかしそんな彼女らに、思わぬ助け船がやってきた。


「その必要はないわ」


 突然別の女子生徒が聞こえた。聞き覚えがある声だった。見てみると、端正な黒髪の背の低い女子生徒だった。セリナ達は一目見て誰かわかった。


「ろ、ロゼッタ!?」


「あなた、いつの間に?」


 突然横から現れたロゼッタに一同驚きの顔を隠せない。そしてロゼッタは驚くセリナ達の表情など気にすることもなく、表情を変えず話し続けた。


「あのイキリ野郎は私が成敗するから」


「え!?」


 それだけ言ってロゼッタは立ち去った。その後姿から並々ならぬ闘志を窺えた。


「へぇ、あの子があんな自信たっぷりなこと言うなんてね」


「ちょっと意外よね……」


「本当、マジでわかんないわ。あの子……」


「けど、ロゼッタなら本当に勝てるかも」


 ロゼッタの言葉はハッタリではないとオルハは感じていた。そんなオルハの言葉にセリナも気になった。


「ロゼッタなら勝てるって、どういうこと?」


「正直あの子防御だけでしょ、さっきの戦法が通用するなんて……」


「第一、投雷どうすんの? あれを防がない限り……」


 だがそんなことを議論している時間はなかった。直後、アグネスが第5グループを呼びかける声が響き渡った。


「あ、第5グループ……って、私達もう終わりか?」


「二回戦まで少し間空くね。ちょっと休もうかな」


 第5グループに知り合いはいない。知らない生徒ばかりだった。本来ならセリナ達も次の二回戦に備え、体を休めておく必要がある。しかしセリナは一人の男子生徒に目が止まった。


「あれ、あの人は……?」


「ん? どうしたの、セリナ?」


 セリナが目に止まった男子生徒にカティア達も注目し、やはり全員その正体がわかった。


「あぁ、あいつは!?」


「トールか!?」


 第5グループで出てきた男子生徒の一人に、10組の男子生徒トールの姿があった。実はセリナ達がトールを注目せざるを得ない理由は確かにあった。


「そういえばアイツ……」


「体調大丈夫なのか!?」


 その言葉を聞いてセリナも思い出した。実はトールは1限目の授業こそ出席したものの、ある事情から術を披露できずにいた。


「体調悪くなって保健室行ったんだよね、もう大丈夫なのかな?」


「見たところ、回復してるっぽいけど。それにしても……」


「はは。すんげぇ緊張してやがんな……」


 ホークとザックスが笑いながらトールについて語っている。

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