第8話 藍のエース
階段を上ってすぐに自分達の部屋へと戻った、セリナ達はどっと疲れが押し寄せた。恐ろしい炎を纏った女子生徒といた時間が異様に長く感じた。そして何より凄まじい熱気に包まれていたせいか、汗でびしょ濡れになってしまっていた。
「はぁー、もうどうなるかと思ったわ……」
「本当、セリナったら無茶しすぎでしょ!」
「ごめんなさい」セリナは謝るしかなかった。だが心の中は後悔はしていなかった。
「あんな光景を見たら、居ても立っても居られなくて」
「まぁ、あんたの気持ちもわからなくないけど……」
「でも、凄いよね。セリナ」
「え、オルハ。突然何?」オルハが何を思ったのかセリナのことを褒め称えた。
「何がじゃないわ! あの水球攻撃は本当に見事だと思って」
「あれはカティアの術と重ね掛けしたから……」
「でも咄嗟にあんな攻撃を思いついても、成功させること自体が難しいのよ」
「え、そうなの!?」
オルハの言葉にセリナも喰いついた。セリナは当たり前のようにカティアの水球を合体させた。カティアも突然思いついたかのように話し出した。
「確かに私も長年水の魔術の鍛錬しているけど、他人の水球と合体させる技なんて、うまくいった試しがないわ」
そしてカティアが最も驚いたのがセリナの水球のレベルだったが、それは口には出せなかった。まさかセリナの水球が自分とほぼ同レベルだとは、未だに信じられなかった。
「セリナ、やっぱりあなた……」
ミリアのセリナへの目線はまるで偉人を見つめるそれに変わった。
「伊達に大賢者の末裔じゃないってことね!」
「そ、そんなことは……」
「もう、マジで謙虚じゃん! あいつだって相当応えてたのよ、もっと自信を持って!」
「そうだけど……倒せなかったわ」
セリナは冷静に現実を見ていた。確かに大技を一発で成功させ喜びに浸りたかったが、それを受け止められてしまったことは紛れもない事実だ。
「まぁ、相手が悪すぎたわね。今後は相手しないようにしよ、さすがに……」
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ごめんなさい、今入っていいですか?」
部屋の外から女子生徒の声が聞こえたが、セリナ達はその声に聞き覚えがあった。
「この声はもしかして」
「さっきの女子?」
セリナがドアを開けると、その向こうに立ってたのは、さっきの騒動の発端となった新入生達だった。
「あの……あなたがセリナさん……ですよね?」
「あ、そうだけど……」
「さっきは本当にありがとう。お礼を言わず逃げてしまってごめんなさい!」
女子生徒らは申し訳なさそうに深く礼をした。セリナも思わず申し訳ない気持ちになった。
「いいのよ、そんな畏まらなくても。困ったときはお互い様でしょ?」
「いいや、謝って当然だと思うけど」
後ろにいたミリアがどことなく空気を読めない発言をした。だがある意味正当な意見でもあった。
「入学初日に寮のルール破るだなんて、相当度胸ある行為よね」
「あ、あれは、本当に近道になるから……その」
「もうミリア、いいでしょそんなこと!」
「よくない! もとはと言えばあんたらのせいでしょ!」
「ほ、本当にごめんなさい!」
「ミリア、もっと大人になろうよ、ね……」オルハの優しいセリフがミリアの気持ちをやわらげた。
「う、ともかくこれからはちゃんと寮のルール守ってね」
「本当にごめんなさい、その代わりとは言ってはなんだけど……」
謝りに来た新入生は何やら両手に大きな光る宝石の類を持っており、それをセリナの前に差し出した。
「こ、これは!?」
「これは私の地元マブーレの海でしか獲れないパールよ。あなたにあげるわ」
新入生が差し出したパールは淡い緑色を呈していた。その独特な色によって、それが神秘的で希少価値の高さが嫌でもわかった。あまりの豪華なプレゼントに、セリナも言葉が出てこなかった。
「そ、そんな……受け取れないわ、こんな高級品!」
「いいのよ、気にしないで。地元に帰れば、またいくらでも採れるし、私は潜水術得意だから」
「ひえぇ凄い高級品よ、これ!噂には聞いてたけど、マブーレの海ってそんな神秘的だったの?」カティアも目を輝かせた。
ミリアは「換金すれば小金貨1000枚くらいの価値にはなりそうだ」と思ったが、貰った直後に言うべき言葉ではないと思い口には出さなかった。
「駄目よ、気持ちはわかるけどいくらなんでも受け取れない!」頑なに拒否しようとしたセリナの態度に、オルハは待ったをかけた。
「セリナ、相手の親切心を無駄にしては駄目よ」
「で、でも……」
「オルハの言う通りよ。セリナ、遠慮しちゃダメ、こういう時は貰っておきなさい!」
セリナもさすがにそこまで言われると、気が変わった。目の前のパールを持っていた新入生も受け取ってほしいと目で訴えていた。それを見たセリナは手を伸ばして受け取ろうとした。だが、その時だった。
「学園内でパールを持ち込んでいいとでも?」
突然見知らぬ女子生徒の声が聞こえた。その声がした方を見てみると、なんとさっき仲裁に入った藍色の制服の上級生の姿があった。
「あなたは、さっきの?」
「それは……ちゃんと許可を頂いているの?」
上級生はパールを怖い目つきでじっと見つめ、パールの持込みの許可の有無を確認した。だがその前に、ミリアはあることに気づいて指摘した。
「ちょっと待ってください。ここは下級生寮ですよ、他学年の生徒は入っちゃ……」
「私、一応風紀委員だから……」
「あ、そうか……」
ミリアもその言葉を全部聞かなくとも、自分が間違っていたと理解した。生徒寮の規則の一つして、下級生寮なら下級生だけ、中級生寮は中級生だけ、そして上級生寮は上級生だけしか入っていけない規則がある。
それを知っていた上級生は、自分の右胸に着けていた銀色のバッジを指差したが、そのバッジは風紀委員であることを証明する役割を担う。例外的に風紀委員の上級生だけは他学年の寮にも入れるのだ。学園の風紀を管理する重要な委員だからこそ持てる特権である。
「一応……これが……許可証です」
新入生は恐らく入学式が始まる前に貰っていたであろう、学園長と生徒会長のサインが記された許可証を、怖がりながらも上級生に見せた。
「これは……ごめんなさい。私の確認不足だったわ」
許可証を見た上級生は怖かった態度を嘘のように変えた。威圧感もなくなり、セリナも安心してパールを受け取った。
「念押しするけど、学園内に無許可で宝石の類は持ち込まないように。あなた達もわかった?」
「はい!」
「それから、これだけは言っておくけど……」
上級生はまだ言いたいことがあったようで、やや間を置いて強調した。
「あのモニカには迂闊に近づかないように。何度も注意してるんだけど、困った奴でね」
その言葉は言われなくても、全員身をもって知った。だがそれ以上に、あのモニカをも黙らせた彼女の方が怖いとも思った。しかしそんなことは口が裂けても本人の前では言えるはずもない。
「また万が一絡まれたら、すぐに風紀委員に報告しなさい。それじゃ」
上級生は言いたいことは言い終えたのか、振り向いて去ろうとした。セリナ達も突然の上級生の登場に唖然とし、しかも学園内に本来持ち込んではいけない物を見られたせいで動揺していた。
しかしセリナだけは冷静になり、本来言わなければいけないことを言おうと呼び止めた。
「待ってください! さきほどは助けていただいて、本当にありがとうございました! 未熟な魔術でかえって状況を悪化させてしまい、本当に申し訳ありません」
セリナが渾身で感謝の気持ちと、自分の不甲斐ない行為を詫びた。上級生も思わず立ち止まってその言葉を聞いた。
「せめてお名前だけでもお聞かせください!」セリナは最も聞きたかった質問をぶつけた。上級生は振り向かずに言葉だけを伝えた。
「ディアナ。ディアナ・マルコ・グレンヴィル……」
セリナはその言葉に聞き覚えがあった。詳細を聞こうとしたが、彼女はそのまま立ち去っていた。だが彼女が去り際にボソッと呟いた一言を、セリナは聞き逃さなかった。
「あれが未熟な魔術なら……私もまだ修行不足ね」
「え?」
その言葉をしっかり聞き取れたのはセリナだけだ。その言葉にはディアナのセリナに対する評価の高さが込められていた。「未熟な魔術」という言葉はディアナには聞き捨てならない言葉だったが、この時のセリナには理解できなかった。
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