第15話 セリナの驚愕の魔術

 セリナは胸がドキドキした。さっきまで魔導筆を使って文字を書く練習ばかりしていたが、今度は魔術を放つ練習だった。だがここで、セリナはなぜか胸騒ぎがした。いざ筆を持って構え、ただ念じればそれだけでその魔導士の得意とする魔術が放たれるわけだが、セリナにはセリナ特有の問題があることに気づく。


 セリナ以外の3人も待ってましたと言わんばかりに杖を構えた。すると数秒後には、3人ともそれぞれが得意とする魔術が繰り出された。


 カティアは水の魔術、ミリアは火の魔術、オルハは風の魔術、それぞれの属性で作られた球(スフィア)が宙に浮き、壁に向かって飛んで行った。


「やった、できた!」


「すごい、マジですぐ術が出るわ」


「魔導筆、本当便利」


 3人とも筆の性能に驚きと称賛の声だ。しかしアグネスの不機嫌そうな表情は消えない。見てみると、なんとセリナがまだ魔術を放っておらず、ただ筆を構えたまま立っているだけだった。


「セリナ、まだ出ないの?」


「いや……ちょっと待ってください!」


 明らかにセリナの様子がおかしかった。その後いくら待っても、いくら強く念じてもセリナの筆の先から何の魔術も放たれない。


「セリナ、どうしたの?」カティアもさすがに不安になった。


「魔術が……出ない」


 そのセリナの言葉を聞いて、一同騒然となった。無理もない、これまでセリナ以外の全生徒は何らかの魔術が放たれていたのだ。ここでアグネスもセリナの得意魔術のことを思い出した。


「そういえばあなた昨日、『得意魔術はない』って言ったわよね?」


 その言葉にセリナは黙っていた。生徒一同はさらに騒めきだした。「そんなわけないでしょ?」という冷や声まで聞こえた。


(やっぱり、私は……)


「そんなことないでしょ、さすがに何か出るはずよ。ねぇ、私達が攻撃仕掛けるから、防御とか治癒とか試してみて! 先生いいでしょ?」


 カティアは必死になってアグネスに頼んだ。アグネスもそれを了承し、カティアがまずセリナに術を仕掛けた。


「まずは防御術から、セリナ準備はいい?」


「う、うん……」


 カティアがセリナに対して筆を構える。そしてセリナも筆を構える。カティアの目の前に無数の水弾(アクアバレット)が出来上がった。そしてそれを放とうとしたが、寸前のところでアグネスの声が響いた。


「ストップ! 放つ必要はないわ」


「え? どういうことですか?」


 カティアは慌てて水弾を消した。意味が分からなかったが、その理由をオルハが代わりに説明してくれた。


「筆の先端が光ってないわ」


「筆の先端……あぁ、そうか!」


 筆は魔術を放つ瞬間に筆の先端が光る性質がある。ロゼッタの時も、防御術を放つ瞬間は確かに先端が光っていた。それが出なかったことで、わざわざ攻撃を仕掛ける必要もなくなった。


「防御術はダメ、じゃあ治癒は?」


「誰か被弾役を」


「じゃあ、私代わりに攻撃喰らうわ。カティア手加減してね」


「わかってる」


 カティアの筆が今度はミリアに向いた。カティアがさっきと同じように水弾を作り出した。そして慎重にだが、ミリアに向けて飛ばした。


「くぅ、痛いって!」


「ご、ごめん」


「セリナ、治癒を!」


「は、はい!」


 セリナがミリアの隣にいき、筆の先端をミリアの胴体に向けた。だがやはりいくら念じても筆の先端は光らなかった。


「治癒も……ダメ?」


「セリナ、じゃあやっぱりあなた……」


「ちょっと筆を貸してもらえる?」


 アグネスはセリナの代わりにミリアを治癒した。そしてセリナが持っていた筆を手に取り、じっくりと見つめた後、再びセリナの手に戻した。


「筆には特に異常はありません。やはり、あなたは……得意魔術なしってことになりますね」


 またも生徒一同ざわついた。そしてロゼッタも信じられないような表情をしていた。人形のような表情をしていたロゼッタも、この時ばかりは自己紹介の時と同じような形相でセリナを睨んだ。


 そのことに全く気付かないセリナは動揺するしかなかった。その動揺はセリナだけでなく、カティア達3人も感じていた。入学式の自己紹介で「得意魔術はありません」と話したことが、まさか事実だったとは未だに信じられない気持ちだった。


「違うよセリナ、今日はちょっと調子悪いだけでしょ。さっきも文字書くのに精一杯だったし。ね?」


「カティア……」


 カティアはあくまで認めようとしなかった。それは半分セリナを励ます気持ちも含まれていたが、しかし単に調子が悪いだけで筆から何の術も放たれないとはありえないと、アグネスは付け加えた。


「もう一回だけ試していいですか?」


 セリナが必死に懇願するが、そうもできない事情もあった。


「ごめんなさいセリナ。後がつかえているわ、1限目の終了時刻も迫っているし」


「そんな……」


「セリナ気持ちはわかるけど……」


「あと8人、残ってるわ」


 セリナ以外のクラスメイトの実演がまだ終わっていなかった。そんな状況では、ここにいつまでも立っているわけにはいかない。しかし諦めの悪いセリナは、最後の悪あがきをした。


「お願いします、先生! 最後に一回だけ試させてください!」


 これまでにないほどの強い口調で懇願した。頭も深々と下げた。さすがのアグネスもその態度に屈服したようだ。


「……わかりました。では、これが最後ですよ」


「ありがとうございます!」


「でも、セリナ。どんな魔術試すつもり?」


「わからない。だけど……」


 セリナには心当たりはなかった。自分がどんな魔術が得意かは、昔のある出来事がきっかけで何もわからない。だがこのままでは、セリナだけが浮いた存在になる。いくら得意術がないからと言って、「筆を持っても術が放てない魔導士」という烙印だけは押されたくない。


(お願い、なんでもいいから……出て!)


 セリナは強く念じた。さっき筆を使って文字を書いた時よりも強く念じた。筆の先端にありったけの魔力を集中させた。片腕では駄目だと判断し、途中で両手で筆を持ちながら念じた。


 しかし、それでも何も起きる様子がない。


「やっぱり……駄目?」


「嘘でしょ、セリナ。そんなの……」


「気が済んだ? じゃあ、あなた達下がって。次!」


 アグネスの冷たい声が終わった直後だった。


「え!?」


 突如、セリナの筆の先端から眩いほどの強い光が放たれた。その光の凄さに、セリナ含め一同目が眩んだ。そして光が消えると、さらに信じられない光景が目に浮かんだ。


「やった出た! って、えぇええ!?」


 セリナの歓喜の声が驚愕の声へと変わった。何とセリナの目の前には、2つの異なる色の球体が浮かんでいたのだ。


「嘘でしょ、こんなのって……?」


「ふ、火球(フレイムスフィア)と……」


「風球(ウインドスフィア)!?」


 その光景は生徒達にとって信じられないものだった。何と一人の魔導士から、風と水の2種類の巨大なスフィアが同時に作られたのだ。


 さらに信じられない現象が起きた。何と2つのスフィアが互いに超高速で回転し合い、やがて一つのスフィアへと合体した。巨大化したスフィアは、風と水の2色を縞状に呈した。大きさも直径がセリナの身長に匹敵するほどだった。


「………」


 セリナ含め、全員が口を開けたまま唖然とした。学年主席のフィガロとロゼッタ、さらに教師のアグネスですら、まるで何が起きているのかわからないような表情を浮かべた。


 無理もない。これまで筆で2種類のスフィアを同時に出す離れ業ができた生徒は、誰一人いなかったからだ。しかしアグネスだけは、セリナが今繰り出した術に心当たりがあった。


(これは、あの子と同じ……?)


 そんなアグネスが思案するのも束の間、誕生した巨大な2つの色を呈するスフィアは徐々に小さくなりやがて消失した。セリナは尻もちをついた。筆から念願の術が発動できたのはよかったものの、あろうことか2属性のスフィアを同時に作り出してしまった。


「セリナ……と、とにかくやったね!」


「何はともあれ、筆から術は出たわ。これで文句なし!」


「セリナ、ねぇ大丈夫!?」


 セリナにとっても無我夢中の出来事だったために、我に返るまで時間がかかった。呼びかけにもしばらく反応できなかった。


「あ……ごめんなさい。大丈夫よ、なんてことないわ」


 立ち上がったが、セリナは思わずふらついた。自分でも想像していた以上に魔力を消費していたらしい。


「凄ぇえ! さっきのどうやって出したんだ!?」


「聞いたことないぞ、2種類のスフィア同時に出すなんて!?」


 突如複数の男子生徒の声が聞こえた。その男子生徒はセリナに釘付けだったのか、拍手をしながら大声で祝った。それにつられて、ほかの生徒からも拍手が沸き起こった。


「はい、そこまで! あなた達の実演は終わり、次の4人前に出て!」


 アグネスの声を聞いてセリナ達は渋々下がった。そして次に控えていた4人の生徒が、立ち上がったが、セリナのとんでもない離れ業を見せられた後だけに何となく気が引けていた。


(どうしたんだろう、先生の様子が……)


 アグネスの表情は明らかにおかしかった。オルハは一瞬だがアグネスが左手の手の平で何かを持っており、それを凝視し目を大きくした表情を捉えていた。


 そしてセリナが下がった後も、そのセリナのことを睨み続けていた女子生徒がいた。だがセリナはその視線に気づきはしなかった。セリナは、さっき自分が繰り出した術のことが気になって仕方なかった。もちろんそれはカティア達も同じだ。しばらく茫然自失していたせいもあり、頭の整理が追い付かないセリナは、1限目の終了を告げる鐘もすぐに耳に入らなかった。

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