第9話 校舎の中庭で

「ディアナって、あのディアナ……さん?」


「多分、間違いない」


「藍のエース、ディアナ。風紀委員長代理で現役生最強の実力者……」


 カティア達も彼女の名前を聞いて気づいたようだ。そしてセリナも確信した。彼女こそ、自分が昔災魔に襲われた時に助けてもらった張本人だった。


「マジで信じられない! 現役生最強のディアナ先輩と初日に会えるだなんて! あぁサイン貰っておけばよかった」カティアは悔しがった。どうやらディアナに会いたがっていたのは、自分だけではないようだ。


 だがオルハはもう一つあることに気づいた。


「ねぇ、マルコ・グレンヴィルって……」


「どうしたの?」


「あ、その名前、もしかして!」ミリアも気づいた。ミドルネームとファミリーネームは確かにある生徒の本名と一致していた。


「ロゼッタって子と、一緒じゃない?」


「まさか、あの子の姉が?」


「言われてみれば、確かに似てるかも」


「オルハ、ロゼッタには姉がいたって言ってたわよね?」


「そうだけど、まさか藍のエースだったなんて……」


 3人ともディアナとロゼッタの関係が、気になっていたようだった。だが3人があれこれ考える時間を与えないかのように、大きな鐘の音が鳴った。


「あ、この鐘の音は?」


「昼食の時間?」


「そういえば、おなかすいたね」


「あの……よかったら、みんなで食べませんか?」


「あ、それいいね!」


 パールを渡した新入生の提案にセリナ達も同意し、全員で下級生寮の食堂へ向かった。食堂へ着いた後も全員でだらだらと、駄弁りながら食事を堪能した。


「さすが魔導学園。中学校までの給食とは次元が違うね」


 初めて食べる学園の食堂の料理の美味しさに一同感動もしたが、その途中で途中でカティアが、何やら人だかりを見つけた。


「ねぇ、あそこ妙に人多くない?」その人だかりの中央には、セリナの見知った人物が立っていた。


「フリッツ?」セリナが思わず叫んだ。


「え、フリッツってあの……」


「国王陛下の孫、フリッツ親王殿下?」


 セリナも完全に忘れていた。食堂は女子寮と違って男女共用で使うだけに、フリッツがいてもおかしくなかった。だが彼と顔見知りなのは黙っておこうとした。


「感激! まさか親王殿下と同級生になるだなんて……」


「ねぇ、サインもらうことってできないかな? 最悪握手だけでも……」セリナ以外の女子は初めて目にするのであろうか、ワクワクしながらフリッツのことを眺めていた。だがそのワクワクを中断させる人物が現れた。


「はい、みなさん静粛に!!」


 突然藍色の制服を着た男子生徒がギャラリーの中に現れ、両手を叩きざわつきを鎮めた。


「あ、あの人って…」


「金色のバッジ? ってことは……」


「生徒会長のエンリケ先輩?」


「もう、なんで邪魔すんのよ?」


「仕方ないわ、ここは学園内。どんな生徒だって、家柄関係なく平等に扱われなければいけないから」


 オルハが解説してくれたが、それでもカティアとミリアは不満が消せない。エンリケも大声でオルハと同じことを喋った。


「みんな、ここは魔導学園だってことを忘れるな! 王族であっても扱いは平等だ。ましてやここは食堂、基本的に食事以外での使用は禁止されている。入学初日で規則を破ることをするな! 散れ!」


 エンリケの熱のこもった説教は、まるで生徒とは思えないものだった。さすがは生徒会長といったところか、胸につけた金色のバッジが異様に輝いて見えた。


「フリッツもわかったな? ここでは敬語や敬称は使わない。それが嫌なら……」


「いえ大丈夫です。心得ています」


「わかってるならいい」エンリケは食堂から立ち去って行った。


「ひえぇ、まるで教師みたい。見た、今の?」


「あの人、同学年で5位の実力者だって聞いたわ」


「5位? あぁ、1位はディアナ先輩か。それでも何というか……」


「生徒会長より強い人が4人もいるってこと、ヤバ!!」


 エンリケのオーラはとても5位のそれとは思えないものだった。そしてエンリケ以上の実力者の多さに驚愕せざるを得ない。


「生徒会長なのに5位っていうのは、ちょっと信じられないよね」


「本当、上級生ってどんだけ層が厚いんだろうか」


 カティア達が喋っている最中、フリッツは食器類を片付け食堂から出ようとした。そしてその寸前、なんとセリナの方を向いた。


(あ、フリッツ……)


 2人とも目があった。それを確認したフリッツは軽く微笑んだ。セリナも微笑んで目で合図したが、フリッツは何やら唇を動かしていた。


(これは……そうだ【魔聴】!)


 フリッツの唇の動作に、セリナも頷いた。フリッツはセリナの能力の一部を知っていた。その能力とは、遠くにいる人物の小声を聞き取ることができるもので、食堂の出口とかなり離れた場所にいるフリッツの小声ですら聞き取ることができた。


(中央校舎の中庭……?)


 フリッツは今セリナが聞き取った単語を、ひたすら繰り返していた。その言葉を聞いてセリナも頷き、フリッツも口を止め食堂から出ていった。だがその様子をオルハが不思議そうに見ていた。


「あの、セリナ。さっきからどうしたの?」


「え? あ、いや、なんでもないわ……」


「なんか、怪しいぞぉ……」カティアも思わずセリナに詰め寄った。


「うぅ、そうね。隠してちゃまずいね……」セリナは何を思ったのか、意を決して立ち上がった。


「ごめんなさい、もう我慢できないわ!」おなかを抑えながら、何やら苦しそうな表情を浮かべた。


「なぁんだ、トイレだったの? 別に恥ずかしがることないじゃん、行っておいで」


 セリナもその言葉を聞いて、安心したのか急いで食堂から出ていった。




 食堂を出たセリナは、フリッツが口にした中央校舎へと向かった。だが彼と会ったのはその道中だった。


「あれ、セリナ。早いね、もう食事済ませたの?」フリッツは予想以上にセリナと会ったことに驚いた。


「あぁ、フリッツ。ごめん、なんというか、途中で抜け出しちゃった」


「なんだ、そういうことか。だけどここじゃあれだから、取りあえず中庭に行こう」


「うん」


 フリッツに言われてセリナも中庭へと向かった。中庭は思った以上に整備されていた美しい庭園だった。その美しさに思わずセリナもうっとりした。


「うわぁ、綺麗!」


「噂には聞いていたけど、学園の中庭には王国内のあらゆる場所から採取した、珍しい植物が植えられているんだ。確かここの管理をしているのが、緑の美化委員会だっけ……」


「あの花は?」


 セリナが見つけた花は見覚えがあった。それは自分の出身地ラングランでは四季を問わず咲いていた花で、『ラングラン』という地名の由来ともなっている。花弁は美しい黄色とオレンジのグラデーションで、円錐形に広がった形をしていた。


 子供の頃から何度も見ていた花だが、まさか遠く離れたエルグランド学園内で見ることになるとは夢にも思わなかった。


「セリナ、今いいかな?」突然後ろからフリッツの声が聞こえた。


「え、何!?」花に見とれていたため、その声に驚き急に振り向いた。


「大事な話があるんだ」


「大事な……話?」


 フリッツから意外な言葉が出た。ここに来たのは、ただ単に美しい花を見せにきたわけじゃなかったようだ。セリナは内心ドキドキしながら聞いた。


(フリッツが大事な話って? あぁ、そんな、私まだそんな心の準備は。入学して初日なのに。駄目よ、フリッツ……)


 セリナの顔は赤くなった。傍から見れば、セリナはおかしな妄想を抱いていたただの少女に過ぎない。


 しかし直後にフリッツの口から出た言葉は、そんなセリナの妄想とは全く違うものだった。


「……え?」


 中庭でフリッツとは10分程度話していたが、フリッツが口にした内容はその夜まではっきり覚えていた。そしてその言葉は、セリナの心も大きく揺さぶった。


 その夜お風呂に入り、寮で自分の部屋のベッドに眠りながら、セリナは今日のことを振り返った。


(ディアナ先輩、私のこと覚えていてくれたかな……)


 フリッツだけでなく、セリナはディアナのことも頭から離れなかった。


(フリッツもあぁ言っていたんだ。だったら自分も……)


 ここの学園に入学したのはディアナに会うこともそうだったが、何より彼女と同じくらい強くなりたい、そんな強い動機があったからだ。


 自分の今のレベルでは到底叶わないとは自覚していたが、無謀にもセリナはこの時から彼女に追いつくことを目標に掲げていた。

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