第11話 サロニアの問題児
「え、嘘でしょ?」
「セリナ、あんた正気?」
「嘘じゃないわ。私、風紀委員会に入りたい!」
その言葉を聞いてカティアとミリアもセリナを感心したらいいのか、身の程知らずと思えばいいのかわからなかった。
「やっぱり昨日の件か」
「うん。私あの人と一緒に仕事したい!」
「そういえば昨日の夕食時にも話したよね。あのディアナ先輩があんたの命の恩人って」
セリナは昨日の夕食時に昔ディアナに助けられたこと、ディアナに憧れこの魔導学園に入学した動機についても説明していた。
その言葉は半分正解だった。正確にはフリッツとの会話も大きく関係していた。
(フリッツも言ってたんだ。私が入らないわけにもいかない)
昨日の中庭でフリッツから言われた「僕は風紀委員会に入る」という言葉を忘れられない。
実はセリナもうすうす入ろうとは思っていた。憧れのディアナ先輩と一緒に仕事ができるという思いももちろんあるのだが、それ以上にフリッツと一緒に仕事ができる最大のメリットがある。
生徒寮での生活では男女が明確に分かれているが、同じ風紀委員会なら一緒に仕事し、一緒の場所にいても何も問題はない。まさに打ってつけだ。
「セリナ、あんたの気持ちもわかるけどさぁ」
「風紀委員会に入るためのハードル、かなり高いよ……」
「う……」
セリナもその言葉を聞いてやや自身なさげだった。無理もない、風紀委員会は全委員会の中で最も実技の成績が問われる委員会なのだ。
「風紀委員会とは名ばかりに、実態は治安維持委員会みたいなものよ」
「生徒達の非行や違反行為を取り締まるのが主な仕事よ。昨日ディアナ先輩がモニカを粛正したように」
「あれと同じことやれって言われてもねぇ……」
「でも実力の差を考慮して、下級生は下級生だけしか取り締まれない規則があるはずよ」
「あ、そうだっけ……」
「素行や性格の検査もされるとは聞いたけど、その点についてはセリナは問題なしね」
「ただやっぱり実技試験が肝よね」
「少なくとも同学年でどんなに強い奴が来ても、倒せるか互角の実力がないと厳しいわ。まぁうちの学年でモニカみたいな奴がいるとは思えないけど……」
「いや、一人いるわ」
「え?」
ミリアは意味ありげなことを言った。どうやら一人心当たりがあるようだ。
「私、サロニア中出身って言ったよね」
「そうだったわね。それがどうしたの?」
「実は同じ中学校出身で一人ヤバイ男子生徒がいてね……」
「もしかして、フィガロのこと?」
セリナは同組にいたフィガロが同じサロニア出身だと知っていて聞いてみた。
「彼なわけじゃないでしょ。騎士団長の息子よ!」
「あ、そうだよね……」
「フィガロと成績は同じくらいだけど、もう在学中何回も生活指導喰らっていて……」
その時だった。
「おい、俺の席勝手に取んなよ!」
近くでいきり立った男子生徒の声が聞こえた。見てみると、長身の長い金髪の男子生徒が自分の席に朝食を持って座ろうとした。
「あぁ、ダリルか。ごめん」
「ごめんじゃねぇよ、てめぇ。昨日も夕食の時俺の席狙ってただろ!」
「なんだと、ダリル。成績優秀だからって調子乗んな! 席は早い者勝ちだろうが」
「うるせぇ、この席は俺のだと決めてあるんだ!」
「そんなこと、誰が決めたんだ?」
「俺自身だ!」
わけのわからない2人の男子生徒の口論が続いている。セリナ達も呆れた様子で聞いていたが、もう一人の生徒は見覚えがあった。
「もう一人の男子、フィガロじゃない?」
「本当だ。ってことは、もう一人言い争っているのは……」
「あいつはダリル。サロニア中最大の問題児よ」
「さっき言ってた奴?」その質問にミリアは黙って頷いた。「噂をすれば影とやらね」
「あの2人在学中もずっとあんな感じだったわ、私は慣れたけど……」
「フィガロ、俺とこんな場所で喧嘩してぇのか?」
「誰が喧嘩したいって言った? お前こそ早く朝食食べろ、遅刻するぞ」
「いい気になりやがって、俺だって学年主席だってこと忘れるなよ」
その言葉と共にダリルは自信の指をパチパチと、妙な音を鳴らした。それと同時に指先も不自然に点滅した。
「あの音は、まさか?」
セリナはその指から鳴らした音で、ダリルの得意魔術を察した。
「あいつ、雷が得意なんだ」
「マジで!?雷とかかなり高度だって聞くけど……」
「信じられない。中学校卒業レベルじゃ雷を得意にするのはかなり難しいはずよ」
セリナも雷の魔術の難しさをよく理解していた。
「こんな場所で喧嘩する気なの、あいつら?」
「ダリルなら、やりかねないわ……」
「冗談じゃないわ、早く食べてズラかりましょ。巻き添えなんて御免だわ」
「こらぁ、そこのあなた!!」
突然レベッカの大声が響き渡り、周囲がざわついた。それを聞いてダリルとフィガロも縮こまった。
「れ、レベッカ先輩……」
「朝っぱらから随分元気のいいこと、お二人さん。その様子だと昨夜はたくさん眠れたのね」
レベッカの半分皮肉の混じった説教を二人は黙って聞いていた。
「レベッカ先輩、なんでもないっすよ。ちょっとイラついただけっす。あと金縛りは勘弁してください」
「あなたはダリル……だっけ? そんなイラついたんじゃ、胸についた金のブローチもただのお飾りになるわよ」
レベッカのオーラは凄まじいものがあった。健康管理委員長の肩書は伊達ではなかったが、それでも昨日のディアナほどではないとセリナは感じた。
「そっちのあなたはフィガロね? あなたも早く朝食済ませなさい。初日から遅刻しないように!」
「はい、わかりました」
フィガロは素直にレベッカの指図に従った。直後レベッカは両手を叩き、ギャラリーを鎮めた。
「ごめんなさい、騒がせて! さぁ朝食を早く済ませて。1限目の授業に間に合うように!」
レベッカの言葉を聞いて周囲の生徒は、再び席に戻って朝食を取り始めた。フィガロとダリルも仕方なしに席に座り、朝食を食べ始めた。
「あぁ、本当にイライラするぜ……」
「おい、もう騒ぐなよ」
フィガロとダリルは食事をしながら話していた。その声が気になったセリナはやはり【魔聴】で聞いていた。
「まぁいい、今日実技の科目あるの知ってるよな?」
「それがどうした?」
「1組と10組、同じらしいぜ」
「まさか……」
「そこで思う存分暴れてやる。楽しみだな!」
セリナもその言葉を聞き逃さなかった。「実技の科目」があることをセリナも思い出した。その授業はセリナも一番受けてみたかった、ほかの座学は置いておいて。
「ねぇ、今の聞いた?」
「聞いたって何を?」
「あ、ごめん、その…」
セリナは自分しか使えない能力をうっかり曝け出すところだった。
「今日の午後実技の科目あるよね?」
「うん、それはそうだけど……」
「あのダリルって何組かなって思って……」
「確かあいつは1組よ。……ってまさか?」
「どうしたの、ミリア?」
「実技の科目はできる場所が限られるから、複数の組が合同ですることになるわ」
「え、もしかして?」
「1組と10組が合同……ってこと?」
「うわぁ、それだったら嫌だなぁ……」
セリナはあたかも知らないふりをした。
「もしそうだとしたら、フィガロくんが倒してくれるわよ、多分」
「ダリルのこと馬鹿にしないほうがいいわよ。さっきも言ってたけど、あれで入学試験は主席だから」
「それマジ? だって座学の成績も加味するでしょ?」
「多分実技が飛びぬけていいんだよ。座学はゆうほど重要視されないから」
ダリルの成績の良さは折り紙付きのようだ。その言葉にセリナは自分と同じパターンだと不覚にも思った。
自分も座学の成績が乏しかったからだ。そしてもう一つミリアは気になることを口にした。
「ダリルの兄もね、この学園生なんだよ」
「え、それって誰!?」
「そこまではわからないけど、中学の時に盛んに『俺も兄のようにエルグランド一の雷使いになる』とは言ってたわね」
「お兄さんも雷使いなんだ」
その時、8時を告げる予鈴が鳴った。全員その予鈴を聞き、急に慌ただしくなった。
「うそ、もうこんな時間!?」
「やばい、だらだらしてたらあっという間に過ぎちゃった。もう誰かさんのせいで!」
誰かさんとは、ダリルのことを指していたのは3人とも承知だった。
セリナ達も急いで食事を済ませ、食器類をすべて片づけ、一目散に食堂を後にした。
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