第16話 水晶の言葉

 1限目が終わった。生徒達は何事もなかったかのように、広間を後にした。セリナ達も2限目の授業が行われる教室に向かっていた。だがその道中、セリナ達はさっきの顛末が気になって仕方なかった。


「ねぇ、セリナ。さっきのアレなんだけど」


「やっぱり……気になる?」


「気にならない方がおかしいわ。さっきは適当に誤魔化したけど」


「先生も驚いてたよね」


「あんな術、私も見たことない。先生も驚いていたでしょ。何というか、あなたの得意魔術って言うのは……」


「まさか、風と水……?」


「それは……多分違うと思う」


「違うってどういうこと?」


「たった一つだけ言えるのは、私には得意魔術がないってこと……」


「でも、ちゃんと筆からは術が出たわよ」


「あれはその……なんというか……」


 セリナにとっても口で説明するのは難しかった。だがオルハは、セリナの言っていることの矛盾点を解明した。


「多分、あなたの言いたいことって、得意魔術がないんじゃなくて、『わからない』ってことなんじゃないの?」


「え、どういうこと!?」


「……」


 セリナはオルハの指摘に何も答えられなかった。何を隠そう、確かにその通りだったのだ。


「得意魔術と言えば、誰しも小学校に入った直後に検査されるから……」


「あぁそういえば、そんなのあったね!」


「懐かしい。私なんか速攻で“火”って言われたわ!」


「セリナ、その時何て言われたの?」


「……」


 セリナは何も答えなかった。だがこれこそが答えでもあった。


「私の検査は……」


 しばらくしてようやくセリナが話し始めた。その内容は、俄かには信じられないような内容だった。


 セリナがまだ7歳の頃、小学校に入ったばかりだったが、魔導士の素養の検査と題して、大きな水晶に触れた日のことだ。


 その水晶はアズミアン王国に生まれた人間なら、誰もが一度手にする。将来優秀な魔導士になるかどうかの素養、そして最も相性の良い魔術は何か、大魔導士になれるのに必要な期間を指南してくれる便利な道具として長年使われている。


 セリナ自身はやはりというか、生まれながらにして魔術の才能があった。生まれて間もなくの頃、特に意識もせずいきなり火の魔術を放ち、危うく実家を火事にしてしまうこともあったくらいだ。大賢者の末裔という肩書は偽物ではない。


 その言葉を幼少期から聞かされたセリナは、地元の小学校に入ってすぐに手にした水晶の反応にドキドキした。自分には魔術の才能が溢れている。自覚もしていたし、親戚や王族からも噂されるほどだった。


 だが水晶の言葉は、そんな周囲の反応とは全く異なるものだった。


「……」


 水晶は何も発しなかった。それどころか、水晶は本来なら持った魔導士の得意魔術に対応する色に発光し、対応する属性の術が何であるか発するはずだが、セリナが持っても何色にも光らなかった。


 そしてしばらく経って返ってきた水晶の言葉に、さらに衝撃が走った。


「君は……わからない」


 その場にいた先生も、聞いたこともない反応だったのだろう。水晶の不具合だと思った学校側は、わざわざ宮殿から司祭を呼んで水晶の異常を調べさせた。だがそれでも、水晶に何も異常は見つからなかった。


 セリナにとっても信じられない、いや信じたくない出来事だった。自分には魔術の才能が長けている。それは家族や親戚、そして王族からも信頼されている。にもかかわらず、水晶は何も答えなかった。

 「もしかしたら水晶にもわからないことがあるかもしれない」と後で司祭から一応の慰めは受けたが、それでもセリナの心は晴れなかった。


 「得意魔術がわからない」という前例のない言葉を聞いて、自信を無くしていた。本来なら得意魔術はその水晶の言葉に従う。魔導士の多くはその得意魔術をまず極め、それからほかの属性も習得し、やがては複数の属性術を自在に操る大魔導士への階段を登るのだ。


 セリナはその大魔導士への階段に登る手前で、門前払いを受けた。しかし完全に阻まれたわけではない。


「魔術の才能には溢れているでしょ、あなた?」


「そうね、才能なかったら『君には適正がない』って言われるだけで……」


「『わからない』っていうのは、逆に興味がわくわ。さっき見せたアレが何よりの証拠……」


 その言葉に呼応するかのように、さきほどのセリナの離れ業が気になった数名の生徒が、セリナの元へ駆け寄ってきた。


「あ、いたいた!」


「ねぇ、あなた。さっきのアレ、もう一回見せて!」


「どうやってやったの?」


 もう自分のファンが何人か出来たのだろうか、男子生徒もいれば、女子生徒も何人かいる。セリナはやや鼻が高くなった。


「あぁ、モテモテね。羨ましい」


 カティアが羨ましがるのを尻目に、セリナは筆を手に持った。そして先ほどと同じように、風と水のスフィアを同時に出そうとした。しかし、いつまで経っても筆は光らない。


「あれ、さっきはうまくいったのに?」


「もう、セリナったら。まだコツ掴めてなかったの?」


「そ、そんなことないから!」


 セリナはさっきと同じように再び強く念じ始めたが、やはり一向に筆は光らない。まだ筆を使っての術の発動に慣れていない様を露呈してしまい、再び劣等感が押し寄せた。


「筆というか、手先に魔力を集中させるだけでいいのよ」


「ごめん、オルハ。静かにしてて、集中するから」


 オルハの的確なアドバイスすら聞こうとしない。セリナの珍しくムキになった様子に、オルハもたじろんだ。


(集中して……全然難しくないはずよ)


 セリナは姿勢を正し、目を閉じた。コツというのは正直わからない。昔から魔術は己の感覚と適当な訓練で磨き上げてきたセリナにとって、筆から術を放つのもそれと同じようにやればいいはずだと、認識した。


 そのセリナの念に応じたのか、直後セリナの筆の先端からまたも強烈な光が放たれ、風と水のスフィアがまたも同時に出現した。


 その直後、またもスフィアは超高速で回転し合い、やがて合体した。再び風と水の2色を縞状に呈したそのスフィアを目の当たりにした一同は、再度拍手喝采した。


「凄い! また出た!」


「一体どうなってんだ!?」


「こんな術、見たことない」


 ある程度筆から術を放つコツを掴んだらしい。生徒からの賞賛の言葉も浴びて、セリナはかなり自信がついてきた。すると男子生徒の一人が、セリナへ喜々と語り掛けてきた。


「君、風と水の魔術が得意だったんだね。凄いな、2属性も使いこなすだなんて!」


「いや、私の得意魔術は……」


 セリナは否定しようとしたが、男子生徒の尊敬の目が止まない。


「スフィアは膨大な魔力を消費するからね。普通は2属性も同時には出せないはずだよ」


「一体今までどんな特訓してきたの? というか、君どこの中学出身だっけ?」


「わ、私はラングランの出身で……」


 セリナは簡単に自身の経歴を説明した。それに対してさらに興味がわいたのか、男子生徒達の質問が止まない。


「そうか思い出した! 君、あの大賢者ライザの末裔の…」


「神話で大災魔ギラードを討伐したというあの大賢者だよね? 凄いな、もしやと思ったけど、やっぱり本当だったんだね」


「道理で2属性も操れるわけだ。素質が違うんだな」


「いや、そういうわけじゃ…」


 セリナの意に反して、男子生徒のお世辞が止まらない。セリナもさすがに顔が赤くなってきた。


「あ、そういえば自己紹介まだだったね。俺はポルース中学出身のザックス・ヒルダ・オルゼ、ザックスって呼んでよ」


「同じくポルース中学出身のホーク・テスラ・アレサンドロ、ホークでいいぜ」


 一人は金髪でやや肩幅が広くがっしりした体型、もう一人は茶髪でかなり長身な見た目だ。セリナもその2名の男子生徒に見覚えがあった。昨日セリナが自己紹介した際に、最後に質問してきた2名の男子生徒だった。

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