第10話 生徒の健康管理は重要です

アズミアン王国歴1018年4月8日


「あれ、ここどこ?」


 翌日、目を覚ましたセリナは見知らぬ茶色の天井を見上げていた。おかしいな、いつもなら白い天井を見上げているはずなのにと、一瞬自分がどこで寝ていたのかよくわからなかった。


 だが自分の横を見渡すと、そこには黒髪の可愛げな女子が眠っていた。そして、別の女子の声が聞こえた。


「おはよう、セリナ。もう7時よ。そろそろ準備しないと!」


 その声には聞き覚えがあった。昨日会って親しく会話もし、昼食と夕食も一緒にした仲だったが、名前が出てきたのはしばらく経ってからだった。


「あぁ、えぇと……?」


「カティア、よ! なに、あなたもう私のこと忘れたの!?」


「あぁ、そうか! カティアね、ごめん。ここで寝るの初めてだったから」


「まぁ、無理もないか。私も朝起きた時『え、ここどこ?』ってなったし……」


 実家以外で一夜を過ごした経験がほとんどなかった彼女らにとっては当然の反応だ。


「そりゃそうでしょ、今までずっと実家暮らしだったんだから」金髪の女子が横から割り込んできた。


「あ、ミリア、おはよう!」


「おはよう、セリナ。って、オルハはまだ寝てるの?」


「オルハ、おーきーてー!」


「う、うぅん……」


「この子、寝つきよくないほう?」


 オルハはかなり真面目そうな性格だったが、意外とルーズな部分もあって3人とも驚いた。


「オルハ、もう7時よ!」セリナがたまりかねて、手をオルハの顔に当てた。


「うぅん……」まだ起きようとしない。


「まさか、まだ寝る気?」


「さすが、オルハちゃんね。初日から遅刻する気満々よ!私達は準備しましょ!」


 ミリアはさすがに呆れたのか、着替えを済ませ荷物をカバンにまとめだした。


「いいの、ミリア?」


「だってまさかこんな寝起き良くない子だって思わなかったもん。四人の中で絶対最初に起きてると思ったのに、ちょっとがっかりね」


「起きてるわ……」


「え?」


 オルハはかなり眠そうな目をこすりながら、ゆっくり体を起こした。手首に巻いてあった輪ゴムでポニーテールをさっと結んだ。


「あ、起きてたの?」


「正確には、起きた後……また寝たの」


「あぁ、二度寝ってやつ?」


「緊張して……予想以上に早く起きてしまって……まだ5時だったから。あ、朝食は食べたわ」


「なぁんだ、オルハが結局最初に起床か」


「ってことは、最後は……」


「わたし?」セリナは人差し指を自分の顔に向けた。


「ちょっと待って、オルハは二度寝でしょ。ねぇ、これって……」


「確か朝食食べた時間って食堂で記録されてるんだよね。それ見れば一目瞭然よ」


「セリナ、ごめんなさい……」


 オルハは申し訳なさそうにセリナに謝った。セリナにはどうしても一番最後に起きた事実を認めたくない理由があった。もっともそれは「最後に起きた生徒が部屋の鍵を女子寮の1階の管理室に預けに行く」というくだらないことだったのだが。三人は準備を済ませ、朝食を取りに食堂へ向かった。既に大勢の生徒が食堂に座り、食事の最中だった。


 朝食のメニューは生徒の健康面を考えた、バランスの取れたメニューとなっていた。野菜類など栄養価の高い食材が並んでいた。しかし多くの生徒にとっては割と不評だ。栄養面を考えすぎたために、肝心の味の方が疎かになっていたのだ。


 そんなことは中等学校までで提供された給食にも同じことが言えた。セリナ達も今更そんなことで不満を漏らそうとはしなかった。しかしエルグランド魔導学園では、朝食のメニューの内容以外にもう一つ多くの生徒から批判されるシステムがあった。


「あ、ここにオルハの名前あるよ!」


「本当だ。って6時前じゃん!」


「ってことは、はいセリナ!」ミリアが部屋の鍵をセリナに預けた。


「朝食用意されてたの?」


「一応あったわ。ほぼ無人だったけど」


 カティアが指差したのは白色の掲示板だった。そこには300人以上いる新入生一人一人のサインが記されていた。


「なんでわざわざ名前書かなくちゃいけないのかなぁ。しかも毎日……」カティアがぶつぶつと文句を漏らした。


「全生徒の健康管理と起床確認のためよ」


 突然藍色の制服を着た女子生徒が現れた。


「び、びっくりしたぁ!」


「あなたは?」


「健康管理委員長のレベッカ先輩?」


 レベッカと呼ばれた上級生の右胸には白色のバッジが付けられていた。オルハと同じようにポニーテールを結んでいたが、身長も高くかなり気が強そうな見た目をしていた。


「この学園では全生徒が必ず朝食を食べるよう義務付けられています。朝食の摂取は健康管理上大変重要な意味を持ちます。その日の心身の状態を左右する大きな要因と言っても過言ではありません。

 そのため全生徒が何時に朝食を食べたのか、我々健康管理委員が日々チェックをしています。

あとは朝一の授業に出席しなかったときに、その生徒の所在を確認するのにも役立っています。朝食を食べるのは食堂(ここ)ですから」


 委員長は腕を組みながら淡々と長い解説を終えた。


「……というのは、昨日も案内したよね?」


「いや、その……全然覚えてなかったです。座学とか本当成績悪かったんで…」


「それはいけませんね。まだ初日でしょ?」


 その鋭い目つきは上級生ではなくまるで教師のようだ。


「あの……一つ質問いいですか?」


「なんでしょう?」


「不満というわけじゃないんですけど、その……朝食のメニュー……変えられないかなって……」


 カティアが駄目元で頼んでみた。


「朝食のメニューは我々健康管理委員会がしっかりと全生徒の健康面を意識して考え、調理師に作らせています。もちろん飽きがこないよう毎日少し変えてはいますが、基本的にこの方針で毎日作ります。不満が多いことも百も承知ですが、これも全生徒の健康管理のためです。」


「はい……わかりました」


 やはりというかカティアの願いは受け入れられなかった。


「食材と魔術との関連性は『健康栄養学』という授業があるから、そこで詳しく学んでね」


 レベッカが追加で説明したが、セリナが興味深げに質問した。


「そんな授業あるんですか?」


「あなたちゃんとカリキュラム確認した?」


「いや、私もそんな物覚えいい方じゃないんで……」


「中学校まででだと、食事と魔術のパフォーマンスとの関連性はあくまで表面的なことしか学ばないわ。だけど学園(ここ)ではもっと深く掘り下げた内容まで、わざわざ王立図書館の研究員まで呼んで授業を行うの」


「ひえ、なんか凄く本格的で難しそう」


「あなたはちゃんと予習してきたのね、偉いわ」


 オルハの説明にレベッカも感心したが、それには理由があった。


「いえ、そんな……」


「あなた、オルハ・ジーラ・テイナンね?」


「え、私のこと知ってるんですか?」


「もちろんよ。あなた入学試験で、座学の部門はトップだったわよね?」


「え、そうだったの!?」


「もう、オルハったら隅に置けないなぁ」


「ごめんなさい、別に隠してたわけじゃないんだけど……」


 セリナ達はオルハへ尊敬の眼差しを向けた。ただそうは言っても、全体としてみればオルハの順位は高くなく、それについても理由があった。


「座学はよかったんだけど、肝心の実技は及第点で足を引っ張って……」


「あぁ、だから私の前の席なのね」


 ミリアもオルハの席次に納得した。


「それはそうと皆さん、もう食事は済ませたの?」


「いえ、私達3人はまだです」


「なら早く済ませたほうがいいですよ。下級生用の食堂の席は限りがありますから、毎朝取り合いになるんです」レベッカの言うように食堂全体を見渡すと、確かに空席の数が少なかった。


 女子寮と違い食堂は男女共用だ。単に用意された席の数が少ないことも関係していたが、それは暗に今年の新入生の数だけ、例年より多かったことを意味していた。


「あ、3席空いてるところあそこだけじゃん!」


「急ごう、誰かに取られちゃう!」


 3人は急いで席に座ろうと、見つけた場所に向かおうとしたが、すぐさま金縛りにあい動けなくなった。


「え、なに!?」


「う、動けない……」


「みなさん、大事なこと忘れてますよ」


 3人に金縛りの術をかけた張本人はレベッカだった。そのレベッカが白色の掲示板を指差しながら話した。


「朝食を食べるのは、名前を書いてからにしてください!」


「は、はい……」


 レベッカは金縛りを掛けた3人の方向まで転換させた。3人とも何もできず、ただレベッカの操り人形となっていた。オルハはそれを食い入るように見ていた。


 ようやく動けるようになり、掲示板に魔導筆で自分達の名前を書いた。するとその横に時刻まで自動で表示された。3人ともそれを感心しながら見ていたが、セリナはそれよりもレベッカの力に敬服した。


「それにしても凄い金縛りの力。まだ痛みが……」


「あの人には逆らわないほうがいいよね」


「まさか私達をこんな簡単に金縛りにするだなんて……」


「昨日のディアナ先輩とエンリケ先輩と同様、あの人もかなりの魔術の使い手って聞いてるわ」


「あれ、オルハがレベッカ先輩となにか話してる?」


 セリナとカティアとミリアの3人食事をしていた最中、既に食事を済ませていたオルハはレベッカと話をしていた。カティアとミリアは気になりながらも、2人の話し声はほかの生徒達の声に埋もれ聞こえなかったので、気にせず食事を続けた。


 だがセリナだけは違った。セリナは特殊な聴力の持ち主だった。昨日フリッツの声を聞き取ったように、聴覚に魔力を集中させ、オルハとレベッカの会話を聞き取った。


「オルハ、私あなたに会いたかったの」


「いえ、そんな。私こそ健康管理委員長のレベッカ先輩に会えて凄く光栄です」


「実はあなたにお願いしたいことがあってね……」


「お願い……ですか?」


「座学でトップの成績を収めたあなたにとっておきのお仕事よ」


「それは……もしかして」


 オルハはレベッカの言いたいことがなんとなく予想出来ていた。


「あなた、健康管理委員会に入らない?」


 オルハは予想通りの質問に驚く様子はなかった。だがセリナはその言葉を聞いて思わず食事を止めた。


「どうしたの、セリナ?」


 気になったカティアが質問した。


「オルハ、健康管理委員会にスカウトされちゃった」


「なんですって!?」


 ミリアが思わず大声をあげた、それを聞いた周りの生徒も思わずミリアを見た。


「あ、ごめんなさい。なんでもないわ……」


「もう、ミリア大声出さない!」


「ってか、なんで2人の会話聞き取れるの、セリナ?」


「私、地獄耳だから……」


 セリナは適当に自分の能力を誤魔化した。セリナも自覚していたが、【魔聴】はかなり特殊な訓練が必要な魔術で、それを解説しても理解してもらえないと考えたからだ。


「信じられない、まだ委員会の勧誘始まってないでしょ?」


「多分、ほかの委員会にとられる前に取り込む作戦なんじゃ」


「なるほど。オルハの性格と座学の成績からして、ほかの委員会にスカウトされるのも時間の問題か」


「ほかに何の委員会があったっけ?風紀委員は昨日会ったし、ほかには美術芸術委員会、緑の美化委員会、図書委員会、調査委員会、広報委員会……」


「うーん、意外と種類多いねぇ……」


「ミリア、どの委員会に入るか決めた?」


「いやまだ。というか私座学からっきしだから……」


「やっぱりミリアもか。実は私もなんだな!」


 カティアもミリアと似た者同士のようだ。


「あまり深く考えないほうがいいと思うよ。そもそも委員会に入っても特にメリットあるわけじゃないし」ミリアは興味がなさそうだ。


「まぁ、それはそうだけど」


「セリナは決めてあるの?」


「え、私?」


「その反応、もしかして?」


「ないことはないけど……」


「やっぱり、ねぇどの委員会にするの?」


「それは……」


 セリナは答えづらそうだ。


「まさか、風紀委員会とか?」


 ミリアが半分冗談交じりに言ってみたが、その言葉にセリナはぎょっとした。

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