第18話 魔聴継ぎし者

 2限目の授業が終わり、セリナ達は全員食堂で食事をとっていた。その横には、さっき1時間以上も立ったまま教科書を朗読し続けたザックスとホークが、疲れきった様子で座っていた。


 2人ともあまりの疲労感からか、食事をすぐに食べ終わってしまった。そして直後に頼んだお替りまで平らげてしまった。


「もう、あなた達食べすぎでしょ!?」


「なに言ってんだ、マジで食べなきゃやってられねぇよ!」


「本当だ。ったくあの先生マジやりすぎだぜ、ちょっと遅刻したくらいでずっと読ませやがって!」


「遅刻したあなた達が悪いんでしょ?」


「そうは言っても、つい夢中になってしまって」


「夢中って、何の話?」


「あぁそうか、ってあんたら知らないの?」


「だから一体何のことよ?」


「2限目、第二校庭で面白い授業あったんだぜ!」


「そうか、あの教室からじゃ第二校庭見えねぇか」


 ホークとザックスの言っていたことに今いち理解が追い付かなかったが、オルハは察したように質問した。


「模擬戦授業のこと?」


「お、それそれ! 実はその中に面白い人物がいてね」


「面白い人物?」


「さぁ、誰だと思う?」


 ホークの興味を惹くような質問に、すぐに答えが思い浮かんだのはセリナだった。


「もしかして……フリッツ……親王殿下のこと?」


「お、正解! やっぱセリナも知ってんだね」


「殿下って、確か風の魔術が得意だったよね?」


「そう、それそれ。俺殿下が気流出すところ見たんだよね」


「へぇ、それでどうだったの?」


 フリッツの魔術のレベルと凄さはセリナもよく知っていた。過去には観光に訪れていたフリッツだが、ホークの言葉にセリナは耳を傾けざるを得ない。仮にも幼少期に一時的ではあるが、共に魔術の鍛錬をしていた仲だ。


 そんなフリッツを褒め称える声が聞けると期待していたセリナだが、ホークの口から出た言葉に愕然とした。


「うーん、期待外れかなって感じ」


「き、期待外れって?」


「思ってた以上に強くない魔術だよ。相手が出した水鉄砲とも互角だったしいね。あれじゃ、成績もそこまで上位じゃないと思うけど」


「そんなことないわ!!」


 あまりの低評価にセリナは思わず大声を上げた。昔から特にフリッツのことについての悪口については、自分への悪口以上に感情的に反応してしまう悪い癖があった。だが驚いたホーク達の顔を見て、セリナも我に返り冷静になって反論した。


「いや、その……なんというか。た、たかが模擬戦でしょ、彼……殿下だって本気を出してらっしゃらないだけだと思う」


 慣れてない尊敬語を使いつつも、必死になってフリッツの弱さを否定した。


「セリナの言う通りよ。何を根拠にそんな判断下せるのかしら」


 カティアもセリナと同調した。だがホークもただ黙っているわけではなかった。


「なんだよ、俺の分析がおかしいっての? 俺も殿下と同じ風の術が得意だし、さっきの授業で出した俺の気流とほぼ同じ大きさだったんだよね」


「へぇ、あんたと同じねぇ……」


 ミリアが蔑んだ目でホークの方を見つめながら言った。さらにオルハも同調したように説明を加えた。


「魔術の威力を見た目だけで判断するのは悪い癖よ、最初から全力でいくわけないし。それに……」


「それに、なんだよ?」


「あんまし王族の悪口を、軽々と言うのは危険よ」


「え? それってどういう意味?」


 オルハの言葉に不穏な気配を感じ、全員耳を傾けた。


「魔聴(ヒアリング)って聞いたことある?」


「魔聴!?」


 その言葉を聞いてセリナ以外の4人は、思わずきょとんとした。セリナは既に習得していた魔術なだけに、何も驚くことはなかった。だがセリナが驚いたのは、オルハの口から魔聴という言葉が出たことだ。


 セリナ自身よく知っている術だが、まさかこれほど身近に魔聴の存在を知っている人物がいるとは予想もしなかった。一見感動したいところだが、嬉しさを軽々しく言えない事情があり、セリナは思わず下を向いた。その事情をオルハが簡単に解説してくれた。


「王立図書館の歴史書で読んだことあるの。王族の起源とか歴代政権との関係や相関図とか記載されていたんだけど。その昔、魔聴と言って遥か遠くの距離の話し声まで聞くことができる魔術の使い手が、王宮にいたそうよ」


「もしかして……その術で?」


「王族への不平不満とか政府への批判ですら、それで聴き取り罰していた。なんて言いたいの?」


 カティアが半分冗談交じりに作った解答を言ってみたが、それに黙ってオルハは頷いた。


「信じられないわ、そんなこと王国憲法が保障する『批評の自由』に違反するじゃない!」


「あくまで憲法が制定される前の話、だから」


「あぁ、その話俺も聞いたことあるぜ。爺ちゃんからだけど、現在はそんな古臭い術使える奴いないだろう、って言ってたな」


「え? じゃあ、何も怖いことないじゃん!」


「もう、あんたったら。また彼の言うこと真に受けて!」


「それは間違ってないと思うわ。魔聴は特殊すぎる術なだけに、使い手が直接後継者に伝授しないといけないとも書かれていたわ」


 聡明で勉強熱心なオルハの解説には、謎の説得力があった。ほかの4人もその解説に聞き入り、信ぴょう性の高さを感じた。


「要するに、今はその後継者とやらがいなくなって、魔聴の使い手もいなくなったってこと?」


「そう……だと思うけど」


「思うけどって、あんた……」


「ま、さすがにこの学園内にはその後継者はいないでしょ?」


「そうね、私もそうだと信じたいわ」


 ミリアは笑いながら返した。カティアとオルハ、そしてザックスとホークもそれに同調した。


「仮にいたとしても、ここは学園でしょ。王族も貴族も平民も平等に扱われる決まりがあるわ」


「ごめんなさい、不安を煽ること話しちゃって」


 5人とも不安と緊張感が高まっていたが、オルハの言葉で落ち着きを取り戻した。しかしその最中、セリナだけ気まずそうに黙っていた。


「ってかセリナどうしたの? さっきから大丈夫?」


 カティアが心配そうに声をかけた。間違っても自分がその後継者の一人だってことは言えない。実を言うと、親にも話していない術なだけに、何としても秘匿しなければいけなかった。


「大丈夫よ、なんでもないわ。ちょっと……次の授業のことで頭が一杯になって」


「え、次の授業って?」


 セリナはうまい具合に会話を反らした。次の授業という言葉を出せば、ほかの5人は嫌でも反応せざるを得ないを知っていたからだ。


「あぁ、そうか! 次の授業って!?」


「今度は、俺達が模擬戦やる番だな!」


 その時やや短い間隔で鳴る鐘の音が響いた。音の大きさも本鈴よりやや小さい。昼食明けの授業が始まる10分前に鳴る予鈴だ。


「嘘、もうこんな時間!?」


「あぁ、急がないと。また先生に怒られる」


「ていうか、私達の模擬戦の相手って……」


 ここでカティアは、授業の日程と内容が記載された紙を取り出した。しかし、確認する間もなくオルハがその答えを言った。


「1組よ。今朝ミリアが言ってたあの人がいる……」


「げっ! マジで……」


「うわぁ、恐れていたことが起きた」


「ん? あの人って、誰の事?」


 今朝のことを知らないホークとザックスは、怪訝な顔をしている。しかし説明を求めている2人に対して、時間がないのを理由に後で聞くようセリナが促した。


 6人とも残り時間が少ないのを理由に食堂を後にし、急いで模擬戦を行う授業の場所へ行った。彼らが模擬戦を行うのは第二校庭、フリッツが模擬戦を行ったのと同じ場所だ。

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