第17話 不気味な先生

「昨日の自己紹介の時から気になってたんだよ、君のこと」


「マジで感激だよ! あの大賢者の末裔と一緒のクラスになれるなんて」


 二人とも最初のカティアと同じリアクションをした。自分のことを知っている生徒がほかにいてくれて嬉しさもあり、恥ずかしさもあった。


「ありがとう……」


 セリナの気持ちは複雑だった。目の前の二人は自分と会ったことに感激していたが、セリナはこの目の前の二人が自分の順位など、気にしていないことを祈るだけだった。しかしそんな心配は杞憂だった。それどころか、二人は勢いづいたかのようにセリナと話し始めた。


「ラングランってさぁ、風光明媚なところだよね。確か一年中咲くオレンジの花があるよね」


「好きな食べ物何かな? あ、俺は昨日食堂で食べた、虹色焼きパンがすげぇ好きでさぁ……」


「えぇと、わ、私は……」


「夏休みに入ったら里帰りする予定? よかったらラングラン案内してよ」


 セリナは慌てふためいた。一斉に質問されても返答に困っているのもあったが、それを見たカティアとミリアは呆れた目で見た。


(マジでうざいわ……)


(あたし達は、眼中にないの……)


 これは俗にいう“ナンパ”という行為だ。さっきからザックスとホークは、セリナとしか話していない。明らかに二人ともセリナを狙っている。もちろん無視すればいい話だが、残念ながらセリナにその技術が足りなかったようだ。


「風と水以外だとどの属性が使えるの? よかったらもう一度見せてくんないかな?」


「はーい、そこまで!」


 たまりかねてミリアは間に入った。天井まで届くほどの火柱を筆の先から立て、今にも2人を焼き尽くすかの勢いだ。


「ちょ、ミリアったら……」


「なんだよ、あんた。おっかない顔して!」


「おっかなくない。もうすぐ2限目始まるでしょ!」


「あ? そういえばそうだった」


「そうよ、そうよ。ほら行こう。セリナ!」


「あ、そうね……」


「ということで、ごめんなさいね」


 ミリアの仲裁で、なんとかザックスとホークの二人を振り切った。しかし内心は自分らが眼中にないことへの嫉妬心もあったが、当然言えなかった。カティアも同じ気持ちだった。オルハに至っては二人ほどではないが、それでもセリナへの羨ましさは隠せない。


 ザックスとホークは立ち去っていくセリナ達を、呆然と見つめていた。


「あぁ、行っちゃった……」


「やっぱり、改めて見ると可愛かったな、セリナちゃん……」


「可愛いだけじゃなく、魔術の才能にも長けている、あの子は本当に……」


 ザックスが言い終わる前に次の授業の予鈴が鳴った。


「うわ、やっべぇ! 次の授業始まるじゃん!」


「急げ、急げ!!」


 二人は2限目の授業が行われる教室へ走り出した。しかしその途中、校庭で同じ深緑色の制服を着た生徒の集団を目の当たりにした。


「あれ、あいつらは?」


「もしかして、実戦形式の授業じゃね?」


「2組以上で行われるんだっけ、俺達は確か午後にあるよな」


 二人とも窓を見下ろし、校庭の集団が気になってしょうがなかった。そして一人の生徒に目が止まり、さらに二人を足止めしてしまう。


「あれ、あの男子生徒……?」


「どうした、ザックス? 知ってんの?」


「いや、どこかで見たことあるような……」


 ザックスが目に止まった一人の生徒は異様に気品だっていた。それは気のせいではなく、その周りには複数の女子生徒が彼を囲んでいた。


「うわぁ、モテモテだね。羨ましいなぁ」


「あ、思い出した。フリッツ親王殿下だ!」


「え、国王の孫!?」


「学生服だけど、あの出で立ちは見間違わねぇ」


「確か、王族にもかかわらず類まれなる魔術の才能に恵まれているって、噂になってたよな」


「ついに本気になって魔導士を目指すってか、それにしてもよく許可が下りたよな」


 二人が見守る中、生徒の集団の中心に教師らしい人物が立ち、静めた。何やら授業の形式と内容について簡単に説明を行っていた様子を、ザックスとホークは興味深げに見下ろしていた。


 その背後に奇妙なレンズをかけた青黒く染まった髪の教員魔導士が、そっと近づいていることなど露ほど知らずに。


「うお! とうとう始まるぜ、模擬戦が!」


 複数の生徒がペアを組んであちこちに散らばっていき、そのペア同士で魔術を撃ち合う模擬戦があちこちで繰り広げられた。ほとんどの生徒が筆を持って攻撃術を仕掛けていたが、その中にフリッツの姿もあった。


「おい見ろよ、フリッツも混ざってるぜ」


 ホークは真っ先にフリッツの姿を捉えた。やはりフリッツも他の生徒と同様、ペアを組み、筆を構えていた。直後、フリッツの筆から放たれた気流が対面する生徒に一直線に向かった。その気流に対して相対する生徒も、水鉄砲を放ち、お互いの攻撃術を打ち消しあった。


「あいつ、風が得意なんだな。にしても大したもんだぜ、王族のくせに」


「うーん、あの気流の厚さと速さだとそこまで大した魔力じゃないかも。俺とほぼ五分ってところか?」


 ホークが自分なりの分析で、フリッツの魔力測定を行った。ザックスもその言葉に思わず喰いついた。


「お前と五分なら、多分俺なら余裕で勝てるな」


「はぁ? どういう意味だよ、それ?」


「俺の身体強化(エンハンス)なめるなよ」


「いやいや、ぜってぇ俺の風の方が強いから」


 ザックスのジョークをホークは笑いながら返した。中学時代からこういった掛け合いは日常茶飯だった。だがそんな二人の掛け合いはそこまでだった。


「ぐわぁ!?」


「なんだ!?体が動かねぇ……」


「これは、金縛り!?」


「お・ま・え・た・ち」


 二人の背後から不気味な男の声が聞こえた。やや殺気だったようにも聞こえたが、そんな声の恐ろしさに呼応するかのように、ホークとザックスは地面から宙に浮かび上がり静止させられた。


「初日から私の授業をサボるとはいい度胸だな……」


「あ、あなたは……」


 二人は体の向きを窓から通路側に転換された。そして目の前には、全身黒いローブと顔に特殊なレンズを掛けた、青黒い長髪の魔導士が立っていた。


「『王国史』担当のパウロ先生?」


「私の授業はそんなに受けたくないか?」


「いえ……そんなことは……」


「い、今から教室に向かうところでしたよ、へへ……」


 ザックスとホークを術で宙に浮かせたまま、パウロは冷徹に見上げていた。レンズを掛け目は見えなかったが、それでも二人は底知れぬ恐怖を感じていた。


「わたしの金縛りはまだレベル4だが、5以上味わいたいか?」


 パウロの意味深な言葉はさらに二人にプレッシャーを与えた。今でも十分苦痛なのに、レベル5以上になればどれほどの苦しみになるか想像できない。


「いえ……4で十分です……」


「ならば、お前達には少し手伝ってもらうとしよう……」


 その言葉を発した直後、地面に何やら巨大な黒い穴が出現し、三人とも吸い込まれた。


「な、なんだ!?」


「空間移動穴(トンネル)だ。歩くと時間かかるのでな」


 穴に吸い込まれ真っ暗になっていたのは数秒の間だった。ホークとザックスは多数の生徒が座っていた教室へ着地した。少し離れた場所にパウロも立ったまま着地した。


 あまりの出来事に呆然となったホークとザックスだったが、目の前にいた生徒達の中にセリナ達の姿を捉えると、どこにいるのか把握した。


「ちょ、どこから出てきたの!?」


「あれは、空間移動穴!?」


 驚いたのはホークとザックスだけではない。突如天井から降ってきた三人の姿に、生徒達のドヨメキは止まらない。しかしパウロは何事もなかったかのように、教卓の後ろに立ち教科書を手に持ち話し始めた。


「みんな、待たせたな。それじゃ授業を始めるが、その前に……」


 その言葉の直後、ザックスとホークは自分の意志とは関係なく起立させられた。


「え、なに!?」


「また、金縛りかよ!?」


「この二人には遅刻した罰として、教科書を順番に朗読してもらうことにした」


「はぁ、嘘でしょ!?」


 げんなりする二人の気持ちなど全く考えず、パウロは質問する。


「金髪のお前、名前は?」


「ざ、ザックスです……」


「では、ザックスから朗読だ。まず第1章『王国の成り立ちまで』から」


 パウロの左腕によって操り人形になっていたザックスとホークは、その言葉に従わざるを得なかった。その授業の間、延々とザックスとホークの朗読が続いた。その光景を見たセリナはふと思った。


(アグネス先生より怖い……)

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